2015年12月29日

日本の支配階級を影で操る勢力とは何なのか?

現在日本の支配階級に朝鮮系勢力が根強く残存、いや根を張っている事は明らかなように思う。表世界では、アメリカを中心とする欧米諸国の衰退は間違いなく、ロシア、中国、イスラムが台頭して来ている。

一体どの勢力が、東アジアの中心勢力となってくるのか?

以下、サーティンキューさんより、その概観となりそうな記事を転載させて頂きます。

「天皇は朝鮮人から始まり、明治天皇は英国が創った!」

にほんブログ村 政治ブログへ

★戦前の日本人の若者は天皇を神様だと思うように洗脳され、天皇陛下のために、戦い、多くの若者達が死に、また、外人も殺された。

★天皇は1946年1月1日に「文書で人間宣言」したはずだが、テレビを見るといまだに「神様」扱いである。象徴天皇とは1942年6月のOSS(CIAの前身)の「日本計画」に出てくるが、人間になった天皇は、天皇陛下万歳と叫びながら死んだ者達と殺された者達に対して、どう責任をとるのか?

天皇に戦争責任があるのは決まっているが!その辺を書いていく。

 

1、実在の初代天皇は金霜林(キンソーリン)

★663年に白村江の戦いがあり、倭国&百済が唐&新羅に負けたことは、どんな歴史書にも書かれるが、新羅が百済を滅ぼし、朝鮮半島を統一して、さらに唐に秘密に日本列島をGHQのように侵略して、日本を支配し、国号を倭国から日本に変え、天皇という名称の王で支配したことは、日本の歴史は隠している。日本では隠しているが朝鮮や中国には文献がある。

★天皇という名称は第40代天皇の天武天皇から始るのは、最近の学者(頭の弱い)すら言っていることだが、この天武天皇は日本には一度も来てない。天武天皇は新羅の文武王の金法敏であり、その息子の金霜林(キンソーリン)が日本にやってきた、実在の初代天皇である。

金霜林(キンソーリン)は日本では42代文武天皇と名のるが、実在の初代天皇であり、天皇は朝鮮人から始った!

★歴史は権力者が変わるたびに偽造・捏造されるのは常識であり、古今東西、どの国でもやっていることだが、今の日本はいまだに皇国史観を本物の日本の歴史にしていることの意味は、大日本帝国がまだ滅びていないからだ。滅びていないどころか、独裁者の橋下徹を総理大臣にして、天皇教を復活させ、第三次世界大戦に向かおうとしているようにも思える。

★天皇が朝鮮人から始った証拠は様々あるが、天皇の宮廷を朝廷と言うが、これは【 朝鮮の宮廷 】という意味で、平城京とは平壌のことで、羅城とは新羅城のことであり、奈良とは朝鮮語の【 都 】という意味である。

★新羅はシラギと発音するが、これはボルネオ語のシラヒースから来るもので、シラヒースの意味は「 日が出る処 」であり、それで倭国を「 日の出る処 」という意味で、日本という国号にしたのであろう。日本とは新羅の別号であったのだ!

★歴史家は日本は一度も侵略されてない!とウソを言っているが、白村江の戦いの後、朝鮮(新羅)に侵略され支配され国号も日本に変えたし、藤原氏とは唐、中国人かもしれないと推理する。藤をトウと発音すれば。また、明治からは日本は英国の植民地だし、現代は米国の植民地であり、日本が完全に独立していたのは、江戸時代だったと言える。江戸の260年の平和はキリシタンを排除したことから生まれた平和だろう。

★日本人とは皇国史観が言う単一民族ではなく、新羅に侵略される前、様々な遠くから(シュメールなど)外人が日本に来ている。しかし、新羅が崩壊して、百済人が日本の天皇になった時、百済の桓武天皇が、古来の様々な史書を焚書し、日本書記や続日本書記や新撰姓氏録や朝鮮の歌集を改竄して万葉集を創るなど、一連の偽造文書を創作したので、日本の本当の歴史は迷宮入りしてしまい、日本人は日本の真実の歴史を知らず、今の架空と妄想のウソの歴史を信じているのが現実なのだ。

日本は天皇家から始ったのではなくて、天皇より古い、東表国(豊日国・豊国)など紀元前770年前からの王朝が存在した

★新羅系天皇を北朝と言い、百済系天皇を南朝と言う。初めに新羅系天皇が日本を支配したのは、紀元670年前後だが、歴史を偽造して、支配起源を1000年も増やし、紀元前660年から神武天皇から天皇家は始ったと創作した。このウソが天皇家は2660年も皇位継承しているというウソになっているが、新羅系天皇の天武天皇が即位する(天武天皇の金法敏は日本に来ない)のが673年だが、新羅が崩壊して、百済系天皇の桓武天皇が即位した781年には、皇位は断絶しているのだ。

天皇の2660年の皇位継承とは大日本帝国が日本人ついているウソにすぎない!今の天皇は英国が創った明治天皇からの4代目にすぎない!

