2009年07月05日

全米自動車労組(UAW)はなぜ経営側から特権を取得できたのか? その2 CIAとUAWの関係

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(前回から続く)
全米自動車労組(UAW)が年金制度、医療補助、ジョブズ・バンク制度などの特権を手に入れていった裏には、CIAによる工作があったようです。  
  
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●中北浩爾氏 『日本労働政治の国際関係史』 からの引用です。
  
 

【アメリカの労働界とCIA】
 アメリカ西海岸で最大の発行部数を誇る日刊紙『ロサンゼルス・タイムズ』は、1966 年5 月22 日号に衝撃的なインタヴュー記事を掲載した。労働組合のナショナル・センターであるAFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)が、CIA(中央情報局)と緊密な協力関係を持っている、というものであった。そうした噂はかねてから存在していた。しかし、このインタヴューに応じたのは、AFL-CIO に加盟する全米自動車労組のヴィクター・ルーサー国際部長であった。CIO 系の全米自動車労組は、AFL 系が要職を占めるAFL-CIOにおいて少数派であったが、150 万人の組合員を擁するアメリカ最強の産業別組合であり、公民権運動を支援するリベラルな方針によって、大きな社会的尊敬を集めていた。
  
この記事によると、AFL-CIO でCIA との関係を取り仕切っているのは、ジョージ・ミーニー会長の信任の厚いジェイ・ラヴストーン国際部長であった。ルーサーは、ラヴストーンがかつてアメリカ共産党の書記長であったことに触れ、その時代に身につけた秘密工作の手法をそのまま労働組合運動に持ち込んでいると批判した。
   
 それから1 年後の1967 年5 月7 日、『ロサンゼルス・タイムズ』が再びアメリカの労働界とCIA の関係を暴露するインタヴュー記事を掲載した。CIA のアレン・ダレス副長官(後に長官)のアシスタントであったと語るトマス・ブレーデンが、国際共産主義勢力に対抗するため、アメリカの労働組合に資金援助を行うプログラムを立ち上げ、CIA の国際組織課長として自らそれを指揮したと証言したのである。
 後悔の上での告白ではなかった。それを行わなければ、ヨーロッパ、特にフランスとイタリアは共産化していたであろうと述べ、道義上恥じることはないというのが、ブレーデンの強調した点であった。彼が具体的に明らかにしたのは、フランスで共産党系の港湾労働者を買収する工作に、旧AFL が協力したという事実である。これはヴィクター・ルーサーが攻撃したラヴストーンの関与を意味した。
 しかし、それ以上にこの記事で注目を集めたのは、全米自動車労組のウォルター・ルーサー会長が5 万ドルの工作資金をデトロイトで受け取ったというくだりであった。その資金は、実弟のヴィクター・ルーサーを通じて、西ドイツの労働組合に流された。ブレーデンは、AFL-CIO とCIA の関係を批判したルーサーは偽善的であり、恥を知るべきである、と皮肉たっぷりに付け加えた。
 一転して批判の矢面に立たされたルーサー兄弟は、彼ららしい対応をとった。
資金提供の事実をあっさりと認めたのである。5 月7 日付の全米自動車労組の声明文は、受渡し場所をパリ、受け取ったのを当時のCIO 駐欧代表のヴィクター・ルーサーと訂正しながらも、不足していた対外活動資金の追加分として、CIA から資金提供を受け、ヨーロッパでの労働教育と組織化のために使用したことがある、と述べた。(中略)
  
 結果は、今日すでに明らかになっている。1990 年3 月7 日、念願のソ連崩壊を目前にしてラヴストーンが死去した後、AFL-CIO のミーニー記念文書館とスタンフォード大学のフーヴァー研究所で、彼の個人文書が公開された。それを分析したアンソニー・カルーの論文によると、AFL の自由労働組合委員会は、1949 年から1958 年までCIA から資金援助を継続的に受けていた。疑惑は事実であったことが、学問的に実証されたのである。
 しかも、それは総額46 万4167 ドルに達し、労働組合からの拠出金を遥かに上回っていた。そのうち日本での活動に使用されたのは、6 万6902 ドルであった。これとは別に、AFL 自由労働組合委員会の駐欧代表としてパリを拠点に活動していたブラウンは、CIA から現地通貨で資金援助を直接に得ていた。さらに、CIA とラヴストーンおよびブラウンとの関係は、自由労働組合委員会が解散され、組織的なつながりが途絶えた1957 年末以降も継続した。巨額のCIA の秘密資金が、冷戦期を通じてラヴストーンらの手を経て労働界に流れ込み、反共工作に用いられたのである。(中略)
  
