2014年01月28日

所得税は『金貸しの見えざる手』に導かれたのか?

先月は『イングランド銀行創設と国債システムの関連性を探る』というテーマで、国庫専用銀行としての中央銀行の生い立ちを考察してみました。今回は、戦費調達の手法としては国債よりも古典的と言える税制について検討して行きます。
  
租税はすでにエジプトやギリシャなどの古代国家において導入されていましたが、基本はすべて物納労役提供でした。貨幣による納税が始まるのは、ヨーロッパでは12世紀になってからです。ただ、金銭による納税が主流になるのはもう少し後の15世紀から16世紀にかけてであり、その背景には火砲や鉄砲の発明が戦争の様相を一変させたことが大きな原因と言われています。ちなみに、日本で代銭納が始まったのは室町時代(≒14~15世紀)で、金銭納税に完全に切り替わるのは明治維新です。
   

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アウステルリッツの戦い

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ところで、隣国との戦争圧力を受けて、戦費調達の必要性に迫られていたのは、16世紀以降の西欧諸国には共通の課題でした。その中で、世界に先駆けて国債システムを導入したのがイングランドであることは前記事で述べたとおりですが、実は、世界で一番早く「所得税」を導入したのもやはりイングランドでした。この世界一早い「所得税」は1798年にウィリアム・ピットによって提案され、イングランド議会での承認を経て、翌年から施行されます。さらに1803年には、ヘンリー・アディントンによって源泉徴収方式が導入され、廃止と再開を繰り返しながら、1842年にイングランド銀行の発券業務独占にも関与したロバート・ピールによって恒久的に定着します。
    

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この3人は、いずれも当時のイングランドの首相ですが、全員が庶民院出身の政治家という共通項を持ちます。イングランドは、議会の発足/二院制議会の制定においても史上最初の国家ですが、庶民院というのは、現在のアメリカの下院に相当し、新しい商業階級や金融関係者や学者などの新ブルジョアたちが登用されるようになった議会です。貴族院議員が主に封建時代の地主や聖職者などの旧ジェントリーであるのに対して、庶民院は新興の金貸したちとゆかりの深い新しい勢力で、1911年には『庶民院の優越』も勝ち取って現在に至っています。
     
つまり、イングランドにおける「所得税」は端的に言って金貸し勢力の手によって導入され、定着して行ったと考えられます。
     
それでは、なぜ金貸し勢力=金融資本家にとって好都合な「所得への課税」であって「資本への課税」ではなかったのでしょうか?
     
実は、「所得税」の導入の正当性は、1776年にアダム・スミスが著わした『国富論』に記されています。その部分を引用します。
     
~「国が富むためには、生産・勤労が上昇しなければならない。その際、資本は再生産にまわって、将来の生産・勤労の高度化に寄与するが、収入・売上から原価・経費を差し引いた残りの利益(=所得)は消費されるだけで通常は生産には使われない。あるいは、利潤の一部に課税するだけで資本に課税しなけれは、資本は目減りすることなく蓄積され、拡大再生産が可能になるはずである。」~
     
アダム・スミスの言った『神の見えざる手』とは『金貸しの見えざる手』だったのかも知れません。いずれにしても、学者の権威も利用した一種の正当化観念によって、資本家の蓄積には課税せずに、都市部に集まってきた勤労者の所得が課税対象として議会の承認が得られたと推測されます。
     
また、イングランドで「所得税」が決定された直後に「源泉徴収方式」が導入された点も見逃せません。個々人の所得を正確に把握するのに「源泉徴収方式」ほど効率的な手法はありません。さらに、自分の所得に課税されるなどとは思ってもいなかった勤労者にとって、やっかいな税務計算までして新たに課された税金を払うなど、ほとんど期待できるものではありません。その手間を省きながら、所得税を支払うという負担感を軽減するうえでも、「源泉徴収方式」は都合の良いシステムなのです。
     
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2回にわたって、民間資本によって設立された国庫専用銀行=イングランド銀行と国債システムの状況、ほぼ同時期にイングランドで導入された「所得税」の周辺を分析してきました。詳しく見てきて明らかなのは、17世紀~18世紀のイングランドは、完全に無力化した国王の権限の影で、国家の戦費調達需要に狙いを定めて、事実上議会を牛耳る特権を手にした新興の金融勢力が国債システムを整備し、さらには国家税制を自分たちに有利なように改正してきた歴史であったという点です。これは言わば国家の乗っ取りです。このような仕組みがまずイングランドで完成し、後の19世紀~20世紀初頭にアメリカに持ち込まれることによって、今日に繋がる近代国際社会が形成されてきたと言えろと思います。

List    投稿者 staff | 2014-01-28 | Posted in 06.経済破局の行方No Comments » 

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