2011年05月23日

今こそパラダイム転換が求められる時』シリーズ-5~現実捨象の倒錯観念から、観念捨象の現実直視へ~

皆さんこんにちわ :D
『今こそパラダイム転換が求められる時』シリーズ第5弾です。
過去のエントリーはこちら
シリーズ-1~「必要意識⇒課題意識には、不全発と可能性発の二通りある!」~
シリーズ-2~不全発の『変革の必要』から、実現発の『認識の必要』への大転換」~
シリーズ-3~社会運動の総括1 現実否定の自己欺瞞」~
シリーズ-4~社会運動の総括2 社会運動の自己欺瞞~

この画像はこちらからお借りしました。御用学者もここまでくれば怒りを通りこして哀れみさえ感じてしまいます。
なかなか収束する兆しが見えない、福島原発事故。
政府はメルトダウンをようやく認めましたが、当初からテレビに出てくる学者もいい加減な回答をして生きた事が明らかになりつつあります。また子供達への許容放射能についても年間20mSvという数値の正当性について学者の発言が物議をかもし出しているところです。
これまで、政治家や官僚、マスコミの無能ぶりはいろいろ言われてきました。
今回の原発事故を通して顕在化した、これまで無かった新しい現象が、『学者がウソをつく』という認識が顕在化し決定的になった事では無いでしょうか?
小中高大という学校教育のトップにあって、今までは胡散臭ささを感じつつも、正しいと思い込まされてきた立場である大学教授=学者の言葉がもはや信じられなくなったという事に多くの人々が気づき始めた事の意味は大きいと言えます。
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前回の投稿

時代はすでに「現実否定から現実直視」へと、「欺瞞観念から事実認識へ」と転換している。それは思考パラダイムの転換と、事実を追求し可能性を見出すための観念への欠乏、即ち観念収束がまさに急加速していることを意味しています。

今回のこの学者が信じられなくなったという状況は、間違いなく上記の観念収束を急加速させる事でしょう。
今まさに

欺瞞観念にフタをされて出口を見つける事が出来ず、その結果、社会不全(危機と閉塞)が高まっている。そして、高まった本源収束と社会不全のマグマは、出口を求め、可能性収束⇒答え欠乏を上昇させつつある。

という状況にあり、その事実追求と答え欠乏は主にツイッターなどのネット世界に向かっています。
もはや専門家の言葉が信じられなくなった現在、この世界では素人の事実追及がすさまじい勢いで広がっています。そのパワーは学者の誤魔化しなどいとも簡単に暴くほどです。
しかしこの事実追求は無条件ということでは無さそうです。
こんな事がありました。
福島県に仲のいい友人を持つある女性が、友人を心配し連絡を取り合っていたのですが、ある時から、不安を煽らないでと連絡するのを拒否されたのです。
危機的な状況は感知しながらも、学者や政府は安全だと繰り返す。結局一人で考えてみても不安がつのるばかりで答えはでません。そんな状況で心配されても、絶望感がつのるばかり。だから危機そのものを捨象したかったのでしょう。
その後、この女性は一方的に危機的状況を叫ぶのではなく、冷静に分かり合う事を重要視して語りかけたら、相手が心を開いてくれ、そこから事実追求の流れができたというのです。
【友達と原発についてお話しました☆】より
一方でツイッターなどのネット世界では、同じ興味関心を持った人々が、皆で答えを探そうと状況を共有しあっています。

社会は、人々の共認内容が変わってゆくことによって、自ずと変わってゆく。現在、その共認内容は自我・私権を残存させており、何よりそれを正当化する欺瞞観念に覆われている。しかし、現代が古代や近代と決定的に異なるのは、自我・私権の衰弱→終焉が既に明らかであり、それに伴って否定意識に代る充足基調⇒本源収束の潜在思念が顕在化しつつあるという事実である。従って、潜在思念(=下部意識)の充足基調⇒本源収束を実現に導く、現実直視の状況認識(事実認識or構造認識)さえ提示すれば良い。

今やどんな発信であれ、否定発で危機感だけを煽るようなものは、胡散臭さを感じてしまいます。それはそこに内在する自我、私権の空気を感じ取ってしまうからなのだと思います。
先ほどの福島の事例では一人で考えて抱え込み、その結果、閉塞状況に陥って危機や課題を捨象しているのに対して、今や原始人がそうであったように、みんなで状況を突破すべく答え紡いでいこうとする流れが出来つつあります。
ツイッターの共有充足事例はまさにこの流れにあり、認識や状況は共有し充足できて始めて価値を持つという認識は重要です。
現在は状況認識も一方的に発信するものではなく、あくまで充足基調をベースとしてみんなで認識を刷り合わせて共有し、観念を紡いでいく・・・・という時代に入ったといえるのではないでしょうか。

かつて本源社会を破壊した古代人が、現実(下部意識)を否定して倒錯観念に収束したとすれば、再び本源時代を迎えた(にも拘らずその倒錯観念の末裔たる欺瞞観念によって全面閉塞に陥った)現代人が、現実を肯定して倒錯観念を否定するのは、当然の成り行きだったのである。

本当の事はどうなの?という状況や情報の共有という点で、ネット世界は先端にいます。そして多くの人たちがそういう場に収束し始めています。その意味でだれもが現実を誤魔化した学者の言葉やマスコミ報道(欺瞞観念)、に目を背け現実直視しはじめていますが、可能性はそれだけではありません。
もはや学者が信じられないという状況と観念収束の急加速が行き着く先は、当然原発問題だけに留まらないでしょう。みんなの追求によって、現代社会のあらゆる問題(経済や教育、福祉、環境etc)に対する学者発の観念がウソまみれの誤魔化しであることが顕在化し、追求圧力がいっそう高まる日もそう遠くないのかもしれません。

List    投稿者 kichom | 2011-05-23 | Posted in 12.現代意識潮流No Comments » 

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