2007年01月02日

戦後歴代内閣の対米政策の変遷

森田総合研究所のHPに、関岡英之編『アメリカの日本改造計画――マスコミが書けない「日米論」』に、編者の関岡英之さんの質問に答えた森田実さんの発言要旨が載っていました。戦後60年を日本の歴代内閣の対米政策を検証する上での参考になるので、一部引用します。

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昭和26(1951)年にサンフランシスコ講和条約が締結されたとき、アメリカは日本支配をつづけるために欲を出し、吉田茂一人を引っ張り出して日米安全保障条約を締結してしまいます。これは一方的に、日本国内には実態が何も知らされないまま結ばれてしまいました。吉田茂は後々問題になることがわかっていましたから、一人だけでサインしてきた。

日本の国連加入を実現した鳩山一郎政権が退陣すると、安倍晋三現総理のお祖父さんの岸信介が圧倒的な力で台頭してきます。岸はどういうわけか占領軍とうまくやって、A級戦犯としては不起訴処分になるわけです。そして、サンフランシスコ講和条約が発効するころには追放解除となり、政治活動に乗り出した。ほかの政治家たちと比べると、岸はアメリカ側から特別扱いされたようだった。岸が出てくるや、あっという間に岸派が最大勢力となります。石橋湛山総理が病気で引退すると、ついに岸が総理に就任する。岸は憲法調査会をつくって審議させ、そのうえで改正の必要はないと結論づける。…そうして岸は日米安保条約改定に向かう。ここで岸は無理をしすぎたため、安保条約は批准しましたが、退陣に追い込まれました。

次に登場した池田勇人内閣は高度経済成長路線を打ち出す。池田内閣の時期が、戦後日本で一番自立していた時期ですね。ちょうど民主党のケネディ政権時代です。池田が病気で引退すると、今度は岸信介の弟の佐藤栄作が政権の座につきました。佐藤政権時代、アメリカは共和党のニクソン政権でした。佐藤は日米間の矛盾を秘密外交で乗り切りました。次の田中角栄は、1972年の総裁選で日中国交正常化をスローガンにして、福田赳夫に勝利して総理になりました。田中が日中国交正常化を実現した後、石油危機が起こりました。

(1980年)共和党のレーガン政権が出てきた。レーガンは「強いアメリカの復活」を掲げて大統領選で大勝した。レーガンは日本を軍事的パートナーにしようとしたのですが、池田勇人、大平正芳の流れを汲む当時の鈴木善幸総理は、日本は軍事的なことには関与すべきではないという考え方でした。鈴木善幸はレーガンとの首脳会談の後、「日米安保条約は軍事同盟ではない」と発言します。これにアメリカが激怒して、またしても対日工作を仕掛けます。そのとき、アメリカのレーガン共和党政権の代理人になったのが岸信介でした。

岸信介は秘かに田中角栄と手を結んで鈴木内閣を倒して中曽根康弘内閣をつくった。レーガンは中曽根を完全に取り込み、イギリス保守党のサッチャー政権とも三角関係を結んで日本のアングロ・サクソン化を水面下で推進し始めたのです。中曽根は「戦後政治の総決算」「日本は不沈艦空母」などと威勢のいい発言をして日米一体化を進めました。

日本にとって不幸なのが、中曽根だけが長く健在だったことです。…中曽根だけがいまも「大勲位」として隠然たる威光を持ち、中曽根のエピゴーネンたちもまだ論壇の現役で活躍しています。だから、日本の論壇には中曽根批判がなかなか出てこないのです。中曽根批判をすると、すぐに叩かれてしまう。これは日本にとって大変不幸なことです。これが日本の1980年代を正当に分析することを妨げているのです。80年代こそ、戦後の本当の終わりの時なのです。

戦後というのは、アメリカに占領され、去勢され、蹂躙されながらも、日本人の魂は「独立国でいかなければならない」という方向にかろうじて向かっていた。政治家の中にもその血は脈々と流れていた。この流れを変えたのが中曽根でした。中曽根のレーガンとの密着、「ロン・ヤス関係」の誕生こそが、日本がアメリカ化、アングロ・サクソン化に向かって走り始めた第一歩でした。少しでもアメリカを批判すれば容赦なく叩かれるという状況になりました。とくにマスコミが親米的になりました。中曽根の「ロン・ヤス」政治によって促進された日本の独立精神の喪失は、深刻な問題です。

アメリカ政府が郵政民営化=350兆円を露骨に主張したら日本国民が反発すると判断して、経済政策の協調という形を取った。これが「年次改革要望書」の出発点です。日本経済そのものを全部呑み込もうとして経済政策の調整を提案したのがクリントン政権でした。その延長線上に立っているのが現ブッシュ政権です。

日本の国富をアメリカ帝国主義が利用する。この体制への移行の第一段階が中曽根政権だった。第二段階が橋本龍太郎政権だった。橋本は「米国債を売りたくなった」という一言のために徹底的に叩かれて気の毒な最期でした。そして第三段階が小泉純一郎政権です。小泉は中曽根や橋本とは比較にならないほどアメリカにのめり込みました。

これによると、中曽根以前の歴代政権は、アメリカの日本支配圧力にそれなりに抵抗しようとしてきた。それが従米路線に転換したのが中曽根内閣であることが伺える。
‘80年代アメリカでは貿易赤字、財政赤字という双子の赤字が拡大し、社会秩序も経済もガタガタになった。社会全体の活力衰弱である。いち早く豊かさを実現したアメリカでは、私権活力の衰弱はどの先進国よりも早く顕在化したということ。そして「強いアメリカの再生」というスローガンを掲げたレーガンが大統領となった。その後は軍備に力を入れたり、日本やECに対して自分のところに都合のいいように市場開放の圧力を加えてきた。
それに対して、弱小派閥で党内基盤の弱かった中曽根が、アメリカの力を借りて政権を獲ったというのが真相ではないだろうか。その仲介役、アメリカの代理人が、反共主義者の岸信介だったというのが象徴的である。(本郷)

List    投稿者 hongou | 2007-01-02 | Posted in 04.日本の政治構造6 Comments » 

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コメント6件

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