2010年12月23日

「超国家・超市場論 第8回」 掠奪闘争開始 ~私権闘争・掠奪闘争をどう止揚・統合するのか?~

本シリーズでは、国家や市場を超える新しい社会統合機構の可能性について展開した、「超国家・超市場論 」を連続して紹介している。
   
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(ジグラット)
前回のエントリーでは、原始共同体は他集団との接触が始まって以降も、原始共同体集団の統合原理である共認原理を集団外にも適用した「贈与」によって緊張緩和を図り、社会を統合しようとしたことを示した。
   
今回のエントリーでは、掠奪闘争=戦争の開始から国家の成立=序列統合の成立までの歴史を振り返りながら、どのようにして掠奪闘争が開始されたのかをみてゆきたい。
  
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あるいは、こうも云える。人類は(わずか数十年~数百年という短い期間では)集団を超えた同類闘争を止揚・統合する機能or場を作り出すことが出来ずに、あっという間に性闘争→掠奪闘争に席巻(せっけん)されてしまったのだと。
この掠奪闘争によって、人類を育んできた全ての本源集団は解体され、生き残った人々も、いったん全てを失った(飢えはもちろん、生存さえ保障されない様な)どん底状態に封じ込められてしまった。
しかし、力の序列原理に則った武力支配国家の下で、人々は私婚の共認→私権の共認を形成し、それを土台として全ての人々が私権の獲得(=私権闘争)に収束する私権統合の社会を確立していった。
「超国家・超市場論5」私権闘争・掠奪闘争をどう止揚・統合するのか?より引用

人類最初の戦争=掠奪闘争はおよそ今から5700年前、メソポタミア地域で開始されたと考えられている。人類はなぜ戦争を開始する事になったのか?人類最初の戦争前夜の状況を最初に戦争が始まった西アジアを中心に、一つずつ押さえていく。
   
■農耕の開始

(周辺地図:なんで屋劇場資料より)

●1万1000年~1万300年前ヤンガードリアス期:寒の戻りと農耕の開始、
弓矢の発明(2万年前、世界中に伝搬したのは1万5千年前)によって、極限的な外圧を克服し、ほぼ動物と対等に戦えるようになった人類は、生産力の安定によって人工を徐々に増大させてゆく、
しかし、約1万1千年前、地球の年平均気温は5~6度低下。とりわけ西アジアのレバント回廊一帯(現在のイスラエル北部海岸・ヨルダン渓谷周辺の地方)は激しい旱魃に見舞われた。気候の寒冷化と乾燥化は森を直撃し、木の実の生産量が激減し、人類は再び食糧危機に直面した。
このときレバント回廊の人々は、地溝帯の谷底の湿地草原に向かい、麦類を発見し、農耕を開始した。
この同じ1万年前ころ同じ西アジアの山麓部(ザグロス山中やシリアの北西部の山岳地帯)でヤギや羊の家畜化が始まっている。
またこの頃長江流域でも稲作が開始されている。
 
『古代の気候変動と植生など(1万5千年前~3000年前)』より引用

   
■寒冷化と民族の移動

8200年前西アジアの寒冷化に伴い、原白人(コーカソイドの祖先)が黒海沿岸に移住7600年前温暖化に伴い西欧、東欧に拡散。
7000年前コーカサスの原白人の一部がメソポタミアに南下。このころ灌漑農耕が始まる。エジプトもこのころ定住農業開拓が始まる。
6000年前西アジア(イラン高原)で遊牧が開始される(後のセム族)
5700年前コーカサス地方の原白人の遊牧部族が寒冷化乾燥化に伴い南下、エジプト・小アジア・イラン高原へ侵入。この頃西アジアで最初の戦争が起こる。
  
