2009年10月21日

どうなる?ネットの可能性 ~るいネット共認革命に学ぶ 6「チンケな運動(要求運動の終焉)」、7「錯誤の根は、古い武力闘争のパラダイムにある」

前回の記事から、ますます社会不全⇒変革期待が高まるにつれて、これまでの運動が社会を変えることができなかった理由を考えてみたいと思います。
現在、環境問題や社会問題を対象にしたサークルやNPO運動が多くあります。
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<デモ行進画像>
問題意識が高く社会運動に参加している人も多いが、どのサークル・集団も運動の盛り上がりが感じられず、とてもその活動が社会を変えていくとは感じられません。
また参加しようという意識にもあまりならないのは私だけではないと思います。
何か空回りをしているようにも感じる。それは何故でしょうか?
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共認革命6 チンケな運動(要求運動の終焉)
                    

社会的な問題意識の高い人々の中には、環境その他のサークルで活動している人も多い。しかし、どのサークルも参加者は少なく、ネットワーク化も進んでいない。従って、それらの活動が大きな運動に盛り上がってゆく感じがしない。何より、それらの活動の集積が社会を変えていくとは思えない。だから、普通の人は参加する気になれない。
この悪循環の根は、古い運動(論)のパラダイムにある。
´70年、貧困が消滅した途端に、思想は輝きを失い、無思想・無関心が蔓延していった。思想の終焉である。そして、思想の終焉と共に、運動は閉塞していった(ex.´70年以降の社・共の凋落は、誰の目にも明らか)。
その原因が、豊かさ追求(貧困からの脱出)と、それを正当化した近代思想(自由・個人・人権)と、それに導かれた要求運動というパラダイム全体の終焉であることは明らかである。ところが、今なお多くの運動が、とっくに輝きを失った近代思想に依拠し続けている。それでは、誰も(ごく一部の人しか)「運動」に参加してこないのも当然だろう。
もともとこの社会(市場社会)は、近代思想(恋愛・自由・個人・人権etc)に導かれて成長してきた。その同じ思想に立脚して、体制を転換させることなど出来る訳がない。にも拘らず、(新しい思想を構築しようとはしないで)「運動」を存続させようとすれば、身近で具体的な運動目標を結集軸にするしかなく、(もともとが体制と同じ思想に立脚しているので)身近な運動目標に埋没すればするほど体制に絡め取られて、体制の補完物になってゆく。
             
つまり、各運動団体は、今や夫々に体制の部分部分の穴埋め補修の役割を担うことによってかろうじて存続しているだけなので、自分たちの運動を統合するネットワークさえ形成できないのである。これでは、全国民的な運動NWに発展してゆける訳がない。
注:この点は、新しい運動である筈の、環境運動も同じである。
云うまでもなく環境破壊・肉体破壊の原因は、市場拡大にある。にも拘らず、市場拡大を推進してきた旧思想に代る新理論を構築できず、当の旧思想に依拠したままなので市場の補完運動に堕し(それではごく一部の人しか参加しないので)、環境運動のNW化さえ出来ないでいる。

もともと近代思想に導かれて今日に至っている社会を、同じ思想に立脚して体制を転換させることなどできる訳もなく、体制の補完物になってゆく構造にあります。
今の社会運動に可能性が感じられないのは、近代思想により導かれた要求運動という、古い運動論のパラダイムが悪循環を引き起こしていることに原因があるようです。
                 
                
また運動、革命というとデモや集会を思い浮かべます。
遡れば私権社会は、そもそも掠奪闘争⇒武力支配によって形成されてきました。
よって私権時代の革命=体制転換は常に武力闘争を必要としてきました。しかし先進国=近代国家で武力革命が実現した国はどこにもありません。 その訳は?
              
共認革命7 錯誤の根は、古い武力闘争のパラダイムにある
       

この私権社会(→その延長の市場社会)は、そもそも掠奪闘争⇒武力支配によって形成された。従って、私権時代の革命=体制転換は、常に武力闘争を必要としてきた。実際、私権時代(とりわけ古代・中世・近世)において、体制転換=革命の歴史は武力闘争=戦争の歴史であり、武力に拠らない革命など存在しない。(注:武力は体制転換の必要条件であって、充分条件ではない。従って、単に王朝or政権の交代に過ぎない「革命」が、歴史には無数に刻まれている。)
それは、近代においても同じである。その後進性=非近代性ゆえに近代思想に立脚し切れず、相対弱者であるという厳しい所与の状況から武力革命の路線をとるしかなかった諸国においてのみ、革命は(その善悪はともかくとして)実現された。しかし、先進国=近代国家で武力革命が実現した国は、どこにも無い。
                 
