2018年08月15日

これからの社会を考える~教育を大学をどう変えていくか?~

今、最も重要なのは教育革命」という記事を以前にエントリーしたが、今回はその続きとして、これからの社会状況の予測と、その状況下で人々に求められる資質や能力とは何か、さらにはそれを踏まえて大学と言う教育機関をどう変えていくか、について考えてみたい。

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◆これからの時代は、今までの常識は全く通用しない

異常気象や地震などこれまでに例を見ない災害、不安定で崩壊が秒読みの金融市場、すでにグローバリズムは衰退し、ロシア・中国を中心とする新勢力が国際情勢の中軸となり、その民族自決主義の潮流は今後、急速に拡大していく。人工知能の発達は、ロボットが定型労働を人に代わって担うことになり、その分、労働者らが市場に溢れる。またベーシックインカムの普及も、時間の問題だ。(危機感を煽りたいのではない。既成の社会が崩壊し新たな社会が登場することは、むしろ可能性だと認識している)

つまり、これから先は天災であっても人為的な情勢やシステムの変化であっても、何が起こってもおかしくない状況下に我々は置かれている。それは、個人も企業も法人も役所も学校も同じ。

そのような時代が目の前に迫っている。つまり、従前とは全く違う生き方への転換を、我々は突きつけられている。その生き方とは、暗記で詰め込み、テストで良い点を採ることではない。名前だけの有名大学を卒業し、名前だけの大企業に就職し、既成の枠の中で身分と年収だけを考えることではない。これまで“安定”と思われてきた生き方は、これからの時代を生き抜く力になならない。

 

◆これからの時代に求められる力とは

人は一人では生きていくことは出来ない。その意味を、良くも悪くも本当に噛み締める時代が来る。未曾有の時代を生き抜くには、仲間が集団が必要。仲間を作り、皆で力を合わせて生き抜くことが本来的に求められる。

そんな中では仲間第一、集団第一で物事を考え行動する力が必要になる。

そして仲間を導くには、未来を予測することが不可欠。それは、既存の価値観にとらわれずに現実を直視し事実を追求してくこと、それを構造化していくことが基礎になる。

仲間をつくる共認形成力、集団発で期待に応える応合力、集団発で思考する追求力、それを構造化する構造認識。これらが必要になる。つまり、

【どのような状況にも対処してゆける強靱な思想と能力を獲得してゆくことこそ、本当の安定への道】(自主管理への招待

このような力を獲得していかければ生き残れない時代がもう目の前に来ている。

 

◆あらためて教育とは何か、大学とは何か

AIやベーシックインカムの普及も、このような能力の必要を加速させていく。暗記や定型課題を処理する能力だけでは社会で生き残れない。天災や情勢混乱だけではなく、こうしたシステムの変化も同様に我々の生き方を本質的に変えていく。

ならば、現実に役に立たない教学を刷り込むだけの大学ははっきり言って不要。むしろ社会で役に立とうとするなら、大学に行かない方が断然に良い。高卒でも中卒でも、少しでも早く社会に出るほうが、上記の力を育んでいける。なぜなら、人は現実社会で何かを生産し評価を得ること=仕事を通じてこそ、共認形成力も応合力も追求力も獲得していけるからだ

もし大学なるものが存続出来うるとしたら、それは【生産を基にし、人々の期待に応える力を、より専門の技術や知識を通じて高度化させていく機関として、人材を育成すること】ではないか。

そこでは実社会に出てある程度の勤続経験(5~7年)を持ったものが受験資格を得、試験は受験者の志を問う面接やプレゼンとなる。その試験に合格したものが、より高度に人々の期待に応えていくための追求をし、そこで力を養い、そして再び社会に出てより高度に活動をしていく。それは、ものづくりでも、農業でも、サービスでも、医療でも、政治でも何でも良い。期待に応えるための学びを得る追求機関こそ、大学の存在意義がある。またそれは、現在のような組織内部の権力闘争に明け暮れる学校法人ではなく、企業(1社または複数社の組合)や自治体が出資して運営していくことが、真っ当な人材を育成していくための条件になる。

 

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