2013年04月04日

共同体を破壊する内部の「なりすまし」

時代が私権収束から共認収束へと大転換を遂げつつあり、次代を切り開くのは、世界中で最も共同体質(共認体質)を色濃く残した日本人であるという認識は間違ってはいない。
しかし、その共同体質は、一つの弱点を孕んでいる。
今回は、そのことを提起した記事を紹介します。
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『DARKNESS』「『なりすまし』をして内部侵食するワナに、日本の社会は弱い」から転載する。

日本人にはひとつの大きな美点がある。とても大きな美点だ。
それは「身内」「仲間」「会社」「社会」「国」という共同体と密接に協調し、引き立て、信じるという点である。

一見すれば、そんなものは当たり前で、どこでもそうだと日本人は思うかも知れない。しかし、海外ではそうでないことが多い。
国も、社会も、会社も、仲間も、まったく信じていない国民も多い。一部の国では国民が国を信じていないし、指導者が国民のことをまるで考えないで私利私欲に走る。
あなたも思い当たる国がいくつかあるだろう。
日本人は、時には自己犠牲すらも伴う信じ方をする。自分の利益よりも組織の利益を優先するような希有な行動を自然にできる資質を持っている。
個人プレーよりも、組織を優先するのである。だから、「日本人ひとりひとりは弱いけれども、組織は強い」と評される。それが日本の特質である。

危険な意図を持った「なりすまし」
しかし、その特質は逆に言えば、大きな弱点を抱えることにもなっていく。
どういうことか。
それは、「内部の裏切り」に非常に脆いということである。あるいは、「トップの裏切り」にも危険なまでに脆い。
日本人は、身内・同僚・仲間・年長者を非常によく信じてそれが長所になるのだが、この部分で裏切りが出ると、組織全体が総崩れになってしまう。

誰かが最初から裏切る意図で仲間に「なりすまし」て身内になってしまうと、容易に攪乱され、組織が変質し、乗っ取られたり、崩壊させられたりする。
組織と協調する、仲間と協調するというのは、仲間を庇う、仲間の問題を隠蔽するということだ。
「なりすまし」の人間がそこに入ると、組織を守るという意思が働いて、危険な「なりすまし」の人間を取り込んでしまうのである。
その「なりすまし」が実は最初から裏切り者だという点は意図的に考えないようにする。あるいは気がついたときには、もう遅かったりする。
日本人は無意識に「内」と「外」を分けて、「内」の結束を強めて世間に立ち向かうが、逆に言えば「内」に敵が潜り込んでしまうと立ち向かえなくなる。
だから、日本人の精神性や社会基盤にとって、最も危険なのは、危険な意図を持った「なりすまし」が潜り込んで来ることである。

なりすまして組織に潜り込み、破壊工作
共同体に対して、自然に犠牲を伴うような行動をする日本人の特質は、「組織になれば強い」「団結すれば強い」ということである。
ならば、その日本を瓦解させるためには、どうすればいいのか。答えは非常に簡単だ。

・組織をバラバラに崩せばいい。
・不協和音で団結させなければいい。
・組織のトップを乗っ取ればいい。
どのように、そうすればいいのか。それが「なりすまし」の手法である。
あたかも「味方である」「身内である」「仲間である」と言う顔をしてなりすまして組織に潜り込み、身内になってから破壊工作をしていく。

「なりすまし」の人間は、最初から裏切りが念頭にある。いったん内側に入り込めれば、まわりが全員信じてくれるから、非常に楽に破壊工作ができてしまう。
仮にその組織のトップになってしまえば、組織を丸ごと自分の都合の良いように導くことができる。
もともと組織をそれほど信じていない他国でも「なりすまし」は非常に危険視されており、いったん間違った人間がそこにいるとなると、非常にドライに切り捨てる。
しかし、日本は「身内を守る」という心理が優先して、「なりすまし」が入ってきても排除できないことが多い。
身内を信じるという無意識も手伝って、最後まで「なりすまし」が裏切り者だと気がつかないこともある。
つまり、日本の社会や特性を破壊するためには、「なりすまし」をして組織を攪乱・破壊・乗っ取り工作をするというのが、最も効果的なのである。

本来は国を裏切るような人間は死刑である
今、日本は衰退し、かつての輝きを失いつつあるのは、誰しもが認識している。
日本を何とかしたいと考える人たちも多い。そのためには、日本人の特質が最も生かされる「団結できる組織」「信頼できる組織」を持つしかない。
そのために、どうしなければならないのか。
ひとつ、非常に重要なことがある。それは、組織力をとことん活かすために、「なりすまし」を徹底排除しなければならないということだ。
日本を裏切り、組織を裏切り、内部から破壊工作を仕掛ける「なりすまし」を排除しなければならない。すでにトップが「なりすまし」だと気がついたら、その組織から自分が抜け出なければならない。
日本にはスパイ防止法がなく、スパイ天国だとも言われている。1980年代にはそういった法律が検討されたが、共産党、民社党、公明党、日本社会党がこぞって反対した。
しかし、本来は国を裏切るような人間は国民全員を裏切る人間であるに等しく、アメリカでは「死刑、もしくは無期懲役」なのである。中国でも同様に「10年以上の徒刑、無期徒刑または死刑」である。
日本では、スパイが放置されているので、日本の機密情報は政府・企業共に、筒抜け状態になってしまっている。
これが意味するところは、「なりすましの排除は、自分たちで行うしかない」ということである。国が守ってくれないのだから、そうするしかない。

セキュリティー・クリアランスの審査
国家にとっても、企業にとっても、あるいは各種の共同体、団体、組織にとって、組織として存続するために多くの機密や重要情報を持ち合わせている。
何気ないメール文書ひとつでさえも、人間関係が分かるという意味では機密に属するものでもある。
「なりすまし」で、もともと裏切るために入ってくる人間は、こういった情報をすべて漏洩し、自分たちの都合良く、破壊工作のために使っていく。
そうやって組織が破壊され、日本が破壊されていく。
今、日本の組織の多くが「なりすまし」で汚染されている。それが日本の弱点なのだから、一番弱いところを突かれるのは当然のことだ。
この事実に危機感を覚えるのであれば、日本人がやるべきことはひとつしかない。「なりすまし」を徹底排除するか、もしくは「なりすまし」のない組織を作るか、である。
アメリカでも、イギリスでも、フランスでも、欧米先進国は、機密情報を扱う人間に対しては、セキュリティー・クリアランスの審査がある。
要するに、任務を遂行するに当たって、セキュリティーを守れるかどうかの適性を見るのである。
・国に対して忠実か。
・外国に妙な影響は受けていないか。
・人格に問題はないか。
・法律は守れるか。
・不正はないか。
これは、要するに「なりすまし」を排除するためのものである。組織を守るためには、しなければならない当たり前のものなのだ。
重要な情報を扱う組織になればなるほど、セキュリティー・クリアランスの適性審査は厳しくなり、その裏切りには法的な罰則も強くなる。
日本は、その当たり前ができていない。だから、組織に「なりすまし」がどんどん入り込み、日本の政府も、企業も、組織も、すべて弱体化した。
「なりすまし」は徹底排除すべきである。

この記事が対象にしているのは、スパイをはじめとする確信犯的な「なりすまし」=売国奴であるが、より広汎に存在している、無自覚な「なりすまし」も共同体を破壊するものである。次稿では、この無自覚な「なりすまし」について扱う。

List    投稿者 staff | 2013-04-04 | Posted in 12.現代意識潮流No Comments » 

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