2010年04月15日

潮流4:輸血経済(自由市場の終焉)

今回のエントリーでは、データを通じて戦後経済の推移を追いながら、その変化の根本にある社会構造の変化や意識潮流の変化について見てゆきたい。
戦後、50年代の朝鮮特需→神武景気、60年代前半の岩戸景気、60年代後半のいざなぎ景気と、敗戦の瓦礫から高度経済成長の中、毎年10%を越える二桁成長率を維持してきた。
これは、毎年所得が10%上昇し、それにあわせて消費も10%以上上昇していたことを意味する。貧困から脱出する力強い活力が存在し、物的豊かさに対する可能性を目に見えて感じ取ることが可能な時代であった。

参考資料 借金増加グラフ「国の借金残高・実質GDPグラフ」
money1.jpg
「写真はコチラからお借りしました。」
クリックをお願いします。
るいネット
メルマガ

にほんブログ村 政治ブログへ



生存圧力が衰弱すると、私益追求の欠乏も力強さを失って徐々に衰弱してゆく。そして’70年、三種の神器が行き渡り、ほぼ豊かさが実現されると、物的充足が飽和限界に達したことによって需要が頭打ちとなり、市場は拡大を停止するしか無くなった。
需要の頭打ち(→市場縮小)に危機感を感じた財界、政界および学者、官僚、マスコミの者たち(以下、特権階級と呼ぶ)は、不足する需要を補うために、今日までに900兆もの資金を市場に流し込んできた。そして残されたのが、もはや返済不可能な国の借金である。(注:但し、金貸し=中央銀行から紙幣発行権を剥奪し、国家紙幣を発行する形に切り換えれば、忽ち国の借金はゼロになる。)


ところが、‘70年を境に、成長に急ブレーキがかかる。’71年ドルショック(ドル・金の兌換停止、円が変動相場制→円高に)、’73年には第一次石油ショック(石油価格1.5倍に)に日本経済は見舞われる。この石油ショックを受け、政府は法律で禁止されていた赤字国債の発行に踏み切ることになる。
これだけなら一時的な経済危機に対応して、緊急措置を取ったということになるかもしれない。しかし、石油ショックは’75年には収まりその後回復→好景気に入っていくが相変わらず同じピッチで赤字国債は増えてゆく。それにとどまらない政府はその後も、‘80年第2次石油ショック、’85年円高ショックと経済にブレーキがかかる事件が起こるたびに、加速度的に赤字国債を積み増してゆくことを繰り返してゆく。繰り返しとなるが、これらは一時的な緊急措置ではない。第2次石油ショック後の回復過程においても、同じく借金は増え続けているし、それどころか未曾有の好景気といわれたバブル景気の時代(’86~’90年)にも借金を返せるどころか更に借金を増やしてゆくことになる。そしてバブル崩壊後は、緊急経済対策と称して、更に加速度的に天文学的な借金が積み増されてゆくことになる。そして今や、借金額は国家予算の20年分に達する。家計でいえば、年収の20倍の借金を抱えた状態であり、通常の感覚でいえば明らかな破産状態である。
この好不況に拘わらず借金が増加するというのはどういうことであろうか?いわゆる借金体質に陥ったということであるが、いうまでもなく、国債には個人の消費者ローンの様に高金利が課せられているわけではない。

’70年以降の大本営が発表するGDPから、毎年市場に注入された国の借金(国債・地方債etcの借入金)によって作られた人工需要を引くと明らかなように、毎年のGDPはマイナス成長となる。つまり、自由市場は、豊かさが実現された’70年以降、縮小過程に入ったのである。現在の市場は、国家による資金注入という輸血装置によって生き延びている人工市場なのであって、決して自然な需要と供給に委ねられた自由市場なのではない。従って、当然、大きな歪みが発生してくる。


ここに事の本質を端的に示すデータがある。GDP(生産高)の増加額から、借金の増加額を引けばどうなるかという数字である。(これをGDPで割れば成長率-借金率という数字となる。)
国の借金=国債は公共事業や福祉を通じて、GDPに上乗せされてゆく。その分を引くということは、借金がなければ実際のGDPはどうなっていたかを示すことになる。
この数字はすでに’73年には、正味の生産高、つまり借金額の増を引いた正味のGDP=生産高は、マイナス成長に転じてしまうことになる。そしてその数字は一貫してマイナスの傾向を示し’現在においては’70年段階の実質GDPを大きく下回る数字となっている。
つまり’70年以降は全く成長していない、あるいは借金がなければ実質マイナス成長だったということだ
それは自然状態ではすでに’70年段階で市場は縮小し始めているということである。‘70年といえば、すでに三種の神器(白黒テレビ、電気洗濯機、電機冷蔵庫)がほぼ普及し、新三種の神器(マイカー、カラーテレビ、クーラー)も各家庭に行き渡りつつあった時代である。つまりこの段階で物的欠乏→物的充足は飽和限界(これ以上特に欲しい物がなくなった状態)を迎えた事を意味する。