7000前から6000年前の西アジアはウバイド中期と呼ばれ、当時は農耕社会であり、母系制の社会であった。この頃は西アジアにおいても、贈与による翡翠や黒曜石が随所に発見されている。その後贈与か交易品が定かではないが彩文型土器が各地に広まってゆく。ところがウバイド後期となると、社会は父系制(一夫一妻制の私有婚)に転換し、大型の神殿が急速に発達してゆく。この大規模の神殿の存在から異部族との緊張関係が高まる中で、既に部族連合が始まった様子が見て取れる。
そして5500年前シュメールに城塞型都市が登場する。

   
以上が掠奪闘争=戦争が始まる前後の社会状況である。それまでは共認原理によって平和を保っていた人類はどの様にして戦争を始めたのだろうか?そのエポックとなる出来事を検証していきたい。
   
■灌漑農耕の開始
それまでの農耕は雨水に頼っていたため、降雨量の少ない地域では農耕が不可能であった。一方、灌漑農耕では近くに川があれば、降雨量に左右されずに作物を栽培できるという特徴を持っている。しかも極めて生産性が高い。しかし、灌漑をするためには、川から水を引き入れるための水路を作る必要があり、大掛かりな土木工事が必要となる。また、一度灌漑を行ってしまうと簡単には移動できなくなるので、必然的に土地への執着心が強くなる(栽培段階や天水農耕の段階では土地に対する執着は恐らくなかった)。この土地収束が自集団の縄張り意識へと直結する。この縄張り意識は他集団への排他性を孕んだものである。しかしそれだけでは、緊張関係が高まるのみで戦争に未だ至らない。
   
■遊牧部族の登場
遊牧部族はもともと牧畜を生業としている集団であったが、気候変動に伴う食糧不足に陥り、家畜の餌となる牧草地を転々とする遊牧に転換した部族である。主食は主に家畜から取れる乳製品であるため、糖類(炭水化物)が不足してしまう。遊牧部族の糖類の摂取は、周辺の農耕部族と毛皮や乳製品を交換して穀物を手に入れている。おそらくは人類初めての交換は遊牧部族の行ったものであろう。
それまで人類の集団は自給自足が原則であり、食糧を他集団に委ねることは危険なためされてこなかった。つまり、遊牧部族は人類初の自給自足できない集団であり、逆に言えば、人類初の社会空間に存在することになった集団とも言える。しかもラクダ、更には馬を家畜化して以降は相当広域の移動が可能になる。
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(メソポタミア地方の遊牧民:なんで屋劇場資料より)
  
この寒冷化乾燥化と灌漑農耕の開始を契機に遊牧部族と農耕部族の潜在的な緊張は徐々に高まっていたことであろう。灌漑農地は必然的に川の岸辺に沿って広がっていく。一方、遊牧部族は家畜の水飲み場として川を頻繁に利用する。ここで、縄張り意識の高い農耕部族と水辺を利用したい遊牧部族の緊張関係が生まれる。遊牧部族の家畜が農地を荒らしたり、時には作物を食べたりすることもあったであろう。
   
■力の原理→父系制への転換と守護神信仰
こうした部族間の緊張関係は、原白人の南下を契機に、異民族異部族の縄張り侵犯が始まり、異民族・異部族の混住が始まってゆく。それまで近隣の集団は、農耕部族の場合、暖簾分けした姻戚集団か、仮にそうでなくても長年共存してきた集団である。しかし寒冷化で人々が飢え、灌漑農耕によって縄張り意識が高まり自集団の利益第一の意識が浸透していく中、周辺の部族とは敵対関係へと転換してゆく。
このような中で必然的に衝突が始まる。
この土地と食料を巡っての掠奪闘争という同類間の闘争圧力が高まる中、部族間の服従関係や部族連合も始まり、やがては男主導の力の原理へと転換し、社会は母系制から男主導の父系制へとなり、婚姻制度も私有婚(一夫一妻制や一夫多妻制)に転換する。
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(ウルの街並み:画像はコチラからお借りしました。コチラで動画が見れます⇒古代文明都市バーチャルトリップ
  
