2017年08月01日

社会に出て仕事をしていく上で、凡庸なのはものすごく悲惨なこと

先日の実現塾は、この2~3年の若者に見られる意識潮流の変化および意識の中心にあるものについて追求しました。

親の囲い込みに加え、常識等の抑圧観念や学校による強制圧力で、子供の追求力は封鎖され、活力も衰弱の一途をたどる現在。それを反転するには人類に本来備わっている追求力を解放する他ありません。

中学生のプロ棋士、藤井四段のように「天才」と称されるような追求力を獲得するには、どうればよいのか。英才教育などではなく、その突破口は実に深く、そしてシンプルであることが分かります。

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実現塾2017年7月29日

●概要
テーマ:この2~3年の若者の意識潮流の変化および意識の中心にあるものは何か?2

★囲い込みが年々増加しているのは何で?
⇒囲い込みに気づくには?
→抑制観念とは?―世間の常識・固定観念は追求力を奪う
→●天才:赤ん坊の追求心を保持している/凡人:追求心を失った時代遅れの滅亡種
→☆最近の若者が“天才”より“神”という表現をするのはどういう意識?

**************議論の内容********************

★囲い込みが年々増加しているのは何で?
「年々」⇒歴史的比較⇒世界中これほど子供が幸せそうな国はないといわれた江戸時代と比較するのが一番早い(幸せそうということは囲い込みもないはず)

◯江戸時代の幸せそうな子どもたち、囲い込みゼロの基盤は【村落共同体】
誰の子供であれ村の子供→村人みんなで子育てしていた
→・子育てはみんなの課題
・母親には村の自治・農業生産の担い手等、子育て以外の社会的な役割がたくさんあった
→子育て不安なし

◯現代の子育ての主体は【核家族】
市場拡大とともに村落共同体が崩壊→個人主義がはびこり【核家族】に
→・核家族で誰も子育てを助けてくれない
・母親にとって子育てだけが唯一の役割
→子育てがうまくいくかどうかが強迫観念化→【子育て不安】
=子供がいい大学入ったかどうかが母への評価の全てになる
→「あれしろ」「これはダメ」と良かれと思ってやるとこなすこと全てが子供にとってマイナス=【囲い込み】に

◯一番重症なのは囲い込みの自覚がない場合=自覚できないくらい完全に囲い込まれている

●上記の社会構造上、囲い込みから逃れられる母親はほとんどいない

【みんなそうだ】というのをわかっているのが大事

一番大きいのは孤立しているということ⇒突破口は共同保育

→「子育てどうする?」を情報交換しながら、互いに見守りながらしていく
同じ共同保育をしているお母さんが、みんながいる場だと「役割⇒期待掛け」とか「囲い込まないように」と気をつけられるけれど、家で子供と二人きりになると、ついアレコレ言ってしまうし、子供もワガママになる。

→親子の閉塞空間の必然性があるのでは?(生物界を見ても、親と子だけの密室空間は、現代の人類だけ)

●核家族=密室空間=生物的に異常→キチガイを作る
これを生み出してきたのは個人主義・自由恋愛主義
その原動力は自我。「全てを自由に」⇒それを邪魔するものは敵、排除→親までも=核家族が出来上がる
→囲い込みが強くなる
→強制されないと何もやる気しない、教えてもらわないと何もできない子供=指示待ち人間=自分では何も生み出せない人間が出来上がる

しかし、社会=現実は【脱制度・脱常識】、どこにいっても追求力が全て
→自分はやっていけるのか?→【囲い込まれ不安】→【自分の見通し不安】

 

★囲い込みに気づくには?
・図解の【能力欠乏・認識欠乏→囲い込まれ不安】の矢印が重要か?
・説明されても納得しない人もいる=【追求圧力が全て】というのがわからないということでは?

