2008年12月21日

『国際金融機関どうなる?』5.国際金融機関設立の目的 ~IMF・世界銀行と金貸しとの関係 その2~

1944年  ブレトンウッズ会議       
       英国代表は経済学者のジョン・メイナード・ケインズ  
       米国代表はハル・ノートの草案作成者、財務次官のハリー・デクスター・ホワイト
1945年  世銀・IMF 実務稼働 、米ソ冷戦構造の起源
1947年  マーシャルプラン(欧州復興計画)
1963年  米国:ケネディ大統領が、『政府券』の発行を命じる。→65年:暗殺
1971年  ニクソンショック(固定相場制⇒変動相場制)(米国 金保有量ドル発行額の22%)
       米国:力の限界、米ソ冷戦構造の限界、西欧・日本の復興
1974年  米:金の先物取引市場(コモディティ市場)創設
1985年  プラザ合意 米国の財務長官ジェイムズ・ベイカー(ロスチャイルド系)が主導。
       英国の投資銀行ブラウン・シプリー社の創業者アレグザンダー・ブラウンの一族。
       (ジェイムズ・ベイカーの祖父は、FRBの大株主ファースト・ナショナル・バンクの設立者。)
       1985年・1987年 ベイカー提案により、IMF・世銀の役割・機能拡大が成されていく
1989年  米ソ冷戦構造の終焉
       冷戦後はロスチャイルドが、米政府の経済政策を立案する黒幕となっている。
1993年  民主党 ビル・クリントン大統領(ロスチャイルド支援)
-2001年  欧州通貨危機発足後のメキシコ通貨危機~アルゼンチン・トルコ通貨危機誘発
        により、世銀・IMFの融資先拡大 【ドルペッグ制が原因】
2008年   米国発金融危機
        金融サミット 【欧州主導】
2009年   第44代米国大統領 民主党:バラク・オバマ   ドル基軸通貨崩壊・ブレトンウッズ2協定?
==========================================
『国際金融機関どうなる?』4.国際金融機関設立の目的 
~IMF・世界銀行と金貸しとの関係 その1~ の続きです。

にほんブログ村 政治ブログへ


③ケインズ案は、英国支援なのか?ホワイトは、米国支援なのか?
1944年のブレトンウッズ会議は、英国代表は経済学者のジョン・メイナード・ケインズ、
米国代表は日本が開戦を止む無くした「ハル・ノートの作成者」、財務次官のハリー・デクスター・ホワイトであった。
結論から言えば、両者ともロスチャイルドが仕掛けた代理人であり、英国VS米国という国家間の対立構造があった訳ではない。
当時、世界全体の金の保有額(約380億㌦)のうち米国が約200億㌦を保有していた。
英国は7億㌦余に過ぎず、主導権は「米国」へという流れとなっていったのである。

英国は、著名な経済学者であるケインズを会議に送り込み、「戦後経済の復興は、英・米を軸とした、国際清算同盟の設立で実行していくべきだ」と主張した。
一方、米国は「金本位制を土台として」と主張した。
一見すると、ケインズは、金・ドル基軸通貨体制への移行を避けたいと言う英国の意向を持ち合わせていたかのようにみえるが、当時の国力差からいうと明らかに、米国が有利であった。
ブレトンウッズ体制を主導したのはヘンリー・モーゲンソー・Jr(ロスチャイルドの一族)52代財務長官と、財務次官のホワイトであった。
ケインズ案の「英・米2基軸のもと」を否定したのは、会議に集まった他国首脳の強力な意向だった。
1929年の世界恐慌に端を発した30年代、各国は不況に喘ぎ通貨の切り下げ競争が起こった。
相次いで“通貨ブロック”が形成され、保護主義が横行した。
世界経済は疲弊しきり、それが原因で戦争に繫がって行った。
戦争を防ぐためにも、『安定した金融・経済体制を求めたい』、がコンセンサスだったのである。
そういう観点から、米国の「金本位制・固定為替相場の下」に大方の国が、賛同した。
◎ロスチャイルドVSロックフェラーという対立構造があった訳ではない。
どちらの案が通っても、ロスチャイルドが優勢になるように、仕組まれていたのである。
(ロックフェラーは、第三諸国内での利権を確保する為に、ブレトンウッズ会議に入りこもうとしていたに過ぎない。→ホワイトを支援)
イギリス代表のケインズは、南アフリカの中央銀行設立者のストラコッシュ(ロスチャイルド系)と仲良がよく、このストラコッシュが、現在南アで第二の鉱山会社ゼネラル・マイニング・ユニオンの会長として君臨したのですから、ケインズは経済学者ではなく、鉱山利権の代理人としてブレトンウッズ会議に参加していた。また、ケインズは、ロシア人(共産主義社会)と結婚していた。(会議の2年後に心臓発作で死亡)
アメリカ代表のハリー・デクスター・ホワイトは、リトアニア移民のユダヤ人の息子である。彼の妻も、ロシア系ユダヤ人の有名な童話作家アン・テリーであり、当時のソ連と深い関係を持っていた。(後に、ニクソンに赤狩りで糾弾され 心臓発作で死亡)
ホワイトは、財務省に入って、財務長官ヘンリー・モルゲンソーの側近となり、彼の代理人としてブレトンウッズ会議に送り込まれた。
ところがモルゲンソーもまたロスチャイルド家の人間であり、モルゲンソーがブレトンウッズ会議の実際の主役であった。
モルゲンソーとケインズが直接話し合って、金の価値体系が、決められた。
南アの鉱山会社が、これで大勝利を収めた。
④戦後ロックフェラーVSロスチャイルド抗争は、あったのか?
第一次世界大戦で財力△(石油・金融)したロックフェラーは、
第二次世界大戦において、軍産複合体を基盤として、巨大財閥へと変貌をとげた。
そして、第一次世界大戦~第二次世界大戦迄、
ロスチャイルドとロックフェラーは、金融複合体として、連携
していた。

