2014年08月20日

中国どうなる!? 8 江沢民の時代 ~金貸しと癒着、経済拡大した時代~

前々回の記事 『中国どうなる!?6 ~鄧小平が市場開放を目論んだ本当の目的とは?~』 の続きです。
今回は1980年代の鄧小平の時代に続いた江沢民の時代を見てみます。
江沢民は、1989年の天安門事件の直後、総書記に着任します。

江沢民時代の≒1990代を、概略年表で追ってみましょう。

 

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【江沢民の時代】
1989年 6月 天安門事件、その直後江沢民が中国共産党総書記に選ばれる。
1990年 9月 北京でアジア競技大会が開催される。
(この頃日本のバブル崩壊)
1991年  ベトナムと国交樹立。 (ソ連崩壊)
1992年  とう小平が南巡講話を発表
韓国と国交樹立
農村部で年金制度開始「農村社会養老保険」。但し任意加入。
1993年 3月27日 江沢民が国家主席、国家中央軍事委員会主席に選ばれる。
☆「社会主義市場経済」確立
1994年 このころ対ドル人民元レート大幅切り下げ(下図参照) →人民元安 →以降輸出(外需)の大幅な拡大へ
     (外資の中国進出 →安い労働力で外資が儲ける構図、金貸しとなんらかの取引?)

12月 三峡ダム着工。
「愛国主義教育実施要綱」を制定、以後反日教育が徹底される。
1996年 台湾の総統選挙に際し、人民解放軍が軍事演習を行い台湾沖にミサイルを発射。アメリカは空母機動艦隊を派遣。
1997年 2月 とう小平死去。
7月 香港の主権がイギリスから返還される。(香港返還)
江沢民が訪米
9月 党大会で「国有企業改革」提起。
1998年 3月 朱鎔基、国務院総理に選ばれる。

1999年 5月8日 在セルビア・モンテネグロ大使館がアメリカ軍から爆撃されたことに対し、中国で反米デモが発生。
12月20日 ポルトガルからマカオが返還される。

 ※このころ都市部ではすでに物的供給過剰。中国はどうなる!? 3 ~中国都市部は2000年前後に豊かさを実現した!!~
しかし農村部は、都市部にくらべて格差が大きく購買力が劣る状況。
そこで、中国指導部は、内陸部の開発方針を打ち出した。

2000年 西部大開発の方針策定
①南方の豊富な水を水不足に悩む北方に送る「南水北調」
②西部の天然ガスを東部の沿海地方に送る「西気東輪」
③西部のエネルギー(水力・火力)で発電した電気を東部に送る「西電東送」
④チベット鉄道の建設

2001年 中台間の「小三通」開始
海南島付近上空で米中軍用機衝突
6月「上海協力機構」(SCO)設立宣言
    ※中国とロシアが主導するユーラシア諸国の集団安全保障体制。(アメリカ覇権に代わる準備?)
7月2008年北京五輪招致に成功
中ロ善隣友好条約に調印
江沢民「三つの代表」講和
11月世界貿易機関(WTO)に加盟

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中国では、天安門事件直後、その後日本ではバブル崩壊、ソ連の崩壊という激動の時代に江沢民は政権の座についた。アメリカは民主党クリントン政権の時代(1992年~2000年)とほぼ重なる。

大きくは、外資に市場を開放しつつ、非常に安い為替固定で輸出主導の経済成長を推し進めた時代。ドルとの交換レートを非常に安く固定したのは、アメリカ金融資本となんらかの裏取引があったと思われる。


【中国の外貨準備高】1990年代前半から急上昇。

これによって、それまでの世界の工場としての日本は急速に凋落、中国が世界の工場化した時代でもあった。(※江沢民が反日政策を取ったのは非常に象徴的。欧米金貸し(国際金融資本)にとって地の利のある日本の資本が、中国に行くと外資にとっては競争にならないので、好ましくないという判断が働いていたのではないか。かれらは、日本をバブルで潰し、上澄みを吸い取り、次の成長国として中国に狙いを定めた。逆に中国にとっては、日本が潰された経過をつぶさに観察しながら、欧米金貸しを警戒しつつ利用しようとしたということだろう。最近の習近平による、江沢民一派の追い落としは、金貸し(特にロックフェラー)と癒着した、この江沢民時代の清算が狙い。

※1997年に香港がイギリスから返却されている。これは実質的に香港を介しての中国の中央銀行であったHSBC(香港上海銀行)の業務が、中国人民銀行に移管されたことを意味するのではないだろうか?香港ドルがドルペッグをとっていたように、その後の中国も安いレートでのドルペッグを頑なに保持している。これは、中国人民銀行+傘下の銀行が金貸し中国へのの資本注入口になっていたということを意味するのではないか?

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この時代、急速な工業化が進み2000年前後には、都市部では物的に飽和状態(豊かさが実現)した。
都市部では、着実に消費社会化が進んでいる。

1979年から始まった一人っ子政策で生まれた「小皇帝」は、この2000年前後に20代に突入している。もう。彼らが生まれた時代以降は、「改革開放」による消費社会が現れており、その中で成長してきた。彼らは「6つのポケット(両親と祖父母からの資金と愛情を受けることの揶揄)」があり、また物も(それ以前に比べれば)豊富にある環境の中で育ったため、自分の好きな物を買い、ファッションや流行に関心を持ち、豊かな消費社会の中で成人している。・・・1970年代~の日本の若者とあまり変わらない感じになっている。

次回、引き続き、2000年代の胡錦濤の時代について見ていきたいと思います。

 

List    投稿者 nihon | 2014-08-20 | Posted in 01.どうする?マスコミ支配No Comments » 

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