不安が強いやつほど原因構造をいくら説明しても納得しない
=不安を認めないように正当化観念、不安を打ち消す理由で武装している

☆その正当化観念(大学生活に意味はあるetc…)はその学生にとってなんなのか?
・自分に言い聞かせてる自己欺瞞観念?
・それ一生懸命言うのは、それがないと自分の存在意義がなくなる感覚では?
=囲い込まれの中で頑張ってきた自分に立脚点をおいている
●単なる自己欺瞞観念ではなく、【それしかない】ということ。
「親に言われて勉強頑張ってきました。自分にはそれしかない。」ということですがっている
→それは社会人も同じで「自分はこれだけ頑張ってます」アピールする人ほど中身がない。中身がないからこそやってきたことにすがるしかなくなる。

 

★そういう自己正当化観念もその一つだが、抑圧観念とは何なのか?
赤ん坊は追求心の塊=赤ん坊はみんな天才だった

囲い込まれの自覚がないということに関しても、自分がどう思っているかの主観はどうでもいい
赤ん坊はみんな天才=追求力100%だったところから、お前の追求力は何%残っているのか?たぶん5%も残ってない。
その95%分お前は囲い込まれてきたという動かぬ証拠

親のああしろ、これはダメ、勉強しなさい+学校の強制圧力=常識=固定観念によってとことん追求力は封鎖されてきた。
→●世間の常識=固定観念はことごとく抑圧観念といえる

常識の中にも、大きくは2つ=【本源規範】と【私権規範】
本源規範=不文律=潜在思念の地平にあるものとして万人に共有されている。
何であれ「◯◯してはいけません」などと言葉で表現されるような規範・常識は捨てた方がいい。

●脱常識が最大目標ではない。常識を突き破るのは、とことん追求した結果。
それ以前に一番重要なのは【追求心】
赤ん坊のときはみんな追求心の塊=天才だったが、いろんな常識・固定観念に覆われて追求力を失って凡人に成り下がってしまった。
しかし、今や凡人でも世間で求められているのはその【天才の才=追求力】

類塾は英才ではなく天才教育。中途半端なごまかしの英才ではなく、本物の追求力をもつ天才を目指す。
●天才=追求力を失わない人、それを失ったら凡人
→ちょっとでも常識から解放されて追求心△したら天才に近づく
今、社会でも求められてるのは常識を突き破る【天才能力】
もともとそれは赤ん坊のときはみんな持っていた。それをとりもどそう⇒常識から脱却

☆それで小中学生のやる気はあがるのか?「天才をとりもどそう」というやる気は?
→天才になれるなら…なりたいとは思います…(参加の中学生から発言)
⇒中学生に言いたいのは、社会に出て仕事をしていく上で、凡庸であるというのはものすごい悲惨なことなんですよ。
凡庸ということは、外圧に対する感度も自ら高めようということもないし、「実現していく・追求していく」ということからすれば、とても能力的に問題を抱えた人材なんだから
中学生から凡用であってはいかん!と頭をすっきりさせてほしい。

一方で就職戦線では安定志向が高まっているが、天才とは正反対
安定志向=常識の塊=強制圧力の塊の世界に入ります→ますます意欲・活力▼→ますます凡人になる
凡人では役に立てない⇒【みんなで追求】

●天才と凡人
凡人=常識=安定=強制圧力=時代遅れの絶滅種
原始時代はみんな強い追求心をもっていた=もともと人類はみんな天才だった。これからはそういう時代に戻っていく。

受験エリートも、東大・京大も、甘い汁をすすってきた知識層(→学歴信仰)もみんな所詮はたかが凡人

☆最近はでも子どもたちはすぐ「神」っていうんですよね?天才なんて遥かに超えてるんですけど?どういう意識?
→自分を超越してる、自分と違うと捉えて、ノリもはいって「神」という?割とすぐ言う。
→それは難問で時間がたりない。継続追求。

 

 

 

List    投稿者 nihon | 2017-08-01 | Posted in 01.どうする?マスコミ支配, 12.現代意識潮流1 Comment » 

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コメント1件

 むらかみたけし | 2017.08.03 16:12

天才は天から与えられた才能だから真似出来ない、羨ましいという不可能視が入ってる気がします。
神は、歴史上、神になろうとした人間がたくさんいるように、能動的に動いて君は神になれたんだね、という肯定視が入り始めてるように思います。

その人の本質が追求心と粘りにあることも潜在的には捉えている気がします。

ただここで肝要なのは、天才という言葉が多用され、神という言葉が多用され、次は?というところ。

もう既に自らの追求心に目が行きだしているのか、閉塞感の中、現実逃避をしているのか。
YouTubeなど娯楽サービスが常軌を逸して儲けているところをみると後者の面が強い気がしますが、ごく一部の若い人は前者の面を強めている気がします。両者が発する言葉にアンテナを張りたいと思います。

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