2010年03月22日

2010年代はどういう時代か?第6話 ~企業が変われば、社会が変わる!~

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写真はリンクより拝借させて頂きました。
前回の記事では、09年意識潮流として顕在化した「遊びの失速」が「秩序不安→探索基調」に拠るものだと述べた。
08年リーマンショックを皮切りに、欧米社会では今、幻想で塗り固められた資本秩序が音を立てて崩れ始めている〔※1〕。
通常、古い秩序が崩壊・消滅しようとする時は、一方で新しい秩序が登場してきた。しかし、現在は、秩序が崩壊・消滅しようとしているにもかかわらず、新しい秩序は登場してきてはいない。
むろん、日本も同じ状況である。
本源性の強い日本では、欧米のような暴動騒ぎは起こってはいないものの、得体の知れない不安とあせりは国民の中で広がりつつあり、「遊びどころではない」という意識潮流が顕在化している。
金融バブル崩壊はその引き金であり、時を同じくして、JALの経営破綻、トヨタの不祥事問題など名だたる大企業が綻びを見せ始めている。
※1『アメリカ、欧州で反金融の階級闘争が勃発か』

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■この「秩序不安」の原因は何か?
結論から言うと、【「個人・大衆(社会共認)」の意識変化と変わらぬ「企業(その役割と組織)」とのズレ】にある。
「個人と大衆(社会共認)」の意識は既に脱私権社会へ変化している(表層域まで顕在化している)のだが、人々が大半の時間を過ごす「企業」の組織体制・役割が変わっていないのである。
事実、企業では「金(もうけ)第一」という考えを未だ根幹にしている。
(それが、いわゆる「営利企業」の唯一無二の使命とも言えるのだが)
以下に、企業の問題点を指摘する投稿を引用する。

『私権企業の変遷』
投稿を読みながら、やっと私自身の問題意識のありかも明確になってきた気がします。私は、この会議室での投稿に見られる、私権社会を否定するだけの論調に対して違和感を感じていました。それが、繰り返し私権企業の見直しを問う投稿として現れていたようです。
特に気になっていたのは、過去の私権企業の在り方でした。
最近、評価が高いプロジェクトX(NHKのTV番組)等に見られる過去の企業人の生き様には、明らかに期待・応望関係が明確に存在しており、一概に過去の私権企業を否定できないのでは? 
という疑問がつきまとっていました。
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社会全体の期待の中身が、豊かさの追求にあり、その為に会社で働いていた時代ならば、個人と会社と社会の方向性が一致しており、何の迷いもなく目の前の会社の課題に邁進するだけでよかったのでしょう。
それが期待に応える姿であり、誰からも文句を言われる筋合いなど、なかったはずです。
ただそこでの問題は、過剰な生産・消費活動が、地球環境や地域の人間関係や人体そのものまでを破壊していたことにあると思います。そのことが明らかになるにつれ、多くの人が生産の拡大そのものに疑問を抱き、いまやかなりの規模で疑問は顕在化してきています。
そして、企業という存在は、社会共認である環境保全という大きな流れと、個人レベルでの豊かさ獲得競争の忌避という流れに二重に逆らう形で、利益追求を行っていかざるをえない状況に追い込まれているといえるでしょう。
そんな状態では、過去に存在していた期待・応望の関係性は、社会はおろか、企業内ですら成立しにくい状態にあるのだと思います。企業が社会共認のもと、その方向性を変えることができなければ、存続の道は残されてはいないのでしょう。
これからは、社会共認を明確に捉えて変化していける企業と、変わらない企業を見限り起業する人達のみが生き残るのだと思います。

貧困が存在していた時代。そのような状況下では、豊かさ追求は個人と企業、そして社会の悲願の目的だった。
しかし、そのために構築した組織内制度、企業間秩序はその役目を終えて、今や時代の遺物である。
金儲けの最終形態である金融資本主義。人件費圧縮を目的とした非正規社員創出とその結果の派遣切り。市場拡大を前提とした擬似エコ商品産業・・・。
何れもバブル崩壊、雇用不安・格差固定、環境悪化という秩序不安を生み出している。
企業はいまや個人や社会の欠乏と対立する形で存在しているのだ。
したがって、今後は、『「企業」をどう変えていくか?』が課題の中心となるだろう。
過去に存在していた期待・応望の関係性を取り戻すために、脱私権社会における企業間の秩序を形成し、そして、企業内制度を再設計することが必須である。
当然、この時代潮流に乗り遅れた企業は、次々と脱落するはずである。
社員の活力を低下させ、モラルハザードを引き起こすからである。
幸いにも世界は金融規制へ動き出しており、中規模の企業では、新しい企業内制度を構築する動きも見られる。生活の大半を過ごす生産活動の場であるのだから、より切実であり、鈍重な国家(法制度)に先んじて、変化を促すことは可能である。
変革の起点は「企業」なのだ。
『企業が変われば、社会が変わる』ことを再度強調したい。

次回の記事では、私権体制に替わる新たな企業体制を明らかにしていくので、ご期待ください

List    投稿者 staff | 2010-03-22 | Posted in 06.経済破局の行方No Comments » 

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