2010年01月14日

学者・官僚・マスコミは、かくして骨の髄まで金貸しの手先に成り果てた2 ~法律家こそ現代の神官・「権利」は自己正当化のために捏造された架空観念~

シリーズ第二弾として、私達を守る為にある法律。その世界=法曹界に踏み込んで行きたいと思います
 
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(写真はコチラからお借りしました)
 
法律家こそ現代の神官

現代の法曹界は、その起源を中世のヨーロッパに遡ります。
国王と教皇の権力闘争の中から、それぞれが理論武装の必要に迫られ、専門家を養成し始めました。大学の起源がボローニャの法律学校と神学のパリ大学、及び医学のサレルノ大学です。現在でも欧米では法学・神学・医学の専門家のみを三大プロフェッションと呼ぶほどの特権意識があるようです。
 
当初は国王や封建領主の立法権(権力の正当化)を専任してたのですが、法律家も聖職者も常に国王や教皇等のどちらか一方についているわけでもなく、利害関係によって立場を変えながら、自らの身分化、権力化を強めていったようです。大学が帝王権、教権と並ぶ中世の三大勢力となり、やがて教皇の力が落ちはじると、国王の主権を民衆との契約関係と捉え王権神授説を否定する法律家(F・オトマン)が登場し、後のホッブズ等による社会契約説の基盤を築きました。
 
神学者たちとの観念闘争に打ち勝ち、さらに富裕化した商工者たちの力を背景に国王及び国家に対しても私権要求を続けた哲学者や法律家こそ
>観念を武器に、私権秩序の根幹にある身分序列の闘いで勝ち進んできた階級であり、彼らの並外れた職能意識自体が、私権共認に基く階級意識そのもの(「プロフェッションたちの職能意識の正体」土山氏)
だと言えます。
 
元来、私権闘争の仲裁者として登場し、従って私権を否定することなど一度もなく、今や世界人権宣言に至るまでに架空観念(実態は私権の正当化)を絶対化させた法律家たちは、現代の神官(参考968)にまで登り詰めたと言えるでしょう

 
弁護士・裁判官・検察などの法律家は、こうして今の特権階級たる確固たる地位を築き上げていたんですね
 
では、この法曹界を支えているものとは何なのでしょうか
 
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(ありがとうございます
 
「権利」は自己正当化のために捏造された架空観念より

マナーファシズムの中核に権利という観念があるという指摘は、私もその通りだと思います。この「権利」(人権)という観念は男女同権にせよ、嫌煙権にせよ日照権等にせよ、全て己の利害を、相手や社会に対して要求する際の根拠概念として用いられています。もちろん現在国家の最大の支出項目である福祉も基本的人権が論拠となっています。しかもその要求の中味は概ね「いい生活」や「身分獲得」の私権がらみです。つまり私権の追求と保証を正当化し、美化した観念といえます。
 
ところでこの「権利」なる観念はどこから生まれたのでしょうか?この観念が生まれたのはロック・ミル・ルソー等の近代思想家が起源ですが、いずれも国家による、私有権と生存の保証を核とした主張です。そしてその権利の根拠となっているのが「天賦人権説」。つまり人権は生まれながらに与えられているもの、天が与えたものという訳です。要するに自然科学上や社会科学上の事実に基ずく根拠は一切ありません
全く現実の根拠が無いにもかかわらずそれが作られた理由は、おそらく近代になって万人に市場という私権追求の可能性が開かれ、その主体を正当化する必要性にあったのだと思われます。つまりこの権利という観念は私権主体として、社会や相手に対して批判や要求を行う上で、そういった要求を正当化する観念として捏造されたものと言えると思います。
 
