2010年10月19日

10/17なんでや劇場(2) 原始時代~部族連合時代~武力支配時代の社会共認

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左上が「ロッコソルシエ遺跡」、右上が「ラスコー壁画」、下が「アルタミラ壁画」
画像はこちらからお借りしました。
まず、原始時代は、人々の共認はどこに収束し統合されていたのか?
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【1】原始時代

原始時代の単一集団は共認収束によって統合されていたが、その統合様式はサル以来の進化段階をなぞっている。原猿段階の親和共認(ex.歩行訓練→踊り)⇒真猿段階の闘争共認(課題・役割・評価の共認)というサル時代に形成された共認機能を土台に、最先端に人類固有の観念機能(精霊信仰)を塗り重ねて作動させている。
ここで注目すべきは、最先端の収束対象が何か?
想像を絶する自然外圧に対応するために、人類が収束したのが精霊信仰であり、このことを「期待」という概念で捉え返すと「生存期待」というものになるだろう。生存期待をかけて自然と対話し、精霊信仰に収束した。これが原始人類の最先端の姿である。

【2】部族連合の時代

人口が増加し、部族同士の緊張圧力⇒一部では戦争が始まっている。しかし、巨大帝国は成立していない段階。そこでの外圧は原始時代とどう違うのか? 期待や共認の中身はどう違うのか?
富族強兵共認という現実の共認と守護神信仰という二つの共認が並存しているが、どちらが強いor先端共認なのか?
この時代は同類闘争圧力は高まっているものの、依然として自然圧力>同類闘争圧力である。この時代には既に富の拡大欲求や私権意識は登場しているが、それは自然外圧⇒物的欠乏がなければ登場しえない。
原始時代まで人類は200万年以上もの間、自然圧力に対応するために精霊信仰に収束していたが、部族連合時代の守護神信仰も、その基本構造は精霊信仰と変わっていない。加わったものは同類闘争圧力であり、それに対応して富族強兵共認が生まれ、それが守護神信仰に収束した構造。つまり、守護神信仰がこの時代の先端共認である。
従って、この時代は、神官が王や将軍より上であるというのが常態化していた。いわゆる神権政治である。その典型がインドのバラモン階級である。
ここで注目すべきは、富の拡大欲求や私権意識などの欠乏の全てが守護神信仰に包摂されているという点である。このことは、精霊信仰的な意識構造が如何に強く部族連合の時代にも残存していたかを示している。
部族連合時代の構造をまとめれば、
自然圧力×同類闘争圧力⇒富族強兵共認⇒守護神信仰で統合。
社会期待という概念で捉え返せば、原始時代の生存期待の上に同類闘争上の勝利期待が加わったということ。だから、この時代の人々は、生存期待も勝利期待も含めて全ての期待をかけて、守護神や祖霊に祈っていたのである。

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「エジプトの太陽神ラーの壁画」
画像はこちらからお借りしました。
【3】武力支配の時代

この時代の圧力構造は、自然圧力×同類闘争圧力に支配圧力が加わっている。従って、富国強兵共認+支配圧力に対応する身分序列共認によって統合されている。
ここで、富国強兵共認と身分共認は現実の共認であるが、精霊信仰⇒守護神信仰的なものはどうなったのか?
それに代わったのが古代宗教であるが、守護神信仰の神々と宗教の神や「天」等には大きな違いがある。守護神信仰の神々には人間臭さがあって、良い神さまもいるが、悪い神もいて大酒を飲んだり暴れたり強姦したりしている。ところが宗教上の神は、完全無欠の存在として登場してくる。なぜ、このような完全無欠の神が必要となったのか?
支配圧力⇒力の序列原理⇒永世固定の身分制度によって、民の苦しみが常態化し、救い期待(欠乏)が登場した。この救い期待がなければ奇麗事のような宗教(神)が登場する余地はない。そして、苦しみの原因が富の拡大欲求や私権意識にあることは明白なので、富の拡大欲求や私権意識といった人間の醜い部分を捨象した本源風の普遍的な価値を掲げた古代宗教が登場したのである。
古代宗教が登場した背景には社会統合機運(期待)があったというのが従来の認識であったが、この認識は修正が必要である。背景に社会統合期待があったことは否定できないが、それよりも強かったのは身分支配の苦しみ⇒救い期待であり、それに応える形で古代宗教が登場したのである。
部族連合の時代は、現実の富族強兵期待も闘争勝利期待も守護神信仰が包摂しており、守護神信仰に一元化されていたが、武力支配の時代は身分序列の共認をはじめとする現実共認と、非現実の宗教共認が(富や私権を捨象してしまったので)分裂し、社会共認が二元化している。
この分裂した現実共認と宗教共認のどちらが先端共認or上なのか?
この問題も、第一権力者が王なのか神官なのかが分かれ目になる。
中世~近世のヨーロッパでは教会権力が王権をしのぐ時代があったが、それはヨーロッパの特殊性であって、世界的には元々は神権政治でも、その後、王と将軍がのし上がり、その国家機関に宗教が取り込まれるパターンがほとんどである。

