新年号「令和」は〈権力者の横暴を許さないし、忘れない〉というメッセージを権力者に突き付けている
5月1日に改元。新元号「令和」が始まった。万葉集で詠まれた歌からの引用としてすでに出自が公表されているが、その認識のが「極めて浅い」ことを指摘している人物がいる。以下をお読みいただければ、その理由がお分かりいただけると思う。
「命名者にそんな意図はなかった」という言い分もあるだろうが、テキストはその性質上、作成者の意図しなかった情報をも発生させる。というのが指摘者の意見だが、筆者もそれに同意したい。
「令和」は〈権力者の横暴を許さないし、忘れない〉というメッセージを、権力者に突き付けているのだ。
以下は、こちらに掲載されているコラムを文字起こししたものです。長文であるため一部は省略しています。全文を読まれたい方は、左記リンクの画像を参照ください。
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「令和」から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ 品田悦一
(前略)「令和」の典拠として安倍総理が挙げていたのは、『万葉集』巻五「梅花歌三十二首」の序でありました。大宰府の長官だった大伴旅人が大がかりな園遊会を主催し、集まった役人たちがそのときに詠んだ短歌をまとめるとともに、漢文の序を付したのです。その序に「 于時初春令月、気淑風和」の句が確かにあります。これはこれでよいのです、がおよそテキストというものは、全体の理解と部分の理解とが相互に依存しあう性質を持ちます。一句だけを取り出してもまともな解釈はできないということです。この場合のテキストは、最低限、序文の全体と上記三二首の短歌(八一五~八四六)を含むでしょう。八四六の直後には「員外思故郷歌両首」があり、さらに「後追和梅花歌四首」も追加されていますから、序と三八首の短歌の全体の理解が「于時初春令月、気淑風和」の理解と相互に支えあわなくてはなりません。
(中略)さらに、現代の文芸批評でいいう「間テキスト性 intertextuality 」の問題があります。しかじかのテキストが他のテキストと相互に参照されて、奥行きのある意味を発生させる関係に注目する概念です。当然「梅花歌」序は種々の漢詩文を引き込んで成り立っていますが、もっとも重要かる明確な先行テキストとして王義之の「蘭亭集序」の名が早くから挙がっていました。(中略)「蘭亭集序」は、前半には賢者が集うて歓楽を尽くそうとするむねを述べており、ここまでは「梅花歌」序とよく似ていますが、後半には「梅花歌」序にない内容を述べます。人の感情は移ろい、歓楽はたちまち過去もものとなってしまう。だからこそ面白いともいえる。人は老いや死を避けがたく、だからこそその時々の感情は切なく、かついとおしい。昔の人が人生の折々の感動を綴った文章を読むと、彼らの思いがひしひしと伝わってくる。私が今書いているものも後世の人にそういう思いを起こさせるのではないか・・・。
(中略)
「梅花歌」序とそれに続く一群の短歌に戻りましょう。「都見ば賤しきあが身またをちぬべし」 のアイロニーは、長屋王事件を機に全権力を掌握した藤原四子に向けられていると見て間違いないでしょう。あいつらは都をさんざん蹂躙したあげく、帰りたくもない場所に変えてしまった。王義之にとって私が後世の人であるように、今の私にとっても後世の人に当たる人々があるだろう。その人々に訴えたい。どうか私の無念をこの歌群の行間から読み取って欲しい。長屋王を亡き者にした彼らの所業が私にはどうしても許せない。権力を笠に着た者どものあの横暴は、許せないどころか、片時も忘れることができない。だが、もはやどうしようもない。私は年を取り過ぎてしまった・・・・・。
これが、令和の代の人々に向けて発せられた大伴旅人のメッセージなのです。テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵愾心が潜められている。断っておきますが、一部の字句を切り出しても全体がついて回ります。つまり「令和」の文字面は、テキスト全体を背負うことで安倍総理たちを痛烈に皮肉っている格好なのです。もうひとつ断っておきますが、「命名者にそんな意図はない」という言い分は通りません。テキストというものはその性質上、作成者の意図しなかった情報を発生させることがままあるからです。
安倍総理ら政府関係者は次の三点を認識すべきでしょう。一つは、新年号「令和」が<権力者の横暴を許さないし、忘れない>というメッセージを自分たちに突き付けてくること。二つめは、この運動は『万葉集』がこの世に存在する限り決して収まらないこと。もう一つは、よりによってこんなテキストを新年号の典拠に選んでしまった自分たちはいとも迂闊(うかつ)であって、人の上に立つ資格などないということです(「迂闊」が読めないと困るのでルビを振りました)。
もう一点、総理の談話に、『万葉集』には「天皇や皇族・貴族だけでなく、防人や農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌」が収められているとの一節がありました。この見方はなるほど三十年前までは日本社会の通念でしたが、今こんなことを本気で信じている人は、少なくとも専門家のあいだには一人もおりません。高校の国語教科書もこうした記述を避けている。かく言う私が二十数年かかって批判してきたからです。安倍総理―むしろ側近の人々―は、『万葉集』を語るにはあまりに不勉強だと思います。私の書いたものをすべて読めとは言いませんが、左記の文章はたった十二ページですから、ぜひお目通しいただきたいものです。東京大学教養学部主催の「高校生のための金曜特別講座」で語った内容ですから、高校生なみの学力があればたぶん理解できるだろうと思います。
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