【 冷戦と労働組合】
(中略)
このような性格を持つ冷戦の下、ソ連を頂点とする国際共産主義勢力は、西側の労働組合への浸透を積極的に図った。それは、マルクス・レーニン主義が労働者階級を革命勢力と規定したことによる。もちろん、労働組合それ自体が革命の主体になるわけではない。しかし、革命の前衛たる共産党は、労働者の支持と運動に立脚しなければならず、それに対する影響力の行使の場として労働組合は位置づけられた。プロレタリア独裁を標榜する共産党の組織基盤は、理論上、労働組合に据えられなければならなかったのである。
 一方、自由主義陣営の内部の少なからぬ労働者にとって、共産主義は長期にわたり、資本家の搾取から自らを解放する1 つの魅力的な理論であり続けた。ロシア革命によって誕生したソ連は、世界の労働者の祖国とみなされ、国内での階級闘争での勝利は、国際的には東側陣営に連なることを意味すると考えられた。ソ連は、労働者の国際連帯を説く共産主義イデオロギーゆえに、西側の労働組合に食い込み、限定的であれ、自らの影響下に置くことができたのである。
  
 そこで、自由主義陣営の内部の労働組合は、「鉄のカーテン」と並ぶ、冷戦のもう1 つの前線となった。もし組織労働者がごく周辺的な勢力であったならば、共産主義が浸透したとしても、冷戦の帰趨にさして重大な影響を与えることはなかったであろう。だが、戦間期から第二次世界大戦を通じて、労働組合の影響力は社会のあらゆる側面で上昇していた。
 まず、労働組合の支持と協力なくして、総力戦の下での戦時経済は、アメリカですら成り立たなかった。労働組合の組織率は格段に高まり、その経済への規制力は強化され、資本主義を変質させつつあった。政治的にも、労働組合は、支配される側から、支配する側に転じつつあった。大戦終結間際には、アメリカと並ぶ大国のイギリスで、クレメント・アトリー率いる労働党が総選挙に圧勝し、内閣を組織した。もちろん、このような労働組合の台頭は、同時にその制度化と穏健化をもたらし、議会制民主主義の枠内で資本主義の改革を指向する社会民主主義が、多くの国々で組織労働者の多数の支持を得た。しかし、それも、とりわけ大戦直後には、不安定なものでしかなかった。前述したCIA の秘密工作は、こうしたなかで開始されたのである。
   
 労働組合をめぐる冷戦が先鋭にあらわれたのは、ヨーロッパのなかでも、フランスとイタリアであった。この両国では、共産主義者が統一的な中央組織のCGT(フランス労働総同盟)とCGIL(イタリア労働総同盟)を実質的に支配し、それを背景として共産党が社会民主主義政党に対して優位に立った。アメリカ政府は、ヨーロッパの大国である両国の共産化を憂慮して強硬な方針に傾き、国務省やCIA がAFL と協力しながら、共産主義勢力を弱体化すべく分裂工作を行った。
 そして、マーシャル・プランの発表が引き金となって、まずフランスで1947 年12 月にCGT が分裂し、社会民主主義系のCGT-FO(フランス労働総同盟・労働者の力)が結成された。また、イタリアでも、1948 年7 月以降、CGIL からの脱退が相次ぎ、最終的にキリスト教民主主義系のCISL(イタリア労働組合同盟)と社会民主主義系のUIL(イタリア労働連合)が成立した。
 アメリカの露骨な介入は労働者の積極的な支持を得られず、その後も共産党系のナショナル・センターが優位を保ったが、労働戦線の分裂を通じて共産党の影響力はかなりの程度低下した。
   
 1949 年1 月には、世界労連が分裂した。反ファシズム共同戦線を背景として1945 年10 月に結成された世界労連は、イギリスのTUC(労働組合会議)、アメリカのCIO、ソ連のAUCCTU(全ソ労働組合中央評議会)など、社会民主主義系と共産党系の両者を結集した史上空前の国際労働組織であったが、フランスCGT 出身のルイ・サイヤン書記長をはじめとする共産主義者の影響下に次第に置かれるようになった。
 そして、マーシャル・プランへの賛否をめぐって、両勢力間の対立は修復不能なものとなった。こうしたなか、強硬な反共産主義ゆえに世界労連の枠外にあったAFL が、共産党系を排除した国際労働組織の結成を提唱した。
 ここでも、アメリカ国務省が、AFL と協力して、共産党主導の統一的な国際労働組織の分裂を図ったのである(14)。その後、1949 年1 月の世界労連の執行委員会を契機として、TUC とCIO などが相次いで世界労連から脱退し、AFL とともに1949 年12 月に国際自由労連を結成した。書記長に就任したヤコブ・オルデンブローク国際運輸労連書記長は、第二次世界大戦中、CIA の前身の戦略情報局に協力した経験を持ち、かねてからAFL と緊密な関係にあった。
  