第二次世界大戦時に、両者が衝突しているように見受けられるが、市場が飽和状態ではなかった為、両者の利権が対局する方向で一致していたものと思われる。
しかしながら、第二次世界大戦終盤には、その様相が変わってくる。
戦後ロックフェラーVSロスチャイルド抗争の大きな局面があったとすれば、それは
1971年のニクソンショック(ドルの金との兌換停止)の時であることは言うまでもない。

ニクソンの時代に、ブレトンウッズ体制が崩壊させられた訳だ。
ケインズとホワイトが決めた金・ドル固定相場が崩れ、金の価値が崩れた事件であった。
これはいわゆる「ドル・石油兌換体制」というべきものでありかつての「金」を「石油」に置き換えた。
この体制変換は、アメリカからの金の流出が止まらず、1971年の米政府が所有していた金保有量は、ドル発行総額の22%しかなかった事に起因している。
ロックフェラーは、米国の金を持ち出した欧州(≒ロスチャイルド)に、反撃を加えたのだ。
翌年の1972年に、ディヴィッド・ロックフェラー自身が提唱した米欧日三極会議によって『全世界のすべての原油価格は、必ず独占的にドルで値決めされなければならない』という内容が決められた。
日米欧三極委員会が設立する際の裏話としては、ロックフェラーがビルダーバーグ会議で、経済成長を遂げた日本も加えたらどうかと提案したところ、欧州勢から反対を受け、独自に設立した組織であることからも、ロスチャイルドとの主権争いがあったことが伺える。
石油=ドル本位制(ロックフェラー優位)に変わった時点からIMFは、元来の存在理由を失った。
同時に、米国内ではロスチャイルドとの主導権争いが激化していく事となる。
●ニクソンショックのもうひとつの狙いは、「金を再備蓄すること」
すなわち、金とドルの結び付を取り除くことで、
金を改めて買い集めてアメリカ国内に最備蓄することである。

このコモディティ市場の成立によって、金の相場支配権をアメリカが奪い取ったことは歴史的に重要なことである。
ニューヨークに金の先物取引市場(コモディティ市場)が創設された1974年12月に40年ぶりに民間の金所有の自由化が断行されている。
1990年代に入ってからヨーロッパの中央銀行は保有金を売却していたが、アメリカはその金を着実に安値で拾って買い集めていた。
●金鉱山会社支配
南アフリカの白人社会が政権から追放され、アパルトヘイト(人種隔離)政策が廃止された時点で、南アフリカはアメリカの勢力下に組み入れられてしまった。それにより南アの「アングロ・ゴールド」(アングロ・アメリカン社)や「ゴールド・フィールズ」といった世界的に名だたる金鉱山会社の所有権は、ロスチャイルド系からロックフェラー系に移ってしまった。
従来ロスチャイルドが握っていた金市場をロックフェラーは1970年代以降2000年頃にはほぼ握ったことになる同時に金市場を長期低迷させ、安い金額で買い集めた。しかしながら、現在どのくらい集積させているかは不明である。(米国内を見ても意味が無い。おそらくスイスに金はある。)
金融ネットワークを構築していたロスチャイルドを弱体化するシナリオが、ニクソンショックだった。
米中国交樹立、ニクソン大統領の中国訪問で、ロックフェラーの多極化路線が実行されていく。
ニクソンショック以降の両者の力関係は、50:50ないしは、60:40の間で均衡しているものと思われる。
その力関係を表すものの指標としては、戦後の政局(民主VS共和)の流れがそれを物語っている。
参考サイト: 米金融界が米国をつぶす 田中 宇より以下引用
******************************************
19世紀末、JPモルガンなどニューヨークの大銀行家たちが、財政破綻した米政府に金を貸して救ってやって以来、現在まで、米財務省は銀行家の意に反したことをやらない。
第二次大戦前はJPモルガン戦後はロックフェラー財閥、そして冷戦後はゴールドマンサックス(ロスチャイルド)が、米政府の経済政策を立案する黒幕である。
******************************************
2008年今現在、ニクソンショック以降の第2回目の大きな攻防戦が両者の間でなされている。
この力学関係の現状を掴むには、世界中の大富豪の資金が集まるスイスに着目しなくてはならない。
スイスの金融界の、中核の1つである、スイスユニオン銀行や、BISの内実を掴む必要がある。