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「メッカのカーバ神殿の巡礼」
ところが、ここで、ヨーロッパ以外でも、イスラムには王はいないし、インドでは王がいるが形式上は神官の方が上であるという問題が提起された。つまり、ヨーロッパ以外にも宗教共認が先端になった国があるではないかという提起である。そして、議論はこの提起をも組み込んだ構造の解明へと進んでゆく。
(続く)
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List    投稿者 staff | 2010-10-19 | Posted in 12.現代意識潮流2 Comments » 

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コメント2件

 通りがけ | 2011.06.15 22:06

人災犯罪の責任者(犯人)を推理する。 (その1)
まず最初に、天下りはあくまでも汚職犯罪です。受け入れ企業側の贈賄であり天下る本人の収賄です。
保安院と東電の現在の関係は汚職犯罪の共犯者関係にあります。これだけでも刑事訴追対象の犯罪組織です。
そして今回の地震で事故を起こした原子炉の整備不良運転を保安院と東電が共謀して行っていた安全運転義務違反・注意義務違反がすでに明らかです。
>>http://c3plamo.slyip.com/blog/archives/2011/06/post_2095.html
>>http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-7e48.html
これらの違反行為は事故が起きた場合には必ず刑事責任を追及される過失犯罪を形成します。
それが日本の刑法ですから、内閣が勝手にこれを変えることは不可能です。
また事故発生後に法律を変えてもすでに犯した犯行事実をなかったことにはできませんので、犯行時点の法に従って処罰されます。
ということで、原発メルトダウン放射能漏れ事故を起こした時点ですでに東電と保安院は業務上過失(メルトダウン)致死傷罪有罪の刑法犯罪者なのです。
テレビのAC広告機構の交通事故CMでもやっているでしょう、「まさか私が犯罪者になるなんて・・・」。
あれと同じことですね。
あとCMつながりで言うと、飲酒運転の同乗者も逮捕されるから、東電保安院の犯行証拠隠滅に協力し賠償責任救済スキームを出した菅内閣も、それだけで全員逮捕ですね。

 通りがけ | 2011.06.16 9:48

汚染水海洋放出居直りもコンピュータ監視法案成立も (通りがけ)
>>http://cpt-hide-cook.seesaa.net/article/209994182.html
>総務省のもっと上と言うことは、
>「官邸」からだ。
>いったい菅一派は何を考えているのだろうか?
官邸の真の支配者といえば地位協定で日本国民を全員奴隷にして支配する「トモダチ」の皮をかぶった小泉菅法匪霞ヶ関記者クラブマスゴミ検察のご主人様、戦争の狂犬病米軍事覇権政府しかいませんね。
地位協定を破棄すれば日本国憲法が独立国憲法として正常に機能して、こんなんもあんなんも対米隷属スパイ政権が作った(戦後作ってきた)法律はぜ~んぶ違憲立法審査で破棄されますよ。
まずは東電と霞ヶ関保安院を逮捕投獄して空き缶スパイ内閣を共犯で逮捕解体することですね。そして新内閣で最初に『人類の恥」地位協定を破棄する。そうしないと日本の復興活動をいつまでも地位協定の最上位「戦争の狂犬」米軍事覇権に邪魔され続けますから。

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