【労働をめぐる国際関係の多元性】
 このようにみてくると、冷戦による二極化が進展するなか、アメリカ政府がAFL の協力を得ながら反共産主義的な労働外交を展開し、西側陣営の労働組合を再編成していったことが分かる。しかし、それは歴史の一面でしかない。
近年の欧米の研究は、より複雑なイメージを提示している。冷戦期の労働をめぐる国際関係は、多元的なアクターと多様なアプローチに彩られていたのである。
 まず指摘すべきは、アメリカ政府が万能ではなく、自国の労働組合と対等の立場で協力しなければならなかったことである。アメリカの労働組合は、政府から相対的に自立しており、自らの利益と目的を追求した。それゆえ、両者の関係は、しばしば摩擦を伴った。そのことは、CIA とAFL の間においてもみられた。AFL の自由労働組合委員会を率いるラヴストーンは、反共産主義的な労働組合運動のエキスパートとしての自負を持ち、そうした経験を持たないCIA の職員たちが資金の使途について口を挟むのを嫌った。それに対して、官僚組織のCIA は、自由労働組合委員会がきちんとした会計処理を行わないことに不満を抱いた。また、CIA の内部には、労働組合のAFL が反共工作で
重要な役割を果たすことに批判的な意見が根強く存在していたが、逆にAFLは、CIA がライヴァルのCIO を秘密工作に引き入れるのではないかと警戒した。政府と労働組合の関係は、決して一枚岩的なものではなく、当面の利害の一致に基づく不安定なものにすぎなかった。
  
 政府と労働組合のそれぞれの内部も、一枚岩には程遠かった。アメリカ政府では、国務省、労働省、CIA のほかに、経済協力局、相互安全保障局、対外活動本部、国際協力局、国際開発局と名称を変えていった対外援助機関が、労働外交に関わった。各省庁はそれぞれの方針を持ち、しばしば相互調整がなされないまま政策を実施したため、その効果は少なからず減殺された。また、共和・民主両党の政権交代による政策の変更が、労働外交に大きな影響を及ぼした。労働組合についてみると、2 つのナショナル・センター間の対立は根深かった。AFL とCIO の対外方針をめぐる対立は、国際自由労連が結成され、両組織が加盟したことによって緩和され、それを1 つの背景として、ミーニーAFL 会長とウォルター・ルーサーCIO 会長のイニシアティヴの下、1955 年12 月にAFL-CIO が成立した。しかし、合同後も、AFL 系とCIO 系の対外方針の違いは、解消されなかった。さらに、AFL が国務・労働両省の労働官プログラムに、CIO が対外援助機関の生産性プログラムにそれぞれ足場を築くなど、政府と労働組合の内部対立はしばしば連動した。
   
(中略) 
 全体主義的で侵略的な共産主義との平和共存などありえない。それはナチズムに対する宥和政策と同一である。封じ込めるだけでは不十分で、巻き返して打破しなければならない。世界には自由主義と共産主義のいずれかしか道はなく、中立主義は共産主義の別名である、というのが、AFL の立場であった。
 それは、1920 年代にアメリカ共産党の書記長を務め、ヨシフ・スターリンから排除されたラヴストーンの知識と経験に裏打ちされた確信でもあった。こうした強硬な反共産主義に立脚するAFL は、CIA から資金を受け取ることを躊躇しなかった。それほどまでに、共産主義の脅威は切迫しているようにみえたのである。援助を与えて経済を安定させ、共産主義の浸透を食い止めるという方法は、AFL には迂遠すぎた。フランスとイタリアでみられたように、共産主義者が主導するナショナル・センターの分裂、右派労働組合運動の育成こそが、彼らの典型的な手法であった。
 
