2011年03月26日

「日本人は何を学ぶべきか~近代社会の騙しの構造」~第9話:原発の虚構

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東京電力の福島第一原発で起きた事故は、「想定外」の危機であると報道され国民から批判をあびている。これまで、「何重にも安全システムをとっているから、原発は絶対に大丈夫」と説明してきた電力業界と、それを後押ししてきた経産省を中心とする政府の信用も失墜した。
さらに、最近の放射線による健康被害についての政府やマスコミの報道も、ゴマカシであるとの指摘がネット界を中心に湧き上がっており、社会統合のプロ(政府、マスコミ、専門家)に対する不信感が日増しに強まっている。
武田邦彦:原発緊急情報(10)政府・マスコミ、ごまかし。危ない?!
○植草一秀の『知られざる真実』原発最悪事故収束可能性浮上だが三つの重大問題
原発事故という緊急事態であるからこそ、私たちは何よりも事実が知りたい。
これまでも原発の危険性は各方面から発信されてきた。
今回を機に、私たち日本人は真正面から原発に対して向き合う必要に迫られている。
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■原発がどんなものか知ってほしい
るいネット秀作投稿より
『原発がどんなものか知ってほしい』~ある現場技術者からの告発~
これは、今から3年半前にるいネットで取上げられた記事である。今回の原発事故を契機に、元記事である故平井憲夫氏のHPへのアクセスが急増している。それだけ国民の関心も高い。当時の告発文の中には今回事故を起こした福島原発の危険性も指摘されている。

いいかげんな原発の耐震設計
 阪神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、その結果を九月に発表しましたが、「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。私が関わった限り、初めのころの原発では、地震のことなど真面目に考えていなかったのです。それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、とんでもないことです。
1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。なぜ大変だったかというと、この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、それが震度5ではないのに止まったんです。
わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、というような簡単なことではありません。5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、5では止まらない可能性もあるということなんです。
つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。
 こういう地震で異常な止まり方をした原発は、1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。 

 
東京電力は、「津波は想定外、揺れは設計基準内」と発表しているが、これもゴマカシだ。1896年6月15日の明治三陸地震津波は、最高高波高さが38.2mにも達している。約100年前の記録を都合良く捨象しておいて想定外は通らない。また、揺れは設計基準内というが、地震停止時に非常用の発電機が動かなかったという現実を見れば、システム全体の耐震性能が確保されているとは到底思えない。
さらに、福島第一原発の3号機は、半年前からプルサーマル(使用済み核燃料を再利用して行う原子力発電)として稼働している。また、2.3号機の使用済み核燃料プールに貯蔵されているのはMOX(モックス:使用済燃料から、再処理によって分離されたプルトニウムをウランと混ぜて、ウラン・プルトニウム混合酸化物燃料(Mixed Oxide Fuel)に加工したもの)である。
MOX燃料は通常のウラン燃料と比べ、放射能、とくに中性子が著しく高く、ウラン燃料より危険度ははるかに高いといわれている(約330倍)。中性子は金属やコンクリートでも簡単に通り抜ける。
以上のことは、海外では報道されているが、日本国内では正しく報道されていない。
事故発生後、意図的に隠しているとしか思えない。

【参考】
○福島第一原発のプルサーマル原子炉の恐怖
○福島第一原発3号機はプルサーマルで危険! 
○プルサーマル──この放射能の恐怖 
調べれば調べるほど、原発の危険性についての記事には事欠かない状況にある。
原発は、嘘やゴマカシ、隠蔽に包まれた虚構の産物なのか。
安全神話は崩壊し原発は閉鎖するしかないという世論の流れは止まらないだろう。
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【福島原発 爆発の瞬間の画像】
■原発をどうする?
今回の原発事故について仲間と議論している時に、ある学生から次の様な意見が出された。
どんな物にも完全に安全な物はない。
メリットもあればデメリットもある。原発はメリットばかりが強調されて、デメリットについて殆ど知らされていない。世の中には危険性も知った上で便利だから使っている物もある。
例えば、自動車(と交通事故死)

確かに、原発について私たちはよく知らない。専門家に任せっぱなしで政府や電力会社の広報を鵜呑みにしてきた。
なぜ、そうなるのか?

■原子力は「神の領域」なのか、「人間の領域」なのか? より

こうした原発への恐怖の奥には人間の自然な生存本能、危険回避の本能があるわけですが、恐怖をコントロールできないという背景には二つの問題があるように思います。それは原子核反応に関する理解と、その表現における「ことば」という問題です。 
例えば我々は「火」を使います。火を使って暖を取り、調理をしたり、その他のエネルギーにも使います。火は照明にも使われ、五輪の聖火など精神のシンボルにもなります。ですが、人間はサルとは違い、「火」を恐れることはしません。「火」とは「神の領域」ではなく「人間の領域」にあるものと信じて疑わないからです。何故なのでしょう? それは、人類が「火(燃焼)」というものを理解しているからです。
 理解というのは三段階あると思います。まず、身体が火に晒されても「部分的な火傷」で済めば生命にかかわる危険はないこと、逆に身体の大きな面積を長時間晒せば生命の危険があること、人間の五感の中には温度の感覚があり、高温イコール危険ということを直感的に理解して危険を回避できること、こうした「一つの個体」としての危険の理解があるわけです。
 もう一つはメカニズムの理解です。「火(燃焼)」をコントロールするには「可燃物を除去する」か「温度を下げる」か「酸素の供給を止める」ことが有効だという理解が、人類の文明の中には完全にビルトインされています。三番目は社会的なインフラです。火をコントロールする手段としては消火器、消防体制、不燃建築などの防火インフラがあり、人類社会では「これで十分、適正だ」というレベルにまでインフラが達していると理解されています。
 その結果として、大火が起きて数千単位の人命が失われても、人類が「火」を放棄するということはあり得ないのです。人類にとって生存のためには「火」が欠かせないというだけでなく、個体としての理解、メカニズムの理解、社会インフラの充足感という三つには、揺るぎはないからです。
 原子核反応に関しては、この三つが全く不足しているわけです。個体としての直感としては、頭痛やめまいのする危険なレベルまで何も感知できずテクノロジーで補完しなくてはなりませんし、メカニズムの理解、社会インフラの充足感に至っては人類社会として全く達成できていません。これでは原子力はまだ半分「神の領域」にあって、完全に「人間の領域」のものにはなっていないことになります。 

 
個体としての理解、メカニズムの理解、社会インフラの充足感とは、換言すれば「事実に基づく共認形成」に他ならない。原発については、最も知りたい人体への影響度すら開示されていない、事故のあった原発を廃棄処分するにしても「火」のように完全に消去できるのかも分らない、さらに専門家が説明する言葉が分り難く安心できない、など共認形成が不十分である。つまり、一方的に安全だから信じろと言われているだけでは充足できないのである。
恐らく、初めから人類がコントロールするのが困難であるが故に、デメリットを隠して安全だと思い込ませるしかなかったのではないか。デメリットに対処するためには膨大なコストがかかる。建設時や運用段階のメンテナンスも含めて手抜き(コストダウン)をした結果が今回の事態を招いたのではないか。現に、電力会社は原発のコストパフォーマンスの高さをことさらに強調してきた経緯がある。
原発も市場原理で動いている。

今回の事故は正に生存本能を直撃する事態である。今後は、徹底的な事実解明の国民期待も高まり、「原発をどうする?」という積年の社会問題に対して「必要か否か」の決着を付ける時がくるだろう。
国民みんなが納得できる事実追求の過程では、これまでの統合者(政府、マスコミ、御用学者)のゴマカシが露(あらわ)にされる。そして、この事実追求の潮流は他の社会問題にも波及し、やがて近代社会全体の見直しへと向うだろう。
【過去の記事】
『日本人は何を学ぶべきか?~近代社会の騙しの構造~』
第1話:プロローグ
第2話:自由市場など幻想である
第3話:市場拡大は絶対なのか?
第4話:何故官僚は暴走するのか?
第5話 :支配者の手法~アメリカ発の民主主義
第6話:「権利」はバラバラな個人を作り出す
第7話:アメリカの戦後占領政策
第8話:近代社会成立の背景
次回の第10話では、原発事故において露呈された「役に立たない学者たち」を扱います。

List    投稿者 hassy | 2011-03-26 | Posted in 12.現代意識潮流2 Comments » 

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コメント2件

 キク | 2012.01.05 6:26

失われた40年か。。確かに日本人はこの間すっかり西洋化、つまり日本人として骨抜きにされた時間ですね。ブランド化現象は特権階級のマネ、つまり幻想を市場競争という資本主義の単語の力で頭のいい(?)特権階級が起こし、さらに私腹を肥やした時間ですね。その間、大衆は日本人もアメリカ人、何人関係なくせっせと消費し税金を納め、特権階級の思うがまま働いたご褒美は特権階級並みの暮らし、つまり、贅沢と称しブランド品購入、高級レストランで食事、プライベートリゾートであたかも特権階級入りした気になった時代ですね。今もその余韻があるようですが、終焉をどの方向にむけるか、マスコミは教えてくれません。各自が目覚めるかそのまま幻想の世界に怖くて出られず、哀しいかな狂ったごとく居座り続けるか?!日本人の骨抜きに効く薬は?

 hermes finland | 2014.02.01 12:14

cheap hermes bags 日本を守るのに右も左もない | 共同体社会の実現に向けて-15 ~実現論序4.統合階級の暴走で失われた40年(その4)~

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