2011年03月09日
新モンゴロイド(トルコ族)とコーカソイドは、どのように遭遇したのか?
「新疆ウィグル自治区(トルコ系)の踊り子たち」(中東のベリーダンスに似て挑発的である)
画像はこちらからお借りしました。
2011年03月06日の記事「モンゴル方面では遊牧化よりも父権転換が先行していたのではないか?」によれば「母権制⇒父権制への転換が起きたのは、5000年前~4000年前頃(紅山文化~下層夏家店文化の時期)であり、父権制への転換が起こった後に遊牧は本格化した」ということである。
この記事は、モンゴル高原の東部~大興安嶺山脈付近にいた遺跡の発掘事実を元にしている。つまり、この説はツングース祖族については当てはまるだろう。実際、大興安嶺山脈周辺は獲物が豊かな森林地帯であり、その後のツングース族も清建国の直前まで、半農半牧・狩猟生活を続けていた。
また、『スキタイと匈奴 遊牧の文明』(林敏雄著 講談社)では、3700~3600年前の段階ではユーラシア草原にはまだ純粋の遊牧は見られず、ましてや騎馬遊牧民は出現していないとしている。これが学界での定説のようである。
いつも応援ありがとうございます。