2010年04月21日

自主管理への招待(1) 工業生産から意識生産へ。時代は今、歴史的な生産力の転換を遂げようとしている。

数ある社会派系サイト・ブログも、一見広く社会を対象化しているのように、見えながら、否定形のなんで思考に留まっており、何の実現方針も提示できていないのが実情ではないでしょうか?
現代は単に社会を対象化するだけでは不十分で、自分達で社会を統合してくのだという当事者意識が事が求められているのだと思います。
そのためには、(頭の中だけの)「あるべき姿」だけではダメで、具体的な実現基盤の提示が必要ではないでしょうか。
これから紹介する「自主管理への招待」は共同体企業類グループによって今から35年も前に、書かれたもので、共同体組織を作るための実現基盤のみならず、素人による社会統合参画の実現基盤も提示されています。今後、今回も含め7回に渡って、紹介していきます。
◆目次
自主管理への招待(1) 工業生産から意識生産へ。時代は今、歴史的な生産力の転換を遂げようとしている。
自主管理への招待(2) 社会は、生産力の転換によってしか根底的な変革を遂げることはできない
自主管理への招待(3) 生産から離脱させ、消費へと逃避させるだけの近代思想
自主管理への招待(4) 「頭の中だけの自己」から「実現対象」への追求ベクトルの転換
自主管理への招待(5) 否定し要求するだけの「閉塞の哲学」から、実現対象を獲得した「解放の哲学」へ
自主管理への招待(6) 実現思考とは何か
自主管理への招待(7) 労働の解放のために:自主管理の原則
本文に入る前に、この文章がかかれた35年前の時代状況を振り返ってみます。
1974年といえばオイルショック直後です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF

オイルショックは、1970年代に二度あった、原油の供給逼迫および価格高騰と、それに伴う経済混乱のことを指す。石油危機または石油ショックとも称される。

石油価格の高騰によって消費が低迷。先行き不安とともに多方面で混乱が生じました。
直接石油とは関係のないトイレットペーパーや洗剤が無くなるという噂が広がり、買占め騒動が起こったのを始め、エネルギー消費を抑えるという名目でテレビの深夜放送が休止された。。。。そんな時代でした。

つづきを読む前にポチっとお願いします。

にほんブログ村 政治ブログへ


http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=211321

 74年に、共同体企業:類設計室の「自主管理綱領」として執筆され、その後’79年に類グループ(リンク)の募集パンフレット「自主管理への招待」として書き改められた一文です。
共同体企業:類は、’72年に設立されましたが、明らかに時期尚早であった共同体企業設立のために書かれたこの文章は、35年後の現在、ようやく時代にマッチした問題提起となってきたように思われます。
以下、【自主管理への招待】本文を紹介する。
***************************************************************
【自主管理への招待(1)】
定年まで三〇年間、「花形」であり続けた産業があっただろうか?
その時々の世間の風潮に流されて、一生の職業を選択してしまう若者が増えてきている。だが三〇年前の石炭、二〇年前の繊維、一〇年前の鉄鋼、これらその時々の花形産業は、工業生産の発展の過程で次々と凋落し、その度に〈自前の認識〉を持たなかった者は苦汁を飲まされてきた。まして今、諸産業を次々と興亡させながら凄じい勢いで発展してきた工業生産は、遂に物の(消費の)飽和限界に行き着き、すべての進路を塞がれようとしている。これは史上、人類が経験したことのない事態である。このような大転換の時代に、あいも変わらず目先の「花形」や「安定」をもてはやす世間の評価ほど、当てにならないものはないだろう。
それどころか今、経済は、あり余る工業製品の山に埋もれたまま、立ち上がる気配もない。すでに数多くの企業が潰れ、残る会社にも人員整理が頻発している。しかもこれまで数世紀にわたって、良くも悪くも社会をリードしてきた経済界の指導者たちは、今では展望を喪い、何の指針も出せないでいる。しかし他方では、物を超えた、いわば〈意識〉を売る教育産業や情報産業あるいはサービス産業が、この不況の中でも着実に生産を伸ばしてきている。
よく見れば、これは過去のいかなる不況期にもなかった、まったく新たな状況である。これまで社会の生産の主力部を構成してきた工業が衰退の度を強め、代わって<意識生産>が社会の生産の主力に成りつつある。すでに第三次産業人口は、全労働者の過半数を超えた。時代は今、工業生産から意識生産への歴史的な生産力の転換を遂げようとしている。生産力という社会の基底部の転換が、社会全体の根底的な変革と激動を伴うのは当然であろう。しかもこの激動の時に、従来の社会のリーダーは無力状態に陥り、それにとって代るべき新たな生産のリーダーは、未だ力を持つまでには成長していない。状況は、さらに混迷の度を増してゆくだろう。私たちは今、指導者不在の社会の中に置かれているのである。

◆補足・・・就業者構成の変化

◆補足・・・意識生産って何?

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=213603

意識生産の時代は、その生産の中身が土地でも機械でもなく、生身の人間の認識力・創造力そのものであり、生産力の基盤は人間そのものとなる。つまり、意識生産という生産様式においては、どれだけ深くみんなの意識・欠乏を掴み、それに応えられたかという認識闘争へとみんなが巻き込まれ、同類圧力が活力の源泉となる時代へと突入した。

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=6035

※意識生産が生産する意識とは、相手(人々)の類的期待に応える価値であるとすれば、その様な類的価値とは、観念や知識以前に美(平均値)や思念であり、更にそれ以前に充足性・応望性そのものである。つまり、誰もに普遍的に備わっている応望性の発現こそが、最大の類的価値の発現であり、それこそが意識生産の真髄なのである。

わたちは、このような時代の到来を、むしろ歓迎している。今ほど社会が自らの停滞を打ち破る、革命的な活力を求めている時はないからである。このような時代には、大樹の下に身を寄せる「お抱え」型の安定など、一時の気休めにしかならない。むしろ、どのような状況にも対処してゆける強靱な思想と能力を獲得してゆくことこそ、本当の安定への道ではないだろうか? たしかに状況は混沌として、頼るべき思想も今はない。しかし歴史を振り返れば、頼るべき全ての指標が失われた混沌の状況こそ、常に真の創造の土壌であった。そして時代が変る時、常にまず新しい思想が登場してきた。かつそれは、常に既成の思想の批判的超克として現れてきた。そこで私たちも、まず近代の思想から問い直してゆこう。(※本稿では、近代とは現代を含む、工業生産の時代を指す。)

以降次回に続きます。乞うご期待!

List    投稿者 kichom | 2010-04-21 | Posted in 12.現代意識潮流4 Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2010/04/1618.html/trackback


コメント4件

 ★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★ | 2010.12.08 22:59

★戦争の歴史を顧みて何を学ぶべきか?。米国に貢ぐだけのミサイル防衛計画!

★戦争の歴史を顧みて何を学ぶべきか?。攻撃は最大の防御なりの法則!。米国に貢ぐだ

 匿名 | 2010.12.09 11:07

そしてこの宣伝である(笑)

 discount hermes handbags | 2014.02.03 0:07

hermes hk website 日本を守るのに右も左もない | 特権階級の空中浮遊とはどういうことなのか?(12)~特権階級の空中浮遊の真相~

 http://tiffanzsy.deviantart.com/journal/ | 2014.03.12 22:14

日本を守るのに右も左もない | 特権階級の空中浮遊とはどういうことなのか?(12)~特権階級の空中浮遊の真相~

Comment



Comment


*