2006年11月11日
履修漏れ問題
履修漏れ問題について、msnニュース「地域ニュース」より引用
★「大学受験に必要ない科目なんて、勉強しても意味ないじゃん。幅広い教養がどうのと言ったって、そんなのインチキ芝居だわ」
皆さんは、どう答えますか。
「そうか、その通り。現実を直視すれば、世界史なんかやっている時間はないよな。じゃあ、それはすっ飛ばして、ほかの科目を勉強した方が合理的だな」
親ならばこう答えても、あるいは許されるでしょう。しかし、教師なら「そんな情けないことを言うな!」と一喝すべきなのです。
しかし、現実は違いました。「意味ないじゃん」とうそぶいていたのは生徒より、学校の方でした。あるいは生徒や父母の暗黙の願いに迎合した。それが一連の履修単位不足問題の真相でしょう。残念ながら京都も例外ではなかった。なんとも情けなくなります。
私は教育の目標の一つを、「ある種のやせ我慢ができる能力」(武士は食わねど、ってやつです)を養うことだと思っています。だとすると、生徒たちは世界史や日本史だけでなく、ひょっとするともっと大切な「やせ我慢力」を学ぶ機会まで失ったわけです。 ★
※なんともがっくりくるコメント。イマドキこんな風に勉強=我慢=強制圧力で仕方なし!という考えでいるかぎり履修漏れ問題が起こるのは必然。
>履修ゴマカシを問題とする以上に、歴史を学ぶ意義、そしてそのために必要な歴史の勉強は何か、を扱うことが必要とされているのではないだろうか。 必要な歴史の勉強とは?
2U
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コメント1件
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hermes bags czech | 2014.02.02 12:22
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