★現人神と言って多くの日本人を騙し、戦前の若者と外人を天皇の名によって、大量虐殺した、天皇の世界はウソと欺瞞の魔界であるのだ。また、日本人と外人を大量虐殺するための魔の一神教である!

 

2、三回の大戦で世界を統一する

★アルバート・パイクは1871年8月15日の手紙で「 三回の大戦で世界を統一する 」と書いている。

★英国の手下である伊藤博文が孝明天皇父子を殺害して、大室寅之祐を明治天皇にして、英国は新興宗教天皇教を中心とした大日本帝国を作り二回まで大戦をして、今は、三回目の世界大戦の直前にいる。孝明天皇を殺害したことで皇位は断絶していて、2660年の皇位継承なんていうのは、皇国史観の寝言にすぎん。実在の天皇の始まり自体が、697年に文武天皇として即位した朝鮮人の金霜林なんだから、皇国史観の言うことは全て嘘だ。

★伊藤が吉田松陰の近くにいた相撲少年の大室寅之祐を明治天皇にした、あたりは、ネットで書かれているので省略するが、伊藤を暗殺した安重根の「伊藤博文の15の罪状の14番目」に伊藤博文の孝明天皇暗殺が書いている。

★現人神の天皇は第二次世界大戦で負け、人間宣言したところで終わったような感じを受けるが、1942年6月のOSS(CIAの前身)文書の日本計画に「 戦後の日本の天皇は象徴天皇とする 」と計画しているので、平和象徴天皇も「 第三次世界大戦の準備として創作されたもの 」であろう。

★世界権力が象徴天皇というわけのわからん存在で天皇制を長引かせている理由は、再び、天皇中心で日本をファシズム化して、日本を第三次世界大戦にイスラエルの応援として参加させるためだ。日本の天皇がイスラエルの応援をするために第三次世界大戦に参加するとは、飛鳥昭雄の「 失われた古代ユダヤ王朝【大和】の謎 」のP215から始る漫画の中に書かれる!

★飛鳥昭雄の場合、今の聖書を妄信しているから、古代ユダヤの北と南の違い(多神教と一神教)がわからず、日本の本当の歴史に入ることは無理で、日本を第三次世界大戦の参加させるために、本を書いていると見る。世界権力が後押ししているから、あれほど多く本を出せる。

★明治維新とは英国が日本を支配したことだが、英国は1929年10月24日の暗黒の木曜日で転落して、米国が世界の頂点となる。米国を支配しているのがロックフェラーである。その世界の動きに呼応して、1932年5月15日に5,15事件があり、1936年2月26日に2,26事件があり、それら一連の政財界の暗殺事件が起きるが、その暗殺された政財界の人物達は三井系だった。暗殺されたのは、団琢磨、井上準之助、原敬、犬飼毅、高橋是清など。これらの人物は三井系であり、

三井系とはその当時英国ロスチャイルド系であり、

三井系の政財界の重要人物が暗殺されることで、

日本を動かす力はロックフェラーになったのだ。

だから、日本は太平洋戦争に入る前にロックフェラー(米国)の支配下にあった!

★だから、太平洋戦争の時、米国と日本の上層部は同じ結社に入っていた仲間であり、B29が日本を爆撃しても、けして、日本の結社員の周辺には爆撃しなかったし、天皇も結社員だから、原爆を皇居に落とすことはなかった。

★米国が戦争する時、米国大衆に戦争の理由を納得させなければならないから、仲間の山本五十六に真珠湾攻撃させて、勝つ計画の太平洋戦争に入り、実際、1942年6月の「日本計画」に戦後の天皇は象徴天皇にする、という文書が、米国国立公文書館で見られる。

★元々、英国と手下の伊藤博文が作った天皇教とは大衆を宗教洗脳する道具にすぎない。そして、太平洋戦争前の1930年代に天皇教は米国に奪われ、米国によってまだ生かされて、第三次世界大戦用に存在しているのだ!

 

3、天皇教と橋下徹と金正恩そして創価学会

★大阪維新の会の橋下と創価学会はガッチリと協力体制にあるが、大阪維新の会の公約は幸福の科学の政治公約と似ているという。創価学会と幸福の科学は表面上は喧嘩しているが、幸福の科学は創価学会が創った第二創価である。教義が丸で違うが。

★そしてイスラエルは創価学会の名義で東京の一等地を買っていて、イスラエルの日本支部が創価学会と一部で言われ、小沢一郎の奥さんの小沢和子さんは創価学会の幹部であり、実家の福田組も創価学会企業であり、小沢一郎は現役で一番長く東京電力と付き合い、元東京電力会長の勝俣と小沢は囲碁仲間(与謝野も)で、東京電力は創価学会企業と言われ、福島原発の管理会社はイスラエルのマグナ社であり、雅子さんの父の小和田恒氏は創価学会と近しいのはネットでは常識である。

★オウムの背後には創価学会と統一教会がいたが、橋下の大阪維新の会もオウムとソックリの構造である。

★創価も統一も北朝鮮宗教と言われるが、北朝鮮とは大日本帝国の「生き残り国家」であり、日本人が朝鮮人を偽装して作った国家である。金日成は金聖柱だが、金日成という名は当時は名誉称号みたいもんで、代表的な人物が4人いたが、スターリンは金聖柱を金日成とした。

★そして北朝鮮を実質建国した人物が畑中理(オサム)であり、この畑中理の息子が金正日である。三代世襲とか言っているが、金日成(金聖柱)と金正日は親子ではない。ここからまた、嘘の始まりである。この手の嘘は大日本帝国の癖である。

★大日本帝国宗教(北朝鮮宗教)が八百長の対立を辞めて、橋下徹を日本の総理大臣にしようとしているのが今だ。

★大日本帝国は再び、軍事独裁政権という本来の姿に戻りたい。そのために金正恩を北朝鮮の天皇にしたが、軍事的侵略で、日本と韓国と北朝鮮を統一する可能性はある。元々、大日本帝国とは日本と朝鮮半島が合体していたから。

★天皇陛下万歳と叫んでいる飯山一郎が「横田めぐみさんと金正恩」という本を書くのも、北朝鮮は実は日本であったと言いたい【 工作 】だろう。

金正恩を天皇として大日本帝国を蘇らせ、日本を第三次世界大戦にイスラエルの味方として向かわせる作戦があると思う!

★その計画が99%成就するように見えて、富士山の噴火でグレンとヒックリ返るのではないか?それが、日月神示の預言である!

 

参考文献

桓壇古記          訳:鹿島昇

裏切られた三人の天皇    鹿島昇

倭と日本建国史       鹿島昇

日本神話と古代史の真実   松重楊江

日本史のタブーに挑んだ男  松重楊江

二人で一人の明治天皇    松重楊江

長州の天皇征伐       太田龍

(転載終わり)

List    投稿者 mamoru | 2015-12-29 | Posted in 01.どうする?マスコミ支配1 Comment » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/12/5348.html/trackback


コメント1件

 日本 | 2016.01.12 1:21

昭和天皇

◇昭和4年(1929)
・「説明は聞く必要がない」(5月)…満州支配をもくろむ関東軍が暴走して張作霖爆殺事件が起きると、昭和天皇は軍の独走を懸念して田中義一首相に関係者の厳罰と軍紀粛清を命じた。ところが陸軍の反対で軍法会議すら開かれない。言い訳しようとする首相に立腹し、「この前の言葉と矛盾するではないか」「説明は聞く必要がない」と宮中奥へ立ち去った。

◇昭和7年(1932)
・「自分は国際信義を重んじ、世界の恒久平和の為に努力している。それがわが国運の発展をもたらし、国民に真の幸福を約束するものと信じている。しかるに軍の出先は、自分の命令もきかず、無謀にも事件を拡大し、武力をもって中華民国を圧倒せんとするのは、いかにも残念である。ひいては列強の干渉を招き、国と国民を破滅に陥れることになっては真にあいすまぬ」(4月頃)
…関東軍の満州国建国によって、日本が世界から非難を浴びた。

◇昭和8年(1933)
・「予の条件を承(うけたまわ)りおきながら、勝手にこれを無視たる行動を採るは、綱紀上よりするも、統帥上よりするも、穏当ならず」(5/10)…参謀総長が熱河省への進軍許可を求めた時、天皇はすぐに撤退することを条件に許可した。ところが撤退後に再び関東軍が華北(中国北部)に侵入した。

◇昭和10年(1935)
・「軍部に対して安心ができぬ

◇昭和11年(1936)
(二・二六事件に際し)
・「とうとうやったか」
・「まったく私の不徳のいたすところだ」
・「速やかに暴徒を鎮圧せよ」(2/26)

・「朕(ちん)の軍隊が命令なく自由行動を起こしたことは反乱軍と認める、反乱軍である以上速やかに討伐すべきである」(2/27)
◇昭和14年(1939)
・「出先の両大使がなんら自分と関係なく参戦の意を表したことは、天皇の大権を犯したものではないか」(4/10)
大島駐独大使と白鳥駐伊大使が、独伊に各独断で「独伊が第三国と戦う場合、日本も参戦する」と伝えた。

・「(中立の)米国が英に加われば、経済断交を受け、物動計画、拡充計画、したがって対ソ戦備も不可能なり」

・「参戦は絶対に不同意なり」(5/26)…ドイツと同盟すれば英米と対立することを懸念。

・「この戦争は一時も早くやめなくちゃならんと思うが、どうだ」(7/4)…戦線拡大を続ける支那事変を憂慮し、板垣陸相と参謀総長・閑院宮(かんいんのみや)を呼び問うた。

続き

◇「元来陸軍のやり方はけしからん。満州事変の柳条湖の場合といい、今回の事件の最初の盧溝橋のやり方といい、中央の命令には全く服しないで、ただ出先の独断で、朕の軍隊としてあるまじきような卑劣な方法を用いる様なこともしばしばある。まことにけしからん話であると思う」
・「今後は朕の命令なくして一兵でも動かすことはならん」(7/21)
板垣陸軍大臣に。(満州事変を画策した人物)

・「(日独伊三国同盟の交渉打ち切り)海軍がよくやってくれたおかげで、日本の国は救われた」(14-15年)…海軍の三国同盟批判を天皇は高く評価。

・「政治は憲法を基準にしてやれ」(8/28)…陸軍の内閣介入に注意。

◇昭和15年(1940)
・「(国益の為、手段を選ばぬ)マキアベリズムのようなことはしたくないね」(6/20)…ドイツの攻勢で英仏が弱体化。軍部はその隙に仏印、タイへの進出を狙う軍部の姿勢を天皇が批判。

・「指導的地位はこちらから押し付けても出来るものではない、他の国々が日本を指導者と仰ぐようになって初めて出来るのである」(夏)“指導的地位”という言葉を掲げてアジアに進出しようとする軍部を牽制。

◇昭和16年(1941)
・「強い兵を派遣し、乱暴することなきや。武力衝突を惹起(じゃっき)することなきよう留意せよ」(1/16)…北部仏印の駐屯部隊について杉山参謀総長に。

・「自分としては主義として相手方の弱りたるに乗じ要求を為すが如き、いわゆる火事場泥棒式のことは好まない」(2/3)
英仏がドイツに苦しめられている間に、彼らの植民地を奪おうという大本営政府連絡会議に。

・「なるべく平和的に外交をやれ。外交と戦争準備は並行せしめずに外交を先行せしめよ」(9/5)杉山参謀総長に。

・「この条約(三国同盟)は、非常に重大な条約で、このためアメリカは日本に対してすぐにも石油やくず鉄の輸出を停止するだろう。そうなったら、日本の自立はどうなるのか。こののち長年月にわたって大変な苦境と暗黒のうちにおかれることになるかもしれない。その覚悟がおまえ(近衛首相)にあるか」(9月)

◇昭和17年(1942)
・「人類平和の為にも、いたずらに戦争の長引きて惨害の拡大しゆくは好ましからず」(2/12)…東条首相に早期終戦を訴える。「長引けば自然と軍の素質も悪くなる」

