2014年01月31日

都知事選、不正選挙に要注意3~地方選で惨敗続きの自民党が、’13年参院選・都議選で勝てた理由は不正選挙しかない

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「不正選挙を訴えた犬丸勝子氏のポスター」
「都知事選、不正選挙に要注意2」では、’13年12月の衆院選挙における不正集計疑惑を取り上げた。
2013年07月20日の記事「3・11で大衆は、マスコミ支配から脱して不信感を募らせた→地方選での自民惨敗」に対して、匿名希望さんから、次のようなコメントをいただきました。
’13年参院選で不正集計が行われたどうかに関する貴重な情報です。
いつも応援ありがとうございます。

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  投稿者 staff | 2014-01-31 | Posted in 05.染脳国家日本1 Comment » 

都知事選、不正選挙に要注意1~米の不正選挙の手口

来る2月9日には東京都知事選がある。
一昨年12月の衆院選、昨年の東京都議選・参院選と同様、そこでも不正選挙が行われる可能性が高い。
今回は、どのような不正の手口が使われるのか?
まず、これまでの日米の不正選挙事例を明らかにする。
いつも応援ありがとうございます。

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  投稿者 staff | 2014-01-29 | Posted in 05.染脳国家日本No Comments » 

所得税は『金貸しの見えざる手』に導かれたのか?

先月は『イングランド銀行創設と国債システムの関連性を探る』というテーマで、国庫専用銀行としての中央銀行の生い立ちを考察してみました。今回は、戦費調達の手法としては国債よりも古典的と言える税制について検討して行きます。
  
租税はすでにエジプトやギリシャなどの古代国家において導入されていましたが、基本はすべて物納労役提供でした。貨幣による納税が始まるのは、ヨーロッパでは12世紀になってからです。ただ、金銭による納税が主流になるのはもう少し後の15世紀から16世紀にかけてであり、その背景には火砲や鉄砲の発明が戦争の様相を一変させたことが大きな原因と言われています。ちなみに、日本で代銭納が始まったのは室町時代(≒14~15世紀)で、金銭納税に完全に切り替わるのは明治維新です。
   

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アウステルリッツの戦い

応援よろしくお願いします

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  投稿者 staff | 2014-01-28 | Posted in 06.経済破局の行方No Comments » 

金貸し支配の構造2~マスコミ支配と学者支配(と騙しの数々)

「金貸し支配の構造1~政治支配」では、次のように述べた。

対立する両勢力をけしかけ金を貸すことによって、どちらが勝っても必ず儲けるというのが金貸しの常套手段である。そのようにして金貸しは世界中の国家の支配権力を握ってきた。
従って、政治世界では左も右も金貸しの操り人形ばかりとなるのは必然であって、議会とは金貸しの操り人形たちの演舞場、そこで演じられる左右対立は金貸し支配を隠すための茶番劇に過ぎない。
従って、国権の最高機関たる議会の役割は、金融勢力の暴走行為にお墨付きを与えることだけとなる。

では、金貸しはどのようにして政界を支配しているのか?
その尖兵の一つがマスコミである。
いつも応援ありがとうございます。

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  投稿者 staff | 2014-01-27 | Posted in 08.近現代史と金貸しNo Comments » 

【情報戦】6.古代ヨーロッパ社会の統合においてキリスト教が果たした役割

古代の中央ユーラシアの遊牧民の間では、取引思考詐欺的思考にまで発展し、古代社会は諜報と謀略が日常という世の中に入っていった。
一方で、古代のヨーロッパの国家は、集団を喪失した海賊・山賊の寄せ集めだったため裏切りに次ぐ裏切りが日常化していた。このような状況下では、他集団の情報を得るための諜報よりも国家(集団)を統合していくための国家秩序意識の形成が急がれた。

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  投稿者 yoko3 | 2014-01-25 | Posted in 14.その他No Comments » 

裏天皇の正体10 裏天皇と徳川家がグルになり大政奉還が進められた

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(画像は大政奉還コチラからお借りしました)
大政奉還(たいせいほうかん)とは、江戸時代末期の慶応3年10月14日(1867年11月9日)に江戸幕府第15代将軍徳川慶喜が政権返上を明治天皇に上奏し、翌15日に天皇がこれを勅許した政治的事件である。
wikipedia 大政奉還(リンク)より 
 
大政奉還は徳川幕府が主導で行った事件というのが定説ですが、今回は実は天皇家、しかも裏天皇が徳川家とグルになり進めたという説を紹介します。

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  投稿者 staff | 2014-01-21 | Posted in 未分類 | No Comments » 

