2014年01月17日

自給期待と日本の近未来10 秩序崩壊の危機感⇒追求力の時代へ

みなさん、こんばんは。
前回『自給期待と日本の近未来9 脱お上の自給期待⇒追求力の時代へ』で書いた認識に加えて、
今回はより深い位相『秩序崩壊の危機感』へ踏み込んでみたいと思います。

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前回の記事で書いたように、2013年に追求力の時代に入った背景は、直接的には’11原発の騙し・隠蔽の果ての’12末不正選挙⇒脱お上の自給志向です。
国政選挙における自民党の圧勝について過半の人々が 『何かおかしい』 と感じています。


もし不正が事実なら、それは民主主義(中核観念)の崩壊を意味し、今後、どんな地獄に突き落とされるか分からない暗黒の未来が待ち受けていることを誰もが実感するでしょう。
こういう状況に対して顕在化したのが、自己防衛の自給志向(節約/健・食・医/塾離れ)⇒自考期待です。
しかし、’13年追求力の時代に入った背景はそれだけではありません。もっと根底的な理由があるるのです。
それは『私権原理から共認原理という時代(社会)の大転換』なのです。
どういうことなのか? 詳しく見て行きましょう。
’70年、貧困が消滅し市場の縮小が始まりますが、私権原理の崩壊とは、市場の崩壊に止まらず、3000年間に及ぶ私権文明社会の崩壊を意味します
それゆえ、’90年バブル崩壊~’02年私権観念が崩壊し収束不全が顕在化~’11年原発事故と、人々の危機感を直撃する現象が次々と起こってきました。
加えて’00年以降は、私権社会の頂点に君臨してきたお上の暴走が加速してゆきます。
その度に、一部の経営者等は危機感から追求に入りましたが、一般大衆が追求に入ったわけではありませんでした。
ところが、’12年末の不正選挙を契機に、一般大衆を含めた広範な追求が始まったのです。
これがもっとも顕著に顕われているのが『学習のありよう』です。
本来、学校は能力育成≒スキルUPの為にありますが、今や役に立たない旧観念を暗記させるだけで、殆ど能力育成の期待に応えられず、根本的な機能不全に陥っています。
そのうえ、右肩上がりの経済成長を前提に学校システムが作られてきたので、増え続ける教師⇔減り続ける子供という状況に対応できなくなり、学費の値上げに踏み切らざるを得なくなっています。

これらのことは
『いい学校』→『いい企業』→『いい暮らし』
という旧い図式が完全に崩壊したことを示しています

こうした状況に直面した親達は、自分の子供の行く末を真剣に考えます。
そして、
『このままでは社会に出たあとどうなるかわからない』
『それどころか社会そのものが崩壊してしまうかも知れない』
『あらたな社会秩序を考え、構築するための思考を身につけさせるためには?』
と感じはじめています。
その意識潮流を受けて塾では自考型授業大学では反転授業が、すでに始まっているのです。


画像はこちらからお借りしました

こうして、旧観念には何の意味もないことが今後ますます明らかになり、大学離れに拍車が掛かってゆくと思われます。
あらためてポイントを固定しておきます。
不正選挙は思想的には民主主義という中核観念を崩壊させ、制度的には民主制という社会の根幹制度を破壊する所業です。
バブルの崩壊も、原発事故も、社会秩序を崩壊させる危機ではありませんが、不正選挙は社会秩序の崩壊という危機感を強く生起させます。
ただでさえ市場は崩壊寸前で、現代人は生き残り競争という逆境下にあります。
それに加えて、私権の終焉→文明社会の崩壊の危機と、お上の暴走→不正選挙を契機とする秩序崩壊の危機によって、今や現代人は絶体絶命の逆境に追い込まれているのです。
この秩序崩壊という逆境が生命の最も根底にある適応本能を直撃しました(生命とは秩序化存在であり、適応本能とは秩序化本能に他なりません)。
’13年に始まる追求力の時代の奥底で働いているのは、この適応本能です。
秩序崩壊とは生命(適応本能)にとって最大の危機。
だからこそ、全大衆的に一気に
『なんで?』『どうする?』
という追求過程に入ったのです。
 


次回は、生起した追求力がどれだけの力を持つのか、時代をどう変えていくのか見ていきたいと思います。
続きます

List    投稿者 ohmori | 2014-01-17 | Posted in 12.現代意識潮流No Comments » 

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