>しかし、剥き出しの自我では人々に共認されない。社会に要求する以上、それがあたかも本源的要求であるかの様に見せかけなければならない。そこで、際限なく肥大してゆく反社会的な自我やそれに基づく要求を正当化する為に、もっともらしく幻想観念化した権利という欺瞞観念を捏造した。権利とは、集団捨象の自我→要求をもっともらしく見せかける為の架空観念に過ぎない。だから、近代思想が掲げる権利は、どれを取っても「この権利は絶対である」という根拠など全く何も無いのであって、あるのは己の自我・私権を貫徹する為の一方的な要求だけである。だからこそ、近代思想は権利だけを絶対的なものとして主張し、義務を欠落させているのである。(実現論2_8_05
 
貧困が消滅し私権圧力が衰弱すれば、普通の人々は取り立てて私権上の不平不満もなくなり、要求には収束しなくなる。つまり普通の人はモノを言わなくなる。だからこそ逆に一部の否定性や被害者意識の強い人々の声だけがまかり通るようになっていく。それがいかに殆どの人の実感からずれていたとしても、権利という旧観念を社会統合上の観念として共認している限り、反論も出来ないので次々と法制化され強制されていく。同じ旧観念を飯のタネとしているマスコミもそれを後押しする。
旧観念が「自由」というお題目とは裏腹に、一握りの人々によって、規制だらけのファッショ社会を作り上げていくからくりはここにあると思う。

 
このように法曹界に身を置く多くの人々は人権等の架空観念に骨の髄まで洗脳されてしまっている。
これは前回の【学者・官僚・マスコミは、かくして骨の髄まで金貸しの手先に成り果てた1~日本人のへ提言~】にあるように、アメリカ留学して洗脳された受験エリートたちと同じ存在構造である。
 
さて、法曹界の頂点に君臨する法律家だが、その中枢には別の力がある。
 
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(写真はコチラからお借りしました)
 
それが内閣法制局という機関である。
政府(各省庁)の立法業務は全て、この内閣法制局が審査・統制している。
ここまでは政府の一機関として許容できるだろう。
 
ところが、内閣法制局の長官は、民意を答弁する国会での与野党の攻防に憲法解釈権をもって発信し、政権交代前の与野党は何も言わず従う。他方、朝日新聞を筆頭にマスコミは縋り「憲法の門番」や「法の番人」と言うなど崇める。
国家権力の中枢にありながら、与野党の国会議員を超越した憲法の解釈人として「法律家たちの中枢に内閣法制局あり」という奇妙な存在なのだ。
 
しかし、民意により政権を奪取した民主党は「国会での内閣法制局長官の憲法解釈による答弁を廃止する。」とした
私は、この政策は法曹界再生、政界再生の第一歩として正しいと考える。
 
次回は、憲法を貫く架空観念=民主主義の歴史を振り返っていきたいと思います。

List    投稿者 takesyo | 2010-01-14 | Posted in 03.アメリカの支配勢力と支配構造3 Comments » 

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コメント3件

 小島明宏 | 2010.08.18 17:43

中学3年生、小島明宏です。
今回のこのシリーズは大変興味深く、勉強させていただきました。
本を出版されると、よいと思います。
副島氏のロスチャイルド贔屓は、彼の数々の著述や発言の中で、感じておりました。
オバマ政権の背後にはロックフェラーがいると、オバマ当選演説の会場に来ていたロックフェラー(デイビット)の写真と一緒に唱えているブログも多いので、これらの位置関係の構図を把握する上でも、
今回のシリーズは、わかりやすいと思います。

 Fight Fire With Fire | 2010.08.20 14:42

小島明宏さん、こんにちは!当ブログを見ていただき、ありがとうございます。
このブログは、るいネットをはじめ鬼塚氏・副島氏・Bフルフォード氏の著書やブログでの発信も含め、いろんな視点から幅広く事実追及をしています。なので、彼らの思惑も少しずつですが見えてくるものです。
小島さんも副島氏を勉強されているようですが、世界情勢はあらゆる視点からもっと幅広く分析していく必要がありますので、是非、このブログの記事に期待してくださいね♪
一緒に追求して行きましょう!なので、今後もコメントよろしくお願いします♪

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