ところで、戦争であれ革命であれ、武力闘争とは文字通り命をかけた闘いであり、窮極の実践活動であるとも云える。その残影か、社会運動と云えば示威行動(デモや集会)というイメージが残されているが、それなどはもともとの武力闘争における行軍や行進を真似たものであろう。とにもかくにも世間の目を引く為には、「決起」するしかなかった時代のスタイルである。
しかし、逸早く市場拡大の道を歩み、国富(国力)を市場拡大に依存するに至った先進国では、既に戦前(前世紀初頭)の段階で戦争であれ革命であれ、弱者側(独・日や労働者・農民)の武力闘争による勝利の可能性は、とっくに無くなっていた。それは、武力によって統合された武力社会から、人々の共認によって統合される共認社会に既に移行していたからであり、かつその最強の課題共認が豊かさ追求=市場拡大だったからである。
そして’70年、貧困の消滅をもって、先進国の社会運動は終焉した。

            
武力社会で先行して植民地を確保した先進国は、市場拡大で着実に国富を高め、武力社会から、市場拡大による豊かさ追求を基底にした共認社会へと転換していたのです。
つまり弱者側には戦争であれ革命であれ、武力闘争による勝利の可能性はとっくに無くなっていたのです。
現在のさまざまな運動が何の活路を見出せないのも、古い近代思想の呪縛に捕らわれたままであり、古い運動のパラダイムにあることに原因があるようです。
        

List    投稿者 kaz-tana | 2009-10-21 | Posted in 11.世論形成の場、ネットの可能性5 Comments » 

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コメント5件

 unimaro | 2010.04.24 11:34

お疲れ様です。大変勉強になりました。
戦前も干渉され騙されてはいたようですが、戦後は完全テストケースとして最近まで運用されたのが日本経済だということがこちらのエントリを読んでわかりました。
確かに彼らはあそこまで上手くいくとは思わなかったことでしょう。
しかし他での運用は失敗だけしかなかった。
要は「日本人は何をやらしても成功させる」ことだった、と。
でアメリカで失敗している二極化制度を日本に導入し、日本人たちがそれでどう成功させるか見てみたい、と、現在に至る、とか。

 kentaro | 2010.04.25 0:10

unimaroさんへ。
記事読んでいただいて、コメントも頂いき、有難うございます。
世界で真っ先に市場の縮小過程、バブル崩壊を経験したにも関わらず、特権階級を中心にGDP信仰から抜け出せなかった日本は、これからどうしていくべきなのか?今後も勉強していきたいと思っています。
ところで、unimaroさんに頂いたコメント内の「二極化制度」とは何を指されているのでしょうか?
是非教えていただければありがたいです。

 unimaro | 2010.04.25 20:55

レスありがとうございます。
>「二極化制度」とは何を指されているのでしょうか?
国民の中間層を無くした二極化ということを指しています。
今までの様子を見てみると、年収4-500が300以下位になっているのでしょうか?300以下の「生活できない収入世帯」(うちもですがw)異常なほど増えたようです。
そのうち就学率も二極化していくのではないでしょうか。=脳みその二極化、ということになるのでしょうね。
勝手な妄想みたいなものですが、自分的にはそう捉えております。
失礼しました。

 kentaro | 2010.04.25 22:53

レス有難うございます。
二極化の意味解りました。たしかに小泉・竹中による構造改革路線からこの状態が顕著になってきたことからも、以前のコメントで書かれていたように、背後の彼らの描くシナリオ通りに日本はこの40年間を生きてきたのかもしれません。
しかし、この二極化とは、言い換えれば「私権の格差」でしかなく、意識潮流的には、もはや私権に収束していないというのも事実だと思います。
悲しいかな、私権に変わる社会空間での評価軸が登場しない故の、目先的な(旧い)秩序への収束現象なのかもしれません。
今後もこの「潮流シリーズ」で、その辺の現象を扱っていく予定ですので、また読んでいただけると嬉しいです。

 日本を守るのに右も左もない | 2010.05.01 15:34

潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束

(画像はコチラからお借りしました。) 前回のエントリーでは、日本の活力と国力の喪失を招いた、特権階級のこの40年間の失政について明らかにした。 すなわち…

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