2018年08月24日

日本人の可能性と立脚点 ~縄文の同化一体回路~

国立博物館で縄文展をやっていて見てきた。縄文の土器や土偶が勢ぞろいしていた。何度か見たことのある土器もあったが改めて見てみると、なんとも言えない多様さ、不思議さに言葉を失う。そして現代と比べても遜色ない実に様々な道具があった。
縄文展の中で美の競演と称して4000~5000年前の中国や西アジアなどの世界文明の土器が展示されていたが、縄文土器と並べてみると正直余りに貧相で、競演というより、引き立て役に見えた。(明らかに文明のレベルが数段違う。)

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この違いはなんなんだろうか?縄文時代の自然の余りの豊かさなのか?
感じたのは、他の文明と精神世界が全く異なっていると思ったこと。そして2回目に行ってなんとなく分かったのは、多様な縄文土器や土偶は、森の自然の中に発見した精霊を何とか表現しようとしたこと、それを仲間達に伝えたくて土器で懸命に表現したのではないかということ。

●農耕・牧畜→自然利用か、自然との同化か?・・・縄文人は精霊信仰を保持。
1万2千年前くらい、西アジアや中国などは温暖期後の急速な寒冷化(ヤンガードリアス期)から農耕・牧畜に向かった。
それに対して、草創期であった縄文も寒冷化はあったはずだが、農耕には向かわなかった。彼らはひたすら自然の中で生きていくための自然との同化・対象化に向かった。同化の先に精霊を見て、精霊に応合する中で多様な知恵や恵みを得てきた。
その結果として多様な道具が現れた。土器はその一つだし、多様な精霊が現れているのは、彼らの自然(の恵みや法則)の発見が実に多様だったからではないだろうか。万物に感謝し自然の中で多様な資源を満遍なくかつ最小限に使って生きてきた。
縄文以外の他の文明は、その後、農耕・牧畜からあくことのない自然利用、そして遊牧を経て他者利用・支配へと向かっていく。・・・その分岐点は1万2千年前にあったのだ。

2500年くらい前に大陸からの流入民を受け入れて弥生が始まる。大陸からの血や文明を受け入れながら、日本は変わって行った。しかし日本人の心性は縄文以来の精霊信仰と限られた資源を使って自然の中で生きる様を保持しているように見える。江戸の修理・リサイクル職人たち♪

●明治以降、日本は立脚点を見失った
明治以降、自分・自我第一の西洋思想の導入、植民地化の圧力の中で、富国強兵政策と学校教育が始まり、縄文以来続いてきた地域共同体の解体が続けられてきている。・・・日本の弱体化は現在極めつけの段階。
日本弱体化政策(その1) ~日本人の共同性・集団性を破壊せよ~
日本弱体化政策(その3) ~時短で骨抜きにせよ、最後のトドメは大量移民・混血~

日本だけでない、世界的にとめどもない環境破壊・人体破壊・精神破壊が進んでいる。これらは1万2千年前から始まった自然利用発の農耕・牧畜→遊牧文明の行き着いた先とも言える。

●日本と世界を取り戻す
1970日本で初めて豊かさが実現した。その後世界的にも物質的な豊かさが広がって本源収束し始めている人類。1万2千年前から始まった自然利用→収奪に代わる生き方が求められている。・・・それは原始人・縄文以来の自然・他者との同化一体化回路ではないかと思う。本来人間には備わっているはずだし、特に日本人に色濃く残っている。
西洋発の利用・対立回路から、相手発・対象発の同化一体化回路(事実追求)へ、そこから精霊に代わる可能性を対象の中に発掘する(構造認識)。

(by Hiroshi)

List    投稿者 nihon | 2018-08-24 | Posted in 01.どうする?マスコミ支配No Comments » 

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