また、スイスの金融業界を支配するシェルバーン伯爵一族などを捉えることで、表舞台に出てこない大ボス中の大ボスを捉えることにもなるかもしれない。
そこから投資先を求め、資金がロスチャイルド、ロックフェラーへと、「天下り」して来る。

以後、『金の仕組みと流れ』を当連載シリーズの中で追及していきます。
⑤ポンド⇒ドルへと基軸通貨を移行する為に作られたドルバラ撒き機関。
上記①~④の流れからみても分かるように、ニクソンショック以前迄は、ロックフェラーもロスチャイルドもない。両者の金融複合体が儲ける為の手段として行なったのが、第一次世界大戦であり、第二次世界大戦だった。
また、新興国のドルをバラ撒く機関として設立したのが
①FRB⇒②ブレトンウッズ会議(世銀・IMF体制)⇒③マーシャルプランなのである。
この『金融複合体』は、弱体化したポンドに換わって、ドルをばら撒く機関として設立された。
米国社会を動かしているのは、ウォール街、米国財務省、世界銀行、IMFの『金融複合体』で、これらの諸機関は相互に人事を交換し、タイアップしている。
世銀やIMFの実働部隊は、ほとんど米国金融機関のスタッフで占められている。

⑥IMF・世銀の役割変質→搾取システムへ
1971年(ニクソンショック)以降、世銀とIMFは、元来の存在理由を喪失していた。
世銀とIMFは、新しい役割をロスチャイルドによって与えられたのではないか?

というのも、先進諸国が戦後復興を遂げ、冷戦構造が終焉
(市場の飽和状況)を向かえる中で、『第三諸国支配』が次の相場である事は間違いない。

また、ロスチャイルド主導である理由は、米ソ冷戦構造が、終焉する1985年・1987年の2回に渡り、ロスチャイルド系統のベイカーによって、IMF・世銀の役割・機能拡大が成されていることや、1992年欧州通貨危機発足後の1994年メキシコ通貨危機~2001年アルゼンチン・トルコ通貨危機の誘発が、民主党クリントン政権の中で全て起こっているからだ。
たっぴ むらいく
==========================================
●参照サイト
夏風 ブログ 『ロスチャイルド関連の世界史 他』
Electronic Journal ハルノート/金本位制は3つある。/「バンコール」とは 
『赤い楯』(広瀬 隆 著)の要約
日本を守るのに右も左もない
ロックフェラーメモ①1859~1914:石油産業独占→アメリカ支配へ
連邦準備制度(FRB)は、世界中の富を略奪する機関(1)
アメリカ・ロックフェラー系による金市場支配
アメリカ・ロックフェラー系が主導した第二次大戦

List    投稿者 kyupibekamu | 2008-12-21 | Posted in 08.近現代史と金貸し9 Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2008/12/977.html/trackback


コメント9件

 kaz | 2009.04.14 19:52

日本の勤勉性を見習って自ら転換しようとした当初の政策が、大国、強い外資に依存する目先経済に陥っているのが今のマレーシアのようですね。
このままだと、いつまでも自立した経済は達成できず、大国へのヤドカリ経済では、他国任せでどうにでもなるということ。そこには本当意味でのマレーシアの未来は無い気がします。
国民性や歴史にも関連するのでしょうが、転換できる可能性はあるのでしょうか。次回が楽しみです。

 tama | 2009.04.14 20:35

マレーシアと日本の関係は、日本とアメリカとの関係とおなじ構造なのでしょうか?
マレーシアに未来がