2014年09月16日

脱グローバリズムの可能性をロシアに探る⑥~ソ連を崩壊させ、国営企業を乗っ取った金貸し

「ソ連を崩壊させた金貸し(ロスチャイルド)」の論旨は次の通りである。

冷戦構造によって、莫大な利益を獲得したロックフェラーに対して、ロスチャイルドは冷戦終結→ソ連崩壊(その後のEU→ユーロ設立)を仕掛けて対抗。ゴルバチョフ、エリツィンがその実動部隊として動き出す。
ソ連崩壊後のロシアは、市場経済化に失敗し、経済危機に直面。その傍らでは、金融で財を成した新興財閥オリガルヒが登場。マスコミや資源企業を買収し、政治とも癒着した。

ソ連崩壊後、ロシアはどうなったか?

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「ソ連を崩壊させ、ロシア新興財閥を育てたロスチャイルド」

ロスチャイルド財閥はシベリア鉄道の建設やロシア革命を支援し、ソ連の実権を握ったが、ロックフェラー財閥は、スターリンを担ぎ上げて、ソ連の中枢に食い込んだ。ロックフェラー財閥は、スターリンを使って、バクー油田からロスチャイルドを追放することで、ソ連からロスチャイルド財閥を遠ざけ、また、米ソ冷戦を演出させることで軍需産業を発展させていった。
 
■ソ連を崩壊させ、新しい市場を作り出したゴルバチョフ

このソ連の歴史に幕を引いたのがゴルバチョフだった。ゴルバチョフはペレストロイカを提唱し急進的な市場開放政策や民主化、グラスノスチ(情報公開)を行って、ロシアを市場社会に開こうとした。当然、共産主義国家=ソ連を崩壊させることになる。では、このソ連崩壊に関して国際金融資本家たちはどのように動いていたのだろうか。
 
ゴルバチョフがソ連の最高指導者になった1985年当時、国際金融資本家が日本を強引にバブル化させたことからもわかるように、世界の市場は飽和状態に達しており、国際金融資本家は(ロスチャイルドもロックフェラーも)新しい市場を作り出そうと必死になっていた。当時、世界最大の「未開市場」はソ連=ロシアであった。そこで、ロックフェラー財閥はゴルバチョフを担ぎ出し、市場開放政策を取らせることで、ロシアを国際市場に取り込んでいった。 
ただし、ソ連の崩壊=市場化はロックフェラーだけでなく、ロスチャイルドにも大きなメリットがあった。その意味で、ソ連崩壊はロスチャイルドとロックフェラー双方が仕掛けたものだと言える。  

■エリツィンの登場
ゴルバチョフは東西冷戦を終了させ、ソビエト連邦を解体し、東欧を解放して民主化を図った。しかしこうしたゴルバチョフの急進的な改革に対して、存在基盤を脅かされることになる守旧派は、ゴルバチョフに対する拒否反応を強く示し、1991年8月にクーデターを起こす。このクーデターを終息させたのがソ連の数ある共和国のひとつ、ロシア共和国の大統領エリツィンであり、その後1991年12月にはエリツィンがロシア連邦の大統領となる。
 
■IMFの融資を受けるロシア
ソ連が崩壊した直後の1991年に、エリツィンはゴルバチョフ改革によってボロボロになった経済を立て直すためにIMFから226億円の借金をした。IMFは借金の見返りにロシアの国営企業の民営化を勧告する。IMFの狙いはロシアの市場化をより進めていくことであり、これはロシアへの参入を企てようとするロスチャイルド財閥の狙いがあった。
エリツィンはIMFの勧告に従って、ガイダル首相代行とチュバイス副首相に大規模な改革を実行させ、国営企業の民営化を図ろうとする。ところが、国営企業を民営化しようにも、ソ連はもともと共産主義国家で、国民には企業を買い取るお金が無い。しかも、もともと国民全員の資産であった国営企業を民営化するのであれば、国民に国営企業の権利である株式を平等に分配する必要があった。そこでガイダルとチュバイスが考え出したのは「バウチャー方式」という手法であった。
 
■「バウチャー方式」とは何か?
「バウチャー」とは、民営化された国営企業の株式を取得するための権利書である。バウチャーは1992年10月1日から、地位・所得に関わりなく、12歳以上の全ロシア国民の一人一人に対して一定額(92年発行分は1人1万ルーブル)を民営化される企業の株を取得する権利書として発行され、無償で分配された。
こうしてみると「バウチャー方式」によって国営企業の権利は国民平等に分配されたかのように見える。
しかし、当初は株を売り出す企業数が極度に少なかった。また、国民は支給されたバウチャーだけでは企業の株式を購入できず、何千何万とそれをまとめなければ本格的な民営化株式の入札には参加できなかった。そのためモスクワの商品取引所には、バウチャーの取引相場が立ち、額面1万ルーブルだったバウチャーは、1994年の時点で1500から2000ルーブルという安値で買い叩かれていった。
☆国有財産を国民に平等に分配するという建前でつくられたバウチャーだったが、国民に国有財産が広く行き渡ることはなかった。逆に、「バウチャー方式」は一部の人間による国有財産の寡占化を促し、ロシア新興財閥を産み出してしまうことになる。

