2018年04月10日

国家紙幣を発行してもハイパーインフレは起こらない!

現在の経済の閉塞状況を打開する策の一つとして、「国家紙幣」の導入が様々な場で議論されています。

このブログでも紹介されているように、経済的にも大きな可能性を秘めている事は間違いまりませんが、一方、導入に懐疑的、否定的な見解も少なくありません。
その根拠の代表的なものは、「国家紙幣を発行すると、ハイパーインフレが起こる」という物です。

なかば常識のように繰り広げられるこの論理は、はたして事実なのでしょうか。

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「国家紙幣(政府紙幣)を発行してもハイパーインフレは起こらない!」

この事実を紹介している記事を、るいネットから抜粋、紹介します。

「政府紙幣を発行してもハイパーインフレは起こらない!」

■わが国には「真の財源」がある
大量に政府紙幣など発行したら、それこそハイパー・インフレが発生して国民経済が破壊されるのではないかという疑問を持つ人もいます。もちろんそんなことはありません。
 なぜならば、現在のわが国においては、この政府紙幣は経済全体の生産能力の余裕--いまそれはデフレ・ギャップという形で存在しています--という確固たる裏打(言うまでもなく、これこそがわが国の経済社会の「真の財源」です)があって発行されるものだからです。

 いま日本では膨大な生産能力がムダになっています。
経済企画庁の国民所得部が行っている推計によると、1970年、高度成長時代の末期と比較して、現在(引用者注:1998年)は、企業の資本設備は約6倍半になっているのに対し、実質総生産(実質GNPないしGDP)は2倍半、鉱工業生産も2倍程度にしかなっていません。これだけ見てもかなりの資本設備が遊休していることがわかります。
また労働力も同じで、失業率の上昇や就職難だけではなく、残業時間の短縮、また社内失業というものも含めると、相当な労働力が遊休状態になったままです。

以上引用終わり

「国家紙幣」が「ハイパーインフレ」に繋がるのは上記とは逆の状態、すなわち需要が生産能力を上回っているときです。
実質生産は生産能力を上回ることができませんから、この場合はモノ不足になります。
その差を「インフレ・ギャップ」といい、インフレ的な物価上昇(ディマンドプル・インフレ)を引き起こすことになります。
しかしわが国の経済状況を正確に分析すれば、その様な状況には陥らないことが分かります。

さらにわが国では過去にも似たような状況があり、「政府紙幣」の発行と運用によってその危機を乗り切っています。ハイパーインフレには陥りませんでした。

以下、るいネットの同じ記事から抜粋、引用します。

 ■明治新政府も「政府紙幣」で成功した
 そこで政府紙幣の発行に戻りますが、すでに日本ではこの一見、荒唐無稽とも見られる政策で国家財政と国民経済を救った例があります。それは明治維新のとき、新政府のいまで言えば大蔵次官のような立場にあった由利公正の献策で行われた「太政官札」(その後、「民部省札」)の発行です。由利は「五箇条御誓文」の下書きをしたことで有名ですが、明治政府きっての財政家でもありました。

 当時の日本は、三百年続いた徳川幕府が崩壊し、経済は先行きの不透明感で麻痺、萎縮し、江戸の町がすっかりさびれるなど、いまでいうデフレ・ギャップが生じていました。それを憂慮した由利は、太政官札という「政府紙幣」を発行することで、新政府の財政収入を確保し、戊辰戦役の戦費を賄い、近代化のための政府支出も積極的に行ったうえ、さらにはこの紙幣を民間にどんどん融資して経済活動を刺激しました。おかげで明治政府は文明開化とともに富国強兵にも成功することができたのです。

  しかも明治十年に西南戦争が起き、その戦費支出でインフレが発生するまでは、基本的に物価が安定していたことは注目に値します。デフレ・ギャップという「真の財源」がある間は、いくら紙幣を刷ってもインフレ的な物価上昇にはならないことの証左です。

  ちなみに、政府紙幣発行に反対する論者は、その理由として西南戦争後のインフレ処理のため、松方正義蔵相による苛烈なデフレ政策、いわゆる「松方デフレ」が必要だったではないかと指摘するのが常ですが、これはまったくの誤りです。当時の物価を調べていくと、松方が蔵相に就任する明治十四年以前、大隈重信蔵相時代に、すでにインフレはおさまっていたことがわかります。「松方デフレ」は不必要だったのです。

以上引用終わり

こうした歴史的な事実があるにもかかわらず、「国家紙幣=インフレ」という発想に短絡的に陥るのは、現象事実を直視していない固定権念であり、あるいは机上の論理やデータのみに捉われ実態を見ようとしない現代経済学の一つの悪弊といえます。

これから求められるのは、旧来の経済学の固定観念を取り払って思考を開放すること、そして事実に基づいた追求を行うことです。
その地平で、現在の閉塞した経済状況を打開する、新鮮で可能性のある議論や提案が生まれてくるのでは無いでしょうか。

List    投稿者 nihon | 2018-04-10 | Posted in 01.どうする?マスコミ支配No Comments » 

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