金貸し支配の構造1~政治支配

金貸しは、どのようにして社会を支配しているのか?
その仕組み(構造)を明らかにする。
いつも応援ありがとうございます。

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  投稿者 staff | 2014-01-19 | Posted in 08.近現代史と金貸し1 Comment » 

自給期待と日本の近未来10 秩序崩壊の危機感⇒追求力の時代へ

みなさん、こんばんは。
前回『自給期待と日本の近未来9 脱お上の自給期待⇒追求力の時代へ』で書いた認識に加えて、
今回はより深い位相『秩序崩壊の危機感』へ踏み込んでみたいと思います。

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  投稿者 ohmori | 2014-01-17 | Posted in 12.現代意識潮流No Comments » 

【情報戦】5.裏切りに次ぐ裏切りが常態化した古代ヨーロッパ~「諜報の必要」よりも「国家秩序意識」が希求された~

 中央ユーラシアの乾燥地帯の遊牧民によって切り開かれた商業関係→戦争関係によって取引思考詐欺的思考にまで発展し、古代社会は諜報と謀略が日常という世の中に入っていった。しかし、同じ中央ユーラシアの遊牧民の影響を受けながらも、その東側(中国)と西側(ヨーロッパ)では、その後、異なる発展を遂げていく。
 諜報という視点で言えば、諜報を国家戦略の中に位置づける理論体系=孫子の兵法を中国は生み出したが、ヨーロッパではそのような理論書は登場していない。それどころかキリスト教は「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」と闘争放棄とでもいうべき言葉を残している。しかし、ではヨーロッパで諜報や謀略がなかったのかというとそんなことはない。伝説「トロイの木馬」に代表されるように、諜報はヨーロッパでも常態であった。しかし、そのような主体的な諜報以前に、敵国に寝返る売国奴も後を絶たなかったようだ。
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トロイの木馬
 たとえば、ソクラテスを処刑台送りにした張本人アルキビアデースという人物の例を見てみよう。

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  投稿者 yoko3 | 2014-01-16 | Posted in 14.その他No Comments » 

裏天皇の正体9~江戸時代鎖国下でも日VS欧の諜報合戦が繰り広げられていた

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世界宣教をテーマにしていたイエズス会は、ポルトガル王ジョアン3世の依頼で、会員を当時ポルトガル領だったインド西海岸のゴアに派遣することになった。ザビエルは1541年にリスボンを出発。アフリカのモザンビークで秋と冬を過して1542年5月6日ゴアに到着。同地に3年滞在。インドからマラッカに渡る。ここで1547年12月鹿児島出身のヤジロウという日本人に出合う。1549年8月15日鹿児島に上陸。
(画像と文章はこちらからお借りしました。)
「裏天皇の正体8~裏天皇の諜報組織が国内・海外に分化→両者の対立をけしかけるイエズス会」で書いた論点は、次の通りです。

葛城(+秦)⇒裏天皇(南朝系伏見殿)の諜報組織は、海外諜報担当と国内諜報担当に分化していたらしい。
修験道を源流とする吉田神道も両部神道も裏天皇の諜報組織であって、吉田神道が国内諜報活動を、両部神道が海外諜報活動を分担していた。
元々、修験道の開祖役行者の段階では国内・海外を兼任していたが、海外情勢が不穏になり、情報収集の必要が増すと、諜報機関が国内・海外兼任では手が回らなくなってきたので、国内専任の吉田神道と海外専任の両部神道に分化した。
平安時代初期に、唐に派遣された空海・最澄が帰国後開いた真言宗・天台宗系の両部神道が海外諜報担当であり、真言宗系が吉野大峰山の当山派、天台宗系が熊野の本山派である。
16世紀に入ると、イエズス会が日本支配を企て、国内(吉田神道)・海外(両部神道)の二大諜報組織の対立をけしかける。本能寺の変もその表れである。
それに対して、裏天皇(伏見殿)は徳川家康に命じて、両者の対立を収めさせた。
関ヶ原の乱を経て江戸で幕府を開かせ、両部神道の拠点を江戸、京都は吉田神道の拠点とすることで、両者を棲み分けさせ、対立を収拾。ところがイエズス会の侵入姿勢はその後も目立ったので、家康は切支丹禁教を国是に定め、家光に至って鎖国を法定する。

いつも応援ありがとうございます。

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  投稿者 staff | 2014-01-15 | Posted in 04.日本の政治構造No Comments »