・「なるべく速やかにこれを終結せしむることが得策である」(6/20)…東郷茂徳外相が和平の為ソ連に仲介を頼むことを報告。天皇は賛成。

・「慎重に措置するというのは、敵に対しさらに一撃を加えた後にというのではあるまいね」(6/22)…陸軍の梅津参謀長が「和平の提唱は慎重に」の発言に懸念。

原爆
・「有利な条件を得ようとして戦争終結の時期を逸することはよくない」(8/8)…広島に投下された爆弾が原爆と判明。東郷外相が戦争終結の転機にしたいと述べ天皇は同意。

・「私の切ない気持ちがどうして、あの者たちには、わからないのであろうか」(8/15)
…終戦に反対する陸軍の一部の将校が、近衛師団長・森赳中将を射殺し、偽の師団命令で近衛歩兵連隊を出動させて皇居を占拠、玉音放送を阻止するため録音盤奪取を企てた。

・「責任はすべて私にある。文武百官は私の任命する所だから、彼らに責任はない。私の一身はどうなろうと構わない。私はあなたにお任せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい」(9/27)…マッカーサー元帥との初会見で。
「絞首刑も覚悟している」とも。

●詳細
焼け野原と飢えの惨状と化した国内を見回った後、
昭和天皇はGHQマッカーサーの元に訪れた

陛下は直立不動のままで、国際儀礼としてのご挨拶を終え、こう言われた

『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。
私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。
絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

『しかしながら、罪なき八千万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、
まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』

マッカーサー
「天皇とはこのようなものでありましたか!天皇とはこのようなものでありましたか!私も、日本人に生まれたかったです。
陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい」

陛下
「命をかけて、閣下のお袖にすがっておりまする。この私に何の望みがありましょうか。
重ねて国民の衣食住の点のみにご高配を賜りますように」

敗戦国の君主は、ほとんどすべて殺されるのが常であり、
それゆえ、命乞いをするか、または、命惜しさに国を捨てて海外に逃亡するのが普通だった

しかし、他とは全く異なる日本の天皇の姿にマッカーサーは激しく感銘を受け側近に
「天皇を処刑することは、イエス・キリストを十字架にかけることと同じだ」と述べたことが記録に残っている

天皇
「皇室の中には国際的価値のあるものが相当にあるとのことだから、これを代償としてアメリカに渡し、食糧に代えて国民の飢餓を一日でもしのぐようにしたい」と御物目録をつくらせました。

これを聞いた司令官マッカーサー元師は、「御物を取り上げてその代償として食料を提供するなどと自分とアメリカの面目にかけてできない。」

そしてアメリカ本国に食料緊急援助要望をし、これが日本の食料危機は大幅に緩和さた

マッカーサー「なぜあなたは戦争を許可されたのですか?」
天皇「もし私が許さなかったら、きっと新しい天皇がたてられたでしょう。それは国民の意思でした(世論は鬼畜米英色だった)。こと、ここに至って国民の望みに逆らう天皇は、恐らくいないのでありましょう」

昭和天皇
日本国憲法公布(昭和21年)
 この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたものである。即ち、日本国民は、みづから進んで 戦争放棄し、全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたものである。

日本国憲法
 朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、
深くよろこび、 枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

●日本製原爆

◇日本は早く完成する可能性があり、敗色濃厚だった日本の軍部にとっては画期的なもので、それによるマリアナ諸島やハワイへの投下計画を考えた

しかし、計画を上奏した東条首相と杉山陸相に、昭和天皇は「戦争とは言え人類絶滅に通じる新兵器を使用してまでも勝てば良いということではない」と強く述べられた

「数カ国がその新兵器開発を競っているとの事だが、日本が最初に開発し使用すれば、他国も全力を傾斜して完成させ使ってくるようになるであろうから、全人類を滅亡させる事になる
それでは、人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか
またハワイに投下する計画との事だが、ハワイには、日本の同朋が多数移住し、現地民とともに苦労し今日を築きあげたところである。そのような場所に新兵器を使用することには賛成しかねる」

昭和天皇は、日本のみの利益に立って考えることをされず「世界平和」という視点に立ち、いち早く原爆開発の中止を命じられたという話がある

東條首相
「こんな簡単に手をあげてしまう政府・国民の意気地無さは夢にも思わなかった」
「そんな国民を当てに戦争指導していた自分は馬鹿だった」
「たった二発の原爆で降伏してしまった」
(当時、このような意見は稀なことではなかった)

急な西洋化から明治レジームは内部から崩れていた

国民と天皇に自分達の意見を通す事が当たり前になっていた

Comment



Comment


*