2006年10月05日

『歴史認識』で安倍包囲網狭まるか

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まだ何もしていないうちから、さっそく安倍総理が態度を曲げてきた。
民主党の鳩山氏の質問に対し、いわゆる「河野談話」、「村山談話」(※)を踏襲する発言を行ったのである。
 
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安倍首相、「植民地支配」「侵略」認める=靖国参拝は公表せず-衆院代表質問
yahooニュース
安倍晋三首相は2日午後の衆院代表質問で、先の戦争をめぐる歴史認識について「わが国はかつて、植民地支配と侵略で多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた」と述べ、過去の植民地支配と侵略戦争を謝罪した1995年の村山首相談話を基本的に踏襲する考えを表明した。一方で首相は、自らの靖国参拝に関しては「参拝したかしないか宣言し明らかにするつもりはない」として、公表しない考えを重ねて示した。
一番手で質問に立った民主党の鳩山由紀夫幹事長は、首相に靖国参拝の有無を明確にするよう求めるとともに、歴史認識に関して「植民地支配と侵略という認識を認めるのか」とただした。
これに対し首相は「政府の認識は(村山)首相談話などで示されている通りだ」と答弁。ただ、A級戦犯の戦争責任については「政府として具体的に断定することは適当ではない」として具体的な言及を避けた。 
(時事通信) – 10月2日

安倍総理は、今までこれらの談話に関する態度を明らかにしてこなかったが、ここに来て選挙戦略・党内戦略を優先させたかたちだ。
官房長官時代の強硬発言も、単なるパフォーマンスだったと言うことだ。
Dr.マッコイの非論理的な世界」は、エントリー「人気ブログは安倍政権の「村山談話」「従軍慰安婦」継承をどう見るのか」で、この件に関する、ランキング上位のブログの反応を紹介している。
その結果は、意外なほどの関心の薄さであった。というよりは、反応を図りかねている、というものだ。「日本に巣くう左翼勢力に一撃を与えてくれるのではないか」、という甘い期待が、早くも裏切られた、ということであろうか。
ところで、「歴史認識」や靖国への参拝を明らかにしないという方針は、中共の信託を受けた左派メディアや売国野党からの突き上げを受けてきたが、彼らが拍子抜けした、という点では一時的には効果を見せたのかも知れない。
例えば、立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」では、新総理 安倍晋三が受け継ぐ“妖怪”岸信介の危険なDNAと題し、「安倍総理は(岸信介のDNAを受け継ぐ)信念の人である」と評論しているが、真逆の結果となった。

そのころ、国会も首相官邸も、岸の私邸も、「アンポ反対」を叫ぶ大群衆に日夜取り囲まれて、石を投げられ、火がついているものをなげつけられたりしていた。それに対して、岸がいささかもひるむことなく堂々たる姿勢をくずさなかったところを、安倍も、子供時代に肉眼で見ているので、自分もあのように自分の信念を曲げることなく闘いつづける政治家でありたいと思ったなどと述べている。
安倍は信念の人なのである。
しかし私は、安倍のそのような頑固な信念は、むしろ、国家を危うくする恐れがある信念だと思っている。

立花氏の恐れは杞憂に終わったのかも知れないが、真っ当な保守の立場からの批判を招くことは必至であろう。
(Dr.マッコイ氏の以下のエントリを参照)
安倍支持者は安倍批判を躊躇するな!
しかし、最も恐るべきは、この問題に対し真剣に論じようとする人々達が、左であれ右であれ、最も蚊帳の外に置かれている、という事実である。
安倍氏の信念は確かに外国に阿ることなく、日本の誇りを大事にしよう、というものなのかもしれないが、選挙に勝利するためには、平気で投げ捨てられる程度の信念なのである。
そして、政治家とは、何か真面目にものを考える人を対象にしているのではなく、見た目とか、奥さんのファッションとか、好物は何かといったことにのみ関心を払う層を相手にする商売なのである。
※以下の外務省のページで談話の全文を読むことが出来ます。
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慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話
平成5年8月4日
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「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)
平成7年8月15日
——————-
たく

List    投稿者 postgre | 2006-10-05 | Posted in 10.日本の時事問題2 Comments » 

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コメント2件

 匿名希望 | 2006.10.07 21:44

阿呆とは、大胆な・・・。
でも、考えてみれば、普通の人なら、800兆も借金(一人当たりで換算すると、約700万)したら、オロオロする⇒どうする?と必死になって考えるものです。
否。それ以前に、返せる見通しを立てるものです。
なのに、返せる見通しも立てられない。借金をすることを前提に予算を立てる。まるで、他人事。アリエナイ。
“阿呆”という言葉が当てはまっているのかも。
確かに、素人=みんなの方が、まっとうな答えが生み出せそうです。

 シルクロード | 2006.10.07 21:53

こんにちは!
僕も「勝ち組ほど、阿呆になる時代」というのは強く思います。
また、「阿呆ほど勝ち組になる時代」とも思ってます。
最近感じているのは阿呆でない人はマスコミや政治家になるという発想にはならないのだと思います。阿呆でない人が阿呆の集団に入ろうと思わないのは必然、阿呆がうつされます。
そもそも、阿呆の方々は国を動かす仕事に就いているというのが理解できているのだろうか?おそらく、ここまで人々の活力を衰弱させているのに気づいていないのだから、国を動かす仕事=政治に就いているというのは理解できてないのでは?

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