 これに対して、進歩的なCIO の認識では、共産主義勢力の浸透を可能にするのは、経済的、社会的な不満であり、それを阻止するためには、経済成長を促進し、労働者の生活水準を向上させることが不可欠であった。そこで、CIOは、アメリカの対外援助機関が実施する生産性プログラムに積極的に参加した。
それはチャールズ・メイヤーのいう「生産性の政治」であり、生産性の向上に基づく経済成長によって、投資と賃金のゼロ・サム的な関係を解消し、階級対立を克服しようとする試みであった。しかし、生産性を向上するための労使協力は、それだけでは経営者に利益を与えても、必ずしも賃金や労働条件の引上げにつながらない。「生産性の政治」は、実際には階級間の利害対立を消滅させることができなかったのである。それゆえ、CIO は、生産性向上の成果の配分を確実なものとすべく団体交渉を重視し、そこでの経営者に対する交渉力を高めるために労働戦線の統一を指向した。
 そして、労働者階級の連帯を重視するCIO は、AFL の分裂工作から距離をとる一方、共産主義者との対話可能性を否定せず、中立主義にも一定の理解を示した。
 TUC、DGB(ドイツ労働総同盟)、LO(スウェーデン全国労働組合連盟)をはじめとして、西欧諸国の労働組合の大多数は、社会民主主義的な性格を持つCIO の路線に親近感を抱いた。それに対して、マッカーシズムを想起させるほどのAFL の強硬な反共産主義は、アメリカ流のビジネス・ユニオニズムとして忌避された。
 ヨーロッパの労働組合のなかでAFL 寄りの立場をとったのは、それから秘密裏に資金援助を受けていたフランスのCGT-FO、イタリアのCISL など少数にとどまった。そして、こうした対立は、国際自由労連の場にも持ち込まれた。1949 年末に結成された国際自由労連を主導したのは、アメリカのAFL とCIO、イギリスのTUC の3 つの加盟組織であったが、AFL と、CIO およびTUC との間の意見の不一致は深刻であり、国際自由労連の活動を制約した。
 国際自由労連本部は、後者に近い立場をとった。この意見の不一致は、最終的に、1968 年5 月のCIO 系の全米自動車労組のAFLCIOからの離脱、1969 年2 月のAFL-CIO の国際自由労連からの脱退という一連の事態を引き起こすのである。
(中略)
AFL : アメリカ労働総同盟
AFL-CIO : アメリカ労働総同盟・産業別組合会議
AUCCTU : 全ソ労働組合中央評議会
CGIL : イタリア労働総同盟
CGT : フランス労働総同盟
GGT-FO : フランス労働総同盟・労働者の力
CIA : 中央情報局(アメリカ)
CIO : 産業別組合会議(アメリカ)
CISL : イタリア労働組合同盟
DGB : ドイツ労働総同盟(西ドイツ)
FDGB : 自由ドイツ労働総同盟(東ドイツ)
GATT : 関税および貿易に関する一般協定
ILO : 国際労働機関
IMF-JC : 国際金属労連日本協議会
ITUC : 国際労働組合総連合
LO : スウェーデン全国労働組合連盟
MSA : 相互安全保障法(アメリカ)
NATO : 北大西洋条約機構
OECD : 経済協力開発機構
TUC : 労働組合会議(イギリス)
UIL : イタリア労働連合
WTO : 世界貿易機関
(以上引用終わり)
  

  
  
  
CIAは国内外の労働運動の共産化を阻止するために、米国労働組合を通じて全世界に資金供与を長年続け、コントロールしていたようです。
その裏には恐らく、金貸し→CIA→米労働組合 という資金の流れがあり、共産化阻止=市場拡大を全世界的に広めるために、労働組合を利用していったのだと思われます。
その流れの中で、AFL-CIO(アメリカ労働総同盟、産業別組合会議)、UAW(全米自動車労組)などの組織は、CIAへの協力と引き換えに、経営側に対して優位に立つ特権を勝ち取っていくことが出来たのだと思われます。
  
また、右肩上がりの市場拡大が続く中、金貸しや経営側にとっても労働者の優遇は消費拡大の推進であり、労組への特権供与はプラスになると考えていたのだと思います。
アメリカ労働者が、貯蓄せず消費しまくる生活スタイルとなっていった背景にはこのような誘導、洗脳があったのだと感じます。

List    投稿者 sinkawa | 2009-07-05 | Posted in 06.経済破局の行方4 Comments » 

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コメント4件

 いいじゃん☆ | 2009.11.11 18:29

>右翼=「身分序列主義  →国家主義 → 権威主義 ⇒孤立志向」
>左翼=「反身分序列   →大衆主義 → 反権威   ⇒みんな志向」
これまで聞いた右翼と左翼の説明の中で、一番スッキリしましたぁ~(^▽^)
そして、みんな志向でも反の観念になっちゃうっていうところも、なるほどです!
福田さんシリーズ、紹介ありがとうございました☆

 ぴんぐー | 2009.11.13 23:08

みんなの想いを実現するため思想弾圧にも負けず活動を続けてきた福田さん。そこには主義とかイデオロギー的なものはなく、ただただ”みんな”のための活動・・・(≧∀≦**)
だから自民党だとか何の思想を持ってる人だとか関係なく、どんな人からも信頼され、それが実現の基盤になっていたんですね。
シリーズ投稿、ありがとうございました☆

 さらち | 2009.11.14 0:34

>福田氏といえども、置かれた時代環境(生存圧力を基にした序列原理に貫かれた社会)から、潜在思念では“人びとへの深い肯定視”に溢れながら、社会空間でそれを観念化するとき“反=否定発”にならざるをえなかった。
大衆の意識が“反=否定発”だったからこそ、徹底的に大衆の意識に根ざした福田氏も、“反=否定発”にならざるを得なかったのかなとも感じました。
>福田氏の活動とは『大衆(→人びと)が社会の当事者である』ことを示す活動だった
この視点を持っていたことが、福田氏のすごいところだと思いました。

 hermes chocolate | 2014.02.03 8:13

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