2009年10月29日

新しい社会統合機構の中核=将来の統合サイトの姿は? 1

2009年9月28日の記事「特権階級支配を撥ね返した大衆の共認闘争の勝利」で、以下のように書いた。

マスコミの屁理屈は「思想・表現の自由」だが、「思想・表現の自由」は誰のものか? 言うまでもなく国民のものであり、マスコミのものではない。それどころかマスコミの情報独占が国民の「思想・表現の自由」を抑圧している。国民の抑圧機関と化したマスコミなど廃止すべきである。但し、単にマスコミを否定するだけはダメで、マスコミに代わる共認形成機関=統合サイトが実現するかどうかに社会の再生はかかっている。そのためにはネット界の闇住人を排除しなければならない。
ところが、自民党だけでなく、民主党もマスコミ規制・インターネットの健全化の発想が皆無である。それは近代思想(個人主義)の範疇に思考がとどまっているからであるが、民主党はどうなるのか?(期待できるのか?)が、当面の焦点になる。

では、マスコミに代わる共認形成機関=統合サイトのあるべき姿は、どのようなものになるか?
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『るいネット』「超国家・超市場論14 外向収束⇒認識収束に応える『認識形成の場』」に統合サイトの姿が述べられている。

現在すでに人々は、社会不全⇒人(ひと)収束を伴いつつ、外向収束から認識収束へと向かっている。この認識欠乏が顕在化するのは、もはや時間の問題である。それが顕在化すれば、人々が求める『新しい認識』は、人々の最先端の統合価値となり、従ってまた最強の活力源となる。
なぜなら、人類の最先端機能は観念機能であり、従って答え(に近い認識)こそが、人々の意識を統合すると共に、その答えが人々に活力を生み出し、その認識が人々の全ゆる行動の指標(モノサシ)となるからである。従って、答え(となる認識)は、まぎれもなく最先端価値であり、その下に全てを収束させる統合価値ともなり、全ゆる行動を導く指標価値ともなる。
そして『認識』は、それが当り前のものと成れば成るほど、絶対的な共認圧力と成って末端まで貫通した統合機能を獲得する。
しかし、普通の言葉がそうである様に、当り前になるほどその圧力は意識されなくなり、従って活力源としての機能が弱くなってゆく。逆に、新しい認識は、(最先端の外圧に対応する)最強の活力源となるが、末端にまで共認されない限り、万人の統合機能たり得ない。
従って、『認識』は各人の日常的な最先端価値(=統合価値=評価指標)であり、また基礎的に社会を統合する機能をも果たしているが、それ自体は社会を統合する最先端機能たり得ない。社会を統合する最先端機能は別に要る。
既に『超国家・超市場論3 置かれた環境を貫く闘争圧力を把握せよ』で触れたように、人類の最先端機能は、最末端まで貫く同類闘争の圧力を大前提にしており、それなしには成立しない。
では、大前提となる次代の同類闘争圧力とは何か?それは既に、前稿で明らかにされている。即ち、人々の認識欠乏に応える認識競争の圧力こそ、まぎれもなく新たな同類闘争の圧力である。この認識闘争の圧力が最末端をも貫く圧力にまで成長すれば、それに応える『認識闘争の場』は人類の最先端機能となり、全てをその下に収束させた社会統合機能となる。
つまり、私権闘争・掠奪闘争を止揚した次代の人類の最先端機能とは、最先端の認識闘争=評価競争の場となる『認識形成の場』そのものに他ならない。

続いて「超国家・超市場論15 『認識形成の場』こそ、新しい社会統合機構の中核である」からの引用。

その『場』は、人々の認識欠乏に基づく評価共認が、三段階に亙って先端可能性に収束してゆくことによって、構築される。
人々の認識欠乏に応える最初の場(=新しい適応態)が、『認識形成サイト』である。その場は、心ある人々をそこに収束させる最先端機能であり、そこに結集した人々に最大の活力を与える場ともなる。
しかし、その様な『認識形成サイト』は(例えば、新パラダイム派のサイトや旧パラダイム派のサイトetc)無数に存在し、場(サイト)と場の間に必然的に認識闘争=評価競争が発生する。
この認識闘争=評価競争という形の新しい同類闘争は、人々の評価共認によって収束・統合される。つまり、全ての『場(サイト)』は、人々の評価共認が形成する評価ヒエラルキーの下に組み込まれ、淘汰されてゆく。
そして、その評価ヒエラルキーの頂点に立つ『場(サイト)』の下に大多数の人々が収束してゆくことによって、そのサイトは『統合サイト』へと脱皮してゆく。
しかもその場は、(すでに第一段階から)答えを求めるみんなの期待が互いに感じられる場であり、その期待に応えて皆が次々に投稿するだけで、最高の『まつり場』となり、皆の最大の活力源となる。つまり、認識形成の場の構築とは、人類本来の『まつり』の再生、しかも全く新しい(集団を超えた)社会的な『まつり場』の創出に他ならない。
このまつり場(認識形成の場)は、参加する人々が増えるにつれて、科学から芸能までを包摂した人類の鑑(かがみ。知の結晶)に成長してゆく。そして、それは最終的には万人をその下に収束させた人類の最先端機能となり、同時に人類の最大の圧力源=活力源となる。
そして、それこそが、新しい社会統合機構(の中核)となる。
この最先端機能たる『統合サイト』に働く、人々の評価共認が作り出す最先端価値=評価指標は、もはや「お金」ではない。「交換」という場からやがて「お金」が登場した様に、認識形成の「協働」という場からは「資格」という評価指標が登場することになる。
なぜなら、数百万人もの人々が、一つのサイトに投稿すれば、ごく一部しか見ることが出来ない。従って統合サイトは、地域(3千人)→地区(10万人)→地方(300万人)→中央(1億人)へとヒエラルキー化されざるを得ず、各段階への投稿資格が不可欠になる。おそらく、皆の評価に基づく投稿ポイントetcが資格認定の補助指標となり、与えられた資格が評価指標となる。

これまでの人類の活力源(統合価値)は私権であり、私権闘争の場が国家や市場であった。
ところが、’70年頃先進国では、貧困の消滅によって私権への収束力(私利私欲)が衰弱し始めた。人々はこれ以上の物的充足を得る為に、あくせく働こうとはしなくなり、物的欠乏が飽和限界に達したことによって、市場は拡大を停止し縮小過程に入った。にも拘らず、この社会を差配する全世界の統合者(政・官・財および学者・マスコミ)たちは、なりふり構わず市場の拡大を続行し、不足する需要を補うべく大量の国債を発行して、日本では800兆円を超える財政赤字を累積させてきた。
そして全世界はバブル化し、その行き着いた果てが、’08年から始まった世界経済危機であり、これから予想されるドル・米国債暴落→経済破局なのである。このことが意味するのは市場の終焉である。そして、「世界大恐慌→私権闘争の終焉によって国家も終焉を迎える。この事態に対して全世界の統合者は誰も答えが出せないでいる。このことが意味するものは「私権社会の終焉」に他ならない。
そして、「超国家・超市場論14」が説くのは、「私権に代わって認識が最先端価値となり、私権闘争の場である国家や市場に代わって認識闘争の場=統合サイトが次代の最先端機能⇒社会統合機構となる」ということである。
実際、’08年から始まった経済危機を契機として、社会をどうする?⇒認識収束が顕在化しつつある。社会をどうする?⇒何が事実か?人々の認識収束が高まったからこそ、先の衆院選での政権交代も実現したとも言える。そして、ドル・米国債暴落→経済破局はこの流れを加速するであろう。
(本郷猛)
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List    投稿者 hongou | 2009-10-29 | Posted in 11.世論形成の場、ネットの可能性4 Comments » 

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コメント4件

 !うにまろ!日記 | 2010.04.06 22:52

第174回国会予算委員会

素晴らしいものを見たので取っておきます。ご存じない方にはおすそ分けと♪
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 よく考えよう | 2010.04.07 11:02

デフレ脱却は不可能、ソフトランディングへ舵を切れ

世間はデフレ、デフレと大騒ぎしているが、デフレ現象は当然の経済現象であることを自覚せねばならない。元々経済活動自体が1部の既得権益者にのみ都合よく動く道理…

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