2011年12月28日

民主主義と私有権は不可分一体であるが、大衆のそれは支配者の都合によっていつでも剥奪され得る

%E2%97%8B%E8%BF%B7%E3%81%88%E3%82%8B%E7%BE%A4%E8%A1%86.jpg
画像はこちらからお借りしました。
「17世紀欧州で、近代科学と民主制と中央銀行制度が確立したのは何故か?」で、次のような提起をしました。
【1】民主主義制度は私権確保の軸上で、自我⇒私権要求に応えて成立したものであり、それを正当化したのが社会契約説である。
【2】中央銀行制度とは金融勢力が国家を収奪(支配)する仕組みであり、社会契約説や民主主義は、金融勢力が国家を収奪(支配)することを正当化する思想である。
今回はその論証です。
民主主義と私有権確保との繋がりを歴史的に検証します。
いつも応援ありがとうございます。

にほんブログ村 政治ブログへ


img1215-01.jpg
「大憲章(マグナ=カルタ)」
画像はこちらからお借りしました。
歴史上、民主主義の成立過程では常に「私有財産権の不可侵」がセットになっている。
1215年マグナ=カルタ(英)
イギリスのジョン王がフランスとの戦いに敗れてフランス内の領地を失ったにもかかわらず新たに戦を仕掛けて再び敗戦したために、1215年にイギリス貴族たちがジョン王の廃位を求めて結託した。それにロンドン市民も同調したため、ジョン王が貴族たちの要求する条項に調印したのが、マグナ=カルタである。
これがイギリス議会政治の基礎と言われる。
そこでは、
第1条「教会は国王から自由である」
第12条「王の決定だけでは戦争協力金などの名目で税金を集めることができない」
第13条「ロンドンほかの自由市は交易の自由を持ち、関税を自ら決められる」
第14条「国王が議会を召集しなければならない場合を定めた」
第38条「自由なイングランドの民は国法か裁判によらなければ自由や生命、財産をおかされない」と、第12条・第38条で私有権の不可侵が謳われている。
1688年イギリス権利の章典では、
「国王大権の名をかり、議会の承認なしに金銭を徴収するのは違法である」と私有権の不可侵が謳われている。
1689年のジョン・ロックの社会契約説では、
「自然状態下において、人は全て公平に、生命、財産(所有)、自由の諸権利を有する。政府は諸国民のこの三権を守るために存在し、この諸国民との契約によってのみ存在する。政府が国民の意向に反して生命、財産や自由を奪うことがあれば抵抗権をもって政府を変更することができる」
これは、まるで「私有権要求に応じなければ国家を転覆することも辞さない」という恫喝である。
1776年(アメリカ独立宣言にも取り入れられた)ヴァージニア権利章典では
「すべて人は、生来ひとしく自由かつ独立しており、一定の生来の権利を有するものである。これらの権利は人民が社会を組織するにあたり、いかなる契約によっても、人民の子孫からこれを奪うことのできないものである。かかる権利とは、すなわち財産を取得所有し、幸福と安寧とを追求する手段を伴って、生命と自由とを享受する権利である。」
1789年フランス人権宣言では
第十七条「所有は不可侵で神聖な権利であるので、法的に示された公的必要性が明白にそれを要求する場合や、公正で優先的な保障の条件の下でなければ、何人も私的使用を奪われえない。」
但し、この宣言において保障されていた人権は、「市民権を持つ白人の男性」に対してのみである。
このように、民主主義の成立過程では常に私有権の不可侵が謳われている。民主主義と私権の確保は不可分なのである。
さらに遡れば、民主主義の原点であるギリシアの時代から、民主制は略奪者(ギリシアの男たち)の私権要求に応えた、分け前分配制度である。
ギリシアの民主制は、利益の山分けを求めて、逃亡奴隷や滅亡部族の生き残りが集まる。彼らを統合するには「戦利品は平等に分配する」という約束事=契約が不可欠である。そして、それまでは交易部族でも財は部族の共有であったが、平等分配契約によって個人所有に変わる。これが現代に繋がる西洋人の平等観念の原点であり、ギリシアの民主制もギャング集団を統合するための組織論に他ならない。
『るいネット』「略奪集団であるが故に自我の塊になった西洋人」
イギリスでは1688年名誉革命からわずか6年後の1694年に中央銀行制度が確立し、金融勢力が紙幣発行権を独占し国家にお金を貸すという、無から有を生み出す仕組みによって、その後の国家は金融勢力に支配され、借金漬けになってゆく。
『るいネット』「超国家・超市場論11 市場は社会を統合する機能を持たない」

事実、市場は社会生活を営む上で不可欠の社会基盤(道路や港湾や上・下水道etc)さえ、決して自らの手で構築しようとはしなかった。それどころか、自ら(=市場の拡大)が作り出した貧困(⇒福祉)や戦争さえ、その遂行と尻拭いの全てを国家に押し付てきた。そして自力で拡大することが出来なくなった今では、自分自身の拡大さえも国家(国債)に押し付け、国家(地方を含む)は700兆もの借金で首が廻らなくなって終った。
ここまで来れば、市場が国家の寄生物でしかないことは、誰の目にも明らかだろう。

