2018年10月16日

贈与(システム)の歴史と、脱貧困の共認時代における可能性

市場経済が行き詰まり、贈与経済の可能性に注目が集まっている。

●歴史上、「贈与(システム)」はどのように始ったか?

それは、弓矢を発明して人口が増加した時代に、集団間の緊張圧力を緩和するために始った。http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=135924より引用します。

① 「栽培」「牧畜」という生産様式の獲得に伴い、食糧事情が比較的安定した集団は更なる人口増加⇒集団規模を肥大させていくことになる。

② 集団規模拡大に伴い、他部族集団との接触頻度が増加。そこに、人類集団間の緊張圧力が働き始める。生活様式も違う、言語も通じない他部族集団との接触に、どのように対応していったのか?

③ 戦争勃発?⇒人類は約499万年間の「極限時代」を「自我(自己中)」を徹底的に封鎖した『共同体集団』として生き抜いてきた(集団内の共認充足が全て)。そのような歴史的背景を背負ってきている単位集団が、同類同士の緊張圧力が働き始めると同時に、戦争に突入していったとは考えづらい。

④ 集団同士の「争い」を避ける方向=友好関係を結んでいったのではないか。その形態の一つに『贈与』がある。『贈与』とは、自らの集団にとってだけではなく相手集団にとっても最も価値の高いであろう物を贈る行為(黒曜石・翡翠・琥珀)。そのような物を隣接集団へ贈ることによって、集団間に働く緊張圧力を緩和していた。

⑤ 「共同体集団」間での『戦争勃発』は、ありえない。それでは、人類が戦争を起こす引き金になったのは一体何なのか?戦争を始めた最初の集団は「遊牧集団」である。「牧畜」から派生した「遊牧」という生産様式は、これまでの人類の生活様式と一体何が異なっているのだろうか。それが「戦争が勃発した原因」の解明ポイントとなる。

 

●「贈与」の本源性(「贈与」は交換や市場とは別物である)

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=151741 より引用します。

古代の、争いを避けるために行われたものが「贈与」であるという考え方は、私には新鮮でした。何の見返りも要求せず、自集団と相手集団との緊張関係を緩和する方策とされていたことは、子供の頃の遠い記憶の中に、それに少し似たものを思い起こさせた。

就学以前における『世界』は、せいぜい家の周囲のご近所さんや、近くの友人の家がある、歩いて行ける範囲に限られる。毎日のように、おかずをたくさん作った時や、親戚などから物を送ってきたときなどは、近所におすそ分け、こういう光景をよく見ました。

貰ったときは、「ありがとう」、あげたときは、「どういたしまして」という会話があふれていたように記憶しています。昭和30年代、40年代の中頃までの記憶です。そのころは近所が大きな一体感で結ばれていたように思います。勝手に隣の家に入っても何もいわれないどころか、お菓子まで貰ったり、爺さんの昔話を聞いたり、いわば楽しい、平和な、安心感のある状況でした。

見返り(物としての)を期待しない、いわば相手との友好関係を確かなものにする、ということだったんだ、ということが、心の中で繋がったようでした。自分の中で遠い記憶が思い出されたことは、本来の人としての行いが時を経ても、「同じ」なんだ、という驚きを隠せません。やはり人間は周りと共認関係にあるときに、心の平穏を感じる生き物であることを再認識できたように思います。

 

●脱貧困の時代における贈与(システム)の可能性

http://demosbc300812.blog61.fc2.com/blog-entry-98.html より引用です。

「市場経済」と異なり、贈与は「無償」が基本となる。無償の「贈与経済」は、市場経済の欠陥を補うシステムでもある。

農業人口がどんどん減少する農業の問題も、「交換経済」だと解決ができない。農業が生み出す食料自給がないと、人間は生きていけない。農業生産活動が持続可能になる経済システムを創ることが必要であるため、都市生活者が、積極的に自分の富を贈与し、サポートしないといけない。無償の「贈与経済」だけが、富の再分配機能を発揮し、この矛盾を乗り越える可能性を持っている。

東日本大震災後、被災地支援の新しい形が、「贈与経済」の一方法として注目されている。自分が共感し支援する団体(特定非営利法人、公益法人、学校法人など)のために寄付を集めるファンドレイジングが、広がりを見せている。この方法は、既にビジネスになっており、「贈与経済」を進展させている。少額の贈与(寄付)が、人間同士の交流を促進し、贈与された者が、また第三者に再贈与するため、さらに「贈与経済」が広がる。こうした仕組みは、ネット社会という地縁血縁に縛られていないソーシャルセクターに負うところが大きい。

ネット空間は、オープンソース、フリーソフトウエア、ウィキペディアなど、「贈与経済」的なソフトウエアやコンテンツで支えられている。無償で発信する情報提供に対し、その見返りは、情報である。情報を出せば出すほど、社会全体が無償の情報贈与で埋め尽くされ、ソーシャルネットワークの構築がどんどん進んでいく。

日本は、人口減少、高齢化、エネルギー問題、低い食料自給率、経済格差など、様々な課題が山積しているが、行政主導の画一的な政策では、複雑に絡み合う諸課題を解決することは難しい。

人々の心をつないで、地域を元気する独創的なソーシャルデザインが必要である。「贈与経済」には、社会に幸せなソーシャルデザインの力を引き出す可能性がある。包容力のある社会を創るには、「贈与経済」の進展が欠かせないのだ。

List    投稿者 nihon | 2018-10-16 | Posted in 12.現代意識潮流No Comments » 

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