2021年03月12日

ネサラゲサラ法(FRB廃止・金本位制・戦争の廃止)の歴史的背景

トランプ革命の革命綱領ともいえるネサラゲサラ法ではFRBの廃止、金本位制、戦争の廃止などが謳われている。

これらの綱領の真の意図するところを見るためには、FRBや金本位制をめぐる歴史的な経緯を押さえる必要がある。
アメリカ中央銀行の設立は、アメリカ独立当初から画策されていた。これは通貨発行権という打ち出の小槌(その仕組みについてはhttp://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=365112)を獲得することで市場を支配するためだが、大衆側(産業側)にも統一ドル(統一紙幣)を要求する声が高かった。当時アメリカでは通貨発行は州立銀行が担っていた。つまり州ごとに異なる紙幣が発行されていた。そのため州をまたがる取引や、貿易においては両替が必要となり、その際紙幣ごとの交換比率(レート)も問題になる。従って更なる市場拡大や交易の拡大を求める産業界からの声も高かった。
ところが、政府は独立戦争、米英戦争、南北戦争などの相次ぐ戦争によって莫大な借金を背負っていた(もちろんこれらは金貸し(国際銀行団)が仕組んだものである)。
そこで信用のない政府に代わって国際銀行団が政府の借金札(国債)を紙幣代わりに流通させ統一通貨(ドル)とするという、アクロバット的手段を用いる。

このようにして1913年アメリカでFRB(連邦準備制度)が設立され、国際銀行団が州や政府から紙幣発行権を奪い取った。しかし、FRB設立の目的はアメリカ市場の支配に留まるものではなかった

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世界大戦のために葬られた金本位制

その翌年1914年に第1次大戦が勃発する。この戦争の資金として大いに活用されたのが、アメリカの資金である。それまでアメリカは中央銀行がなく国家間の借款を仲介することが出来なかったため、海外に資金を貸し付けることは殆どなかった。
第一次大戦前、ヨーロッパ各国の財政は軍拡競争と散発する戦争で、既に「火の車」状態にあった。大戦はアメリカの資金によって可能になったのである。しかも、大戦に入ると主要国は金本位制を停止した。金本位制は通貨の安定のために1818年に導入された制度だが、逆に金融家たちにとっては、通貨発行量が金準備額によって制限されるという難点があった。その制約を打ち払ってほぼ無制限の通貨発行を可能にしたのが金本位制の停止である。そして、金に代わって、通貨の原資と成ったのがアメリカの連邦債である。連邦債は僅か4年で10億ドルから250億ドルに膨れ上がった。FRBはアメリカ国民の将来の税金を担保にしてあぶく銭を手にすることになる。

一次大戦後に金本位制は一度は復活するが、2度目の大戦に向け再び金本位制を排除せんと金融家たちは手を打っていった。その手段となったのが1929年の世界恐慌である。
まず、一次大戦後、アメリカの低金利策によってアメリカの金をロンドンに移動させた。それを原資にイギリスや、ドイツを除く列強は一旦金本位制を復活させる。
1929年FRBは公定歩合を3%からいきなり6%に引き上げた。そして中心銀行であるニューヨーク連銀は傘下の銀行や証券会社に対する貸付金利を5%から20%に引き上げた。必然的に株価は大暴落する。1600億ドルの株式資産が煙のように消えた。もちろん金融家たちは既に株式を売り払い大量に連邦債を購入していた。資産は簒奪された。この金融の緩和と引き締めで、国民資産を簒奪する方法を金融家たちは「羊毛狩り」と呼んでいる。

1933年ルーズベルトはニューディール政策とともに、経済と金融の安定の名目で銀行の金貨両替業務を停止し、国民が金を所持することを禁止、国民から金を一オンス20.67ドルで買い上げた。もはやドルと金を交換することは出来ない。アメリカの金本位制の実質停止である。それらの金は国際銀行家たちの手によって、イギリスで法定価格の一オンス35ドルで売りさばかれた。金本位となったイギリスは通貨高となり、必然的に輸出不振を迎える。かくしてイギリスは植民地を中心とする、ポンドブロックを形成。世界はブロック経済化していく。
しかし、長期化する不況の中でイギリスも金本位制を放棄。1936年には最後まで金本位を維持していたフランス、スイス、オランダ、ベルギー、イタリアも金本位制を放棄する(最後まで金本位制を維持していた国家群が奥の院の系統と重なるのは興味深い)。

かくして、再びFRBと国際金融家は金から自由になり、無限に通貨を発行する手段を入手する。第二次大戦を発生させる資金準備は整ったのである。アメリカの連邦債は1930年の160億ドルから1946年には2690億ドルにまで膨れ上がった。ニューディールを隠れ蓑にした赤字財政政策によって。

ドルショックの茶番

※戦後ブレトンウッズ体制によって、金本位制が復活したかのように言われているが事実ではない。一時的な措置とされていた、1933年の金所有禁止は戦後も続いている。つまり、戦後もドル紙幣は金と交換できるわけではなく、ブレトンウッズ体制は1ドルが金1/35オンス(約0.9グラム)と同等の価値があると観念的に思わせることで、ドルの信用力を人為的に高く作り出したにすぎない(つまり似非金本位制である)。唯一政府間の決済のみドルを金に変えることを各国政府が要求した場合、それに応じなければ成らないという世界銀行の取り決めがあるだけである(ちなみにこれは現在でも有効)
1971年のドルショックはイギリスとフランスが、その要求を行い、アメリカがそれを拒否したことから騒動になっただけである。一種の茶番だが、以降公然と通貨は金とのリンクを断ち切り、世界にドルが垂れ流されていくことになる。

このようにFRB(中央銀行)、戦争、金本位制の廃止は三位一体であり、金貸したちの権力基盤と武器であった。つまりこれらの廃止には、金貸したちの支配の基盤を根こそぎ解体するという意図があると思われる。

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