■「バウチャー」が新興財閥を育てた
殆どの国民は自分たちの所有していたバウチャーを安い価格で売り渡し、逆に商業銀行や一部の人々がこれらのバウチャーを集めることになった。つまり、ほとんどの庶民は、分割された国有財産を安値で売り払い、一部の人々が安い価格で元国営企業を手中に収めて一挙に「成金」になった。
このようにして、オルガリヒと呼ばれるロシア新興財閥が登場する。これらの新興財閥は政府と癒着していき、世界最大の天然ガス会社であるガスプロムの社長であるチェルノイムジンは、エリツィンから首相に任命された。

■国有資産が新興財閥に流出
このようにして続々と国営企業が民間に払い下げられていったが、ロシア財政は悪化の一途をたどる。そしてついに、国庫が底をついてしまった政府は、ついに国有資産を担保にして、新興財閥からお金を借り始めるようになる。
資源価格の低迷により、輸出額の多くをエネルギー資源による利益が占めていたロシアの経済状況はさらに悪化していく。しかも、史上空前のハイパーインフレに見舞われていたロシア経済を救うために、ロシア政府は大量の資金を調達する必要があった。
つまり、ロシア経済が悪化すればするほど、多くのエネルギー会社が新興財閥の手に渡り、新興財閥はさらに勢力を拡大することになった。ロシア国内の経済格差は大きく拡大し、1997年の時点では「7人の新興財閥がロシアの50パーセントの富を支配していると言われた。この7人の新興財閥のうち6人がユダヤ系の新興財閥である。(7のポターニン以外は皆ユダヤ系)
 
1. ボリス・ペレゾフスキー(石油大手「ジブネフチ」、ロシア公共テレビ「ORT」等)
2. ロマン・アブラモービッチ(石油大手「ジブネフチ」)
3. ピョートル・アベン(ロシア民間銀行最大手「アルファ銀行」)
4. ミハイル・フリードマン(石油大手「TNK」)
5. ウラジーミル・グシンスキー(民法最大手「NTV」)
6. ミハイル・ホドルコフスキー(「メナテップ銀行」、石油大手「ユコス」)
7. ウラジーミル・ポターニン(持ち株会社「インターロス・グループ」ニッケル・場ラジウム生産世界最大手「ノリリスク・ニッケル」

このように、ソ連崩壊→市場化の過程でロスチャイルド財閥の息のかかった新興財閥が、ロシアに続々と登場した。これは、旧ソ連の国有財産が、ロスチャイルド財閥の手に落ちたことを意味している。その出発点となったのが、IMFからの借金→バウチャー方式だった。つまり、ロスチャイルド財閥は、共産主義国家の国有財産を国民に平等に分配するというバウチャー方式を隠れ蓑に、合法的にソ連の富を手に入れたのである。

■ロシア財政危機
ロシア財政が悪化する一方で、新興財閥が中心勢力となったロシアだが、その後も原油価格は下落し続け、ロシア政府は新興財閥から借りていた借金を返済できなくなった。そしてついに、1998年ロシア政府とロシア中央銀行は対外債務を 90日間支払い停止すると発表することになる。同時に債務を整理し、ルーブルを引き下げたが、ロシア国民がルーブルをUSドルに代えようとしたため、ルーブルはなおも下落を続けて暴落した。
再びハイパーインフレに見舞われたロシアは突破口をなかなか見出せずにいた。この様な状況のなか、1999年にロシア大統領となったのがプーチンである。

ロシア帝国拡大も、ソビエト連邦誕生も、更にはソ連崩壊も、ロスチャイルド財閥やロックフェラー財閥などに代表される国際金融資本家が裏で糸を引いていたことがわかる。そして、国際金融資本家がロシア→ソ連を操る陰で、ロシア人は常に虐げられていた。 つまりロシア人の歴史には、国際金融資本家に対する「恨み」のような意識が、刻印されている。このロシア人の意識を基盤にしてのし上がっていったのがプーチンである。
そして、このプーチンに目を着け、支援したのが、ロスチャイルド財閥によって利権をほとんど奪われてしまったロックフェラー財閥であった。
ロシアはまたしてもロシア人=プーチン、ロスチャイルド財閥、ロックフェラー財閥の三つ巴の争いに突入していったのであった。

List    投稿者 nihon | 2014-09-16 | Posted in 01.どうする?マスコミ支配No Comments » 

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