%E6%A0%AA.jpg
「写真はコチラからお借りしました。」

需要が飽和している所に、巨額なマネーを流し込んでも、市場は余分なマネーでジャブジャブになるだけである。しかし、いくらマネーでジャブジャブになっても、常に供給過剰・需要不足なのでインフレにはならない(=余分なマネーが吸収されない)。そこで、必然的に余分なマネーは土地や株式etc供給に限界のある投機商品に流れ込み、投機商品のハイパーインフレ=バブルを生み出す。
こうして’85年以降、日本経済は世界の先頭を切って、バブルによってGDPを水膨れさせる偽りの経済=バブル経済に突入していった(続いて’90年以降、米欧はもちろん、新興の中露も巻き込んで世界中がバブル経済に突入してゆく)。
つまり、’85年以降、市場はバクチ経済の段階に突入したのである。


確かに、過去のように供給力=生産力が不足している状態でお金を大量にバラ撒けば、購買力だけが拡大することとなり需要と供給のアンバランスから、物価が上昇しインフレとなる。しかし、現在は「特に欲しい物が無い」という意識状態、即ち、常に供給過剰の時代へと状況が一変している。そのような状態では、お金をバラ撒いたからと言って、必要以上にモノを購入することは無いので、インフレは生じない。
需要が不足する中で、市場にお金を注ぎ込んでも、消費が活性化するわけではないので、必然的に貯蓄だけが膨れ上がってゆく。市場が伸びない中では、企業も設備投資を控えるので、金融機関にお金がだぶついていくことになる。このようにして余ったマネーは必然的に投機に回ることになる。これがバブルである。その結果、日本の場合、ピーク時で株価は5.5倍、土地価格は3.5倍にまで膨れ上がった。これは、バラ撒きの必然である。
他方、日本バブルの崩壊後、余剰資金は世界中に向かい世界中をバブル化させることになった。その結果経済は完全にバクチ化する。全世界で、貿易決済に必要なドルは7から8兆ドルとされている。また世界の総GDPは30兆ドルである。それに対して、ピーク時には投機世界で世界を駆け巡るドルは何と300兆ドルに達した。つまり投機経済は実体経済の10倍から40倍の規模に達したのだ。バクチ場が経済を支配する、極めて危うく異常な構造が現在の市場の姿なのである。

List    投稿者 kuwamura | 2010-04-15 | Posted in 06.経済破局の行方5 Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2010/04/1615.html/trackback


コメント5件

 hihi | 2010.12.07 19:50

シュメールとドラヴィダが繋がっているというのは初めて聞きました。
すごい。

 パルタ | 2010.12.25 15:40

トルコ系はシベリア起源のようです。
バイカル湖の北、南シベリアで中国語で
丁零、鉄ロクと言われる部族が起源だとか。

 hiroaki | 2010.12.28 14:13

>hihiさん、遅まきながらコメントありがとうございます。
仮説を組み立てながら歴史を紐解いていくと、今まで考えたこともないような意外なことが見えてきますよね。なんでや劇場での提起を受けてみんなで発信を重ねていくことで、さらに事実に近づいていくのだと思います。
>パルタさん、コメントありがとうございます。
トルコ系についてちょっと調べてみると、確かに南シベリアの丁零が起源になっているようですね。ところがこの丁零の出自がよくわかっていないようです。一緒に追求していきましょう。

 パルタ | 2011.01.16 14:57

hiroakiさん、コメントありがとうございます。
トルコ系に比べて、アーリア系は
インド、アフガン、イラン、カフカス、ロシア、
地中海沿岸、西欧、北欧と居住した地域によって
気質も著しく分化していったように思います。
この辺も重要かと思います。

 hermes bags keywords3 | 2014.02.03 3:30

hermes wallet outlet 日本を守るのに右も左もない | 11/28なんでや劇場(5) インドの部族移動の歴史と中国の部族の追求課題

Comment



Comment


*