この経緯から考えて、イギリスの民主革命とは金融勢力が中央銀行(イングランド銀行)を制度化するために必要だったのだと考えるべきだろう。民主主義は私権要求を制度化したものであり、金融勢力が国家を食い物にする方便である。
だから「民主主義は自我の暴走装置」となるのである。
(金貸し支配や中央銀行制度を批判する識者はたくさんいるが、それを生み出した民主主義を批判する者はほとんどいない。)
この背景には欧州の大衆的期待の変化がある。
元々、国家は略奪闘争→戦争圧力下での人々の安定⇒統合期待に基づいて成立したものだが、近代においては大衆の期待が私権(豊かさ)期待に変わった(その契機になったのが、17世紀に全欧州で繰り広げられた略奪闘争である)。
だから、国家は力の原理に基づく武力支配体制から、私権要求に応える民主主義国家に改造されたのである。
 
「特権階級の世界と大衆共認の世界を繋いでいたもの(3)近代~’70年までの豊かさ期待」
「大衆と特権階級を繋いでいた、豊かさ期待という社会意志」
%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0~1.JPG
画像はこちらからお借りしました。
ここで注目すべきは、フランス人権宣言で保障されていた人権は「市民権を持つ白人の男性」に対してのみである。女性や奴隷、有色人種は人間として見なされなかったのである。ギリシアの時代から、民主主義とは略奪者(白人の男たち)の分け前分配制度なのである。
その後、選挙権(参政権)が拡大されるが、これは、「大衆を私益第一の傍観者たらしめて支配するのが民主主義である」で明らかにしたように、大衆は社会の公益を理解できないアホと見なされ、大衆を私益第一の傍観者とすることではじめて民主主義が正しく機能されるとされた。そこで大衆を傍観者たらしめる武器がマスコミによる世論操作である。これが20世紀の民主主義の基本的な枠組みだったのだ。
このように、選挙権の拡大はマスコミや教育制度による共認(世論)支配とセットになっており、それによって大衆共認(世論)を支配することができるのであれば、むしろ、全大衆に形式にすぎない選挙権を与えた方が、金融勢力にとっては国家支配が強化されるので、好都合だったからである。
また、大衆を私権第一の傍観者にしておいて、その私的な欲望を刺激し続ければ市場は拡大し、金融勢力はますます儲かることになる。

だから、最初は略奪者(白人の男たち)の分け前制度だった民主主義が全大衆にまで拡大された。
これが大衆民主主義が成立した真相であろう。
支配者(金融勢力)の都合によって大衆民主主義が成立したのであって、逆に言えば、民主主義も私有権も、真の支配者(金融勢力)にとって都合が良いから大衆に分け与えられたにすぎない。金融勢力に都合が悪くなれば、いつでも剥奪されることになる。
実際、1929年の世界大恐慌下のルーズベルト政権下で、アメリカ人が保有していた金地金がすべて没収され、金(ゴールド)の売買がいっさい禁止された(これは未来予想ではない。列記とした史実である)。
また、「民主主義とファシズムは同じ穴のムジナである」でも紹介されたように、最大の民主国家アメリカは追い詰められた昨今、急速にファシズム化している。
剥奪のカラクリが、「所有は不可侵かつ神聖」と言いながらフランス人権宣言にあるような留保事項「法的に示された公的必要性が明白にそれを要求する場合」という条項である。それは議会や官僚・マスコミを裏で牛耳る金融勢力をはじめとした支配階級によって大義名分はなんとでも捏造できる。この大義名分さえ捏造できれば大衆の私有権などいつでも剥奪されるのである。
「10/30なんでや劇場2 支配階級の私有権は絶対不可侵だが、庶民の私有権は剥奪され得る」

●私権制度の起源は?
母権制社会までは物財は集団の共有であった。
戦争が始まると、略奪品や占領した土地は原則として王の所有に一元化されたであろう。∵将や兵士による着服が頻発すると統制が取れなくなるからである。
この段階では、王一人に全ての財や土地が集中するわけだから究極の私有制とも云えるが、所有しているのは王だけなので集団の共通物として王が管理していると見れないこともない。
ところが次の段階では、王は功ある将に財や土地を分け与える。その将が配下に分け与える。最後に末端兵士から農民にまで土地が分け与えられてゆく(本質的には貸し与えられたと見るべきだろう)。このように、財や土地全てを所有していた王から次々と下の者に財や土地が分け与えてられてゆく。これが私有制度が形成されてゆく構造である。
つまり、元々、私有権は王の裁量(腹一つ)で下々に分け与えられたものに過ぎず「私有権が絶対不可侵である」という現在の常識は騙しである。
「私有権は絶対不可侵」というのは「王or支配者の私有権は絶対」というのが本当の意味である。但し、それでは人々の共認が得られないので「万人に私有権がある」という騙しによって、私有制度が共認されたにすぎない。
実際、支配者からすれば大衆の私有権などいつでも剥奪できるのであって、例えば、これから行われるであろう支配階級による預金封鎖とは私有権の剥奪そのものである。大衆の私有権など、権力者の都合次第で簡単に剥奪されるのである。

「民主主義とファシズムは同じ穴のムジナである」ことと、「支配階級の私有権は絶対不可侵だが、庶民の私有権は剥奪され得る」ことは、一つの論理で統合できる。
民主主義と私有権要求は不可分一体であり、かつ、大衆民主主義と大衆の私有権は金融勢力をはじめとする支配者の都合によって大衆に分け与えらたものである。
従って、支配者の都合によって、例えば支配者が追い詰められれば、民主主義は簡単にファシズムに転化し、大衆の私有権は簡単に剥奪されるのである。

るいネット
メルマガ

List    投稿者 staff | 2011-12-28 | Posted in 08.近現代史と金貸しNo Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2011/12/2177.html/trackback


Comment



Comment


*