掠奪闘争において決定的となったのは観念の転換である。掠奪に至るには敵対関係だけでは説明できない。「相手を殺して、自分がたちが生き延びる」という判断を下すには、明確に自部族を正当化するための観念が必要となる。それまでの原始集団の観念はいわゆる自然崇拝(精霊信仰)であった。ところがこの頃自部族を正当化する観念である守護神信仰が登場する。守護神信仰とは部族の守護神によって自部族の由来を他部族と差別化し自部族を絶対化するために生まれたものである。人類の集団や個体の意識は最終的には観念によって統合される。最終的にこの守護神信仰=正当化観念によって人類は掠奪闘争へ突入してゆく。
   
■最初の都市国家シュメール
このような中でおそらくは制圧部族=シュメール人によって作り出されたのがメソポタミア流域の城塞都市である。
彼らの都市は神官、武装勢力、書記官、商人、職人たちが住み、強固な城塞で囲まれたものである。周辺には隷属農民のものと思われる。畑地が広がり、そこから生み出される農産物は、寄進の名の下に都市に運ばれ神殿に寄進される。注目されるのはこの都市国家における王=支配階級とは神官であることである。既に隷属民や奴隷なども存在し明らかに力の原理たる序列原理によって統合されているが、しかし守護神信仰という新しい共認内容が最高価値を持っているということである。その意味で共認原理的な側面ももっているが、その本質は支配階級が人々の飢えに君臨することの正当化=特権身分化にあることも忘れてはならない。そして神殿に寄進された穀物を中心とした農作物を原資として広範に交易も営まれている(神殿経済)。 ちなみにエジプト、インダス、中国など4大文明といわれる初期の国家はいずれも神権政治の形態を取っている。

(左:ウルのスタンダード(青部分がラピスラズリ、右:戦争パネル面、画像はコチラからお借りしました。)
   
■序列原理⇒身分制度→国家の誕生
一度掠奪が始まると、玉突き的に拡大してゆき、本源集団は一気に解体されていく。この掠奪闘争は本能原理と結びついており、秩序を維持するためには力の序列でしか統合されない。掠奪闘争は支配部族が被支配部族を従えるという形で拡大してゆくが、この序列原理は集団原理(顔の見える範囲でしか通用しない)ので、社会は統合できない。そこで、人類は力の序列を観念化した「身分制度」を作り出し、この「身分序列」を共認することで社会を統合することになる。
こうして出来たのが古代国家であり、掠奪闘争が開始され数百年で、インドや中国やアナトリア半島、そしてギリシャと身分制度を骨格とした国家が世界中に登場し、ローマ帝国や隋・唐の大帝国が巨大な領域を支配することとなる。
(動物の集団は力の序列によって統合されている。発情期となると雌を巡る雄間の闘い=性闘争が繰り広げられるが、ある程度闘って力の差が明らかとなると負けた雄は服従のサインを出すことで闘いは終結し強い雄が弱い雄を従えるようになる。そのようにして集団内の雄は一位から末端まで序列化され、その序列によって集団は統合されている。人類の文明時代=私権時代は、古代だけではなく貧困の消滅する1970年頃まで、まさしくこの動物の本能原理によって統合されていた。)
   
人類は初めて部族間の縄張り闘争という本格的な同類圧力に直面した、それは生存圧力を背景とした半ば本能的な縄張り闘争である。力と力がぶつかりあうこの縄張り闘争は本能に根ざした序列原理でしか統合できなかったのである。
しかしこの序列統合は弱点も持っている。次回のエントリーではその事について触れてみたい。

List    投稿者 mokki | 2010-12-23 | Posted in 09.国際政治情勢の分析2 Comments » 

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コメント2件

 unimaro | 2011.09.11 20:26

お疲れ様です。
白人は「非自然の落とし子」なので、それを知っていれば、白人たちのしてきたことを「なるほど」と理解できると思います。

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