2009年09月27日

なんでや劇場レポート①「社会の最基底構造は性・婚姻制度」

f0080947_13513819.jpg
9/23になんでや劇場が行われました
今回は、意識潮流(過去~現在~近未来)というテーマのもと、人類史を貫く統合原理とその変化を押さえ、社会の普遍的歴史構造を捉えた上で、戦後以降の日本を中心に意識潮流の変化を読み解いていきました
多くの気付きや新しい認識が提示されましたので、本ブログにおいてもポイントを絞ってお伝えしていきます
なお、本記事では、なんでや劇場の序盤に提起された社会の最基底部にある「性・婚姻制度」についての認識を紹介します
本文へ行く前に応援クリックお願いします

にほんブログ村 政治ブログへ


★戦後の序列規範解体の原動力は「自由な性」
戦後になると、’50年代、’60年代の理由なき反抗、怒れる若者たちなど、序列規範が一気に解体されていく現象が見られた。
これは当時の若者世代の農村規範への反発であり、同時に都市への憧れであった。
都市への憧れの中心にあったのは「自由な性」であった、若者の農村規範への反発とは農村の性規範、婚姻規範への反発であったと言える。
若者達は流入してきたアメリカ映画などを実現モデルとして、「自由な性」を求めて規範を解体していった。
現代日本においては、「性」と言えば自由に相手を選べるのは当たり前のように思えるが、こんな状況は、日本では100年も経っておらず、世界的にもたかだか200年程度である。
では、かつての「性」のあり方はどのようなものだっただろうか??
今回のなんでや劇場でさらに掘り下げて展開された社会の最基底構造をなす性・婚姻制度の普遍構造について見ていくことにする。
★性・婚姻制度の歴史事実
まず初めに人類社会の前段階としてサル社会を見ていく。
サル社会ではボス集中婚。この婚姻様式は種を存続させていくための本能原理かつ根本規範であった。
次に始原人類においてもボス集中婚の婚姻様式は保持されていた。ところが、1万数千年前に弓矢の発明などにより防衛力を高めて、外圧を低下させて地上に進出した。
自然圧力の低下によって男の性充足欠乏が肥大化していった。
そうすると、ボス集中婚ではこの状況に十分対応できない為、採取部族ではボス集中婚から集団婚姻様式(ある集団の「男達」とある集団の「女達」が婚姻関係を結ぶ)に転換していった。
ex.日本でも「いもせ」という語が(1)兄と妹、あるいは姉と弟、(2)夫婦の2つの意味を持っているように、古代史においても兄妹婚=集団婚の一形態はざらである。
また、昭和30年代までは呼ばい婚=集団婚が残存していた。
性・婚姻において重要な認識は、ボス集中婚であれ、集団婚であれ、規範によって成立していたということ。
ex.封建時代になって家父長制度が導入されても、家父長が婚姻を定めていた。
つまり、性の自由選択は存在しなかった。
しかし、歴史上例外(=自然の摂理から外れた)的な性のあり方があった。それは王侯貴族の宮廷サロンである。宮廷サロンとは一言で言えば不倫(=規範破り)市場である。
王侯貴族とは力により財を収奪・蓄積して生存圧力を著しく低下させた少数の支配階級であり規範圧力も働かないため、肥大した性欠乏から「自由な性」に収束していった。
人類にとっての充足の中心は「性」にあり、充足可能性が開かれれば「性」に向かうという構造がある。
★充足可能性が開かれている現在、なぜ性に向かわないのか?
「性」は「市場」の起源とも深いかかわりがある。現代の経済情勢を正確にとらえるためにも、なんでや劇場で提示された「性」と「市場」の関係についても紹介する。
人類は共認機能に可能性収束して生き延び、観念機能を駆使することで発展してきた生物であり、人類の性も「本能」<<「共認・観念」という関係にある。
私権時代の「自由な性」は自我・独占欲の性であり、共認充足を得ることができない。ゆえに恋愛観念で美化して性欲を生起させてきた。
恋愛観念及び一夫一婦制などの自我・独占を正当化した私権観念・制度が「本来の性欲」(男女の共認充足を高めあうもの)に蓋をしているのが今現在の状態である。
つまり、私権が衰弱した現在では、自我・私権の性は何の充足可能性も感じることができない。また私権の衰弱によってオスは力の基盤を失い自信を喪失し、草食化などの現象が引き起こされている。
しかし、これらの現象を肯定的に捉えると、新たな可能性が出てくる。
性が衰弱している一方、草食化などの現象は自我の性からの脱却過程とも捉えることができる。また、女の充足性を羅針盤にし、課題の中から充足の可能性を感じてきている男が最近増えてきている。
今後、答を出すための認識収束と本源的な集団の再生が進んでいくことで性の再生へと向かっていく。
★衰弱過程にある商品市場の起源は「性市場」
商品市場の起源は、古代の宮廷サロンであり、官廷サロンとは性市場=不倫市場である。
そこでの貴婦人への貢物として、金銀、宝石、毛皮、胡椒など、官廷サロンで必要なものが最初の商品である。
近代以降、個人が自由を獲得し、都会が性市場となった。(挑発と駆け引きの性市場)
そこでは、相手をひきつけるための、衣服や車など様々なモノが商品になっていった。
性市場の活力が商品市場を生み出し、市場を拡大させてきた。しかし現代では、性市場が衰弱していっている中、商品市場が衰弱していくのは当たり前のことである。
しかし、前述で述べたとおり、人々の意識は自我の性から脱却し、類的価値(人と人との間に生じる欠乏)の充足へと収束していっている。
性・婚姻は最基底部にあるが故に転換に時間を要するが、充足収束を土台として、本源の性への転換可能性が見えてくるだろう。

List    投稿者 kyohei | 2009-09-27 | Posted in 12.現代意識潮流2 Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2009/09/1376.html/trackback


コメント2件

 burberry ブラックレーベル | 2013.12.02 11:35

日本を守るのに右も左もない | 私権原理から共認原理への大転換(自分発からみんな発へ)~’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束

 hermes bags portugal | 2014.02.02 4:41

hermes ukraine 日本を守るのに右も左もない | 私権原理から共認原理への大転換(自分発からみんな発へ)~’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束

Comment



Comment


*