2007年08月27日

通貨制度の歴史①(発行権が国家から金融資本へ)

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8/11なんでや劇場「『晴耕雨読』の市場論に学ぶ」を受けて、通貨制度の歴史を調べてみた。
『日本人が知らない 恐るべき真実』の第四章「お金の歴史」が端的にまとまっている。以下、引用。

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〔鋳造貨幣〕
紀元前6世紀頃には、各国で盛んに鋳造貨幣がつくられました。重量や混合物が一定の鋳造貨幣は、交換価値の尺度となります。たとえばボールペンと箸はまったく別の分野のモノなので、本来は比較できないのですが、価格という価値尺度を間に挟むと、不思議と100円のボールペンと500円の箸ならば500円の箸の方が価値が高く感じられ、逆に500円のボールペンと100円の箸ならば500円のボールペンの方が価値が高く感じられます。このようにあらゆる分野の商品の価値を、価格という一定のモノサシで測ることができるようになりました。
ただ、誰もが勝手にこの鋳造貨幣をつくってしまっては、本当に重さは正しいのか、混合物の量が一定なのか不安になります。信憑性が薄くなると、やはり取引の度に調べなければなりません。そこで次第に国王や貴族など、権威のある人に鋳造貨幣をつくる権利が集中していきます。
これまで、お金の量は「どれだけ金(銀・銅)が発見されるか」にかかっていました。しかし、貨幣発行権の集中は、誰にどれだけお金を分配するかを決める権利を時の権力者に与えることになりました。これにより、お金は「支配の道具」にもなっていきます。

〔兌換紙幣〕
さて、中世の後期、最も価値の高いお金の単位は金のコインでした。その金の純度をチェックするのは金細工師の役割です。金細工師の家には、大きな金庫があり、当時のお金持ちは金貨を強盗や空き巣から守るために、その金庫に預けていました。金細工師は金貨と引き換えに受領書を渡し、保管のための手数料をもらっていました。
お金を預けていたお金持ちのAさんは、何かを購入するときに金細工師に受領書を渡し、引き出した金貨で支払いをします。その代金を受け取ったBさんは、金貨を持っていると強盗や空き巣に入られると困るので、やはり金細工師の家の金庫に預け、受領書を受け取ります。それならば、わざわざAさんは金貨を引き出さなくてもBさんに受領書を渡せば、それで済むことです。次第に人々は金貨を使って取引するより、直接、受領書を使って支払する方が便利で安全であることに気づき、その受領書が紙幣の役割をすることになります。
こうして人々が紙幣で取引をし始めると、金細工師の金庫の中にある金貨は眠ったままになります。「もし預金者全員が一度に金貨を引き出しに来なければ、この金貨を担保に紙幣を発行してもよいのではないか」そう考えた金細工師は、お金に困っている人に紙幣を貸し出し、その貸し出し料として利子を受け取るというビジネスを始めたのです。
こうして13世紀のイタリアで近代式銀行業が始まりました。この時から、お金は銀行から融資を受けた時につくられる(=信用創造)ようになったのです。よく考えてみれば、預かっている金貨は金細工師の金ではありませんし、勝手にそれを貸し出しているのですから、これは横領です。しかし、その方法は秘密裏にされていたために非難されることはありませんでした。
お金が、銀行が発券する紙幣に変わっていくと、これまでのように国家がお金をコントロールすることができなくなりました。近代になると、政府と銀行の間で一つの取引がなされます。それは政府が必要とする資金を常に供給する代わりに「銀行がお金を発行し管理する権利を得る」というものです。このような取引は、1668年にスウェーデンの不動産銀行(現在のスウェーデン中央銀行)と初めておこなわれ、これをモデルにイギリスでも1688年にイングランド銀行が誕生。その後、そのような役割と特権を持った中央銀行が各地で誕生しました。

イギリスの中央銀行イングランド銀行設立の背景は、07年3月25日の記事「紙幣=銀行券の原点は、国家の借用証書(手形)」も参照。
整理すると、
①最初、貨幣の鋳造権は国家が握っていた。
②中世末期、金の保管証券が紙幣として流通し始め、銀行家(金融資本)は保管している金を担保に紙幣を発行し、それを貸し付け、利子を取る商売を始める。「信用創造」と呼ばれるが、実態は、人から預った金1を担保に紙幣10を発行し貸し付ける話あって、「貸付膨張」というのが正しい。
③一方、国家紙幣の原点は国債証券であり、国家財政は赤字だったため、信用がなかった。
④「国債を買う代わりに、紙幣発行権の独占を認めてくれ」と銀行家が国家にもちかける。これが17世紀末の中央銀行イングランド銀行の始まり。
⑤イングランド銀行の紙幣(銀行券)も最初は法定紙幣ではなかったし、現在のような絶対的な信用もなかったが、国家がイングランド銀行に便宜を図り、何度も同行を債務不履行から救った。1833年イングランド銀行の紙幣がイギリス唯一の法定紙幣となった。
この辺りにも、何か裏(金融資本から国家への働きかけ)があったのではないか?
以上から、紙幣の原点は2つあることになる。国家の借用証書(国債)と金融資本(銀行家)の金の保管証券。金の保管証券が金本位制の原点だが、アメリカ連邦準備制度(FRB)のシステムは国債が原点らしい(国債本位制と呼ぶのがふさわしい)。『晴耕雨読』「連邦準備銀行と日銀の違い:ドル紙幣は貨幣ではなく「利子がつかない小額の国債」」に詳しい。  
引き続き、追求する。
(本郷猛)

List    投稿者 hongou | 2007-08-27 | Posted in 08.近現代史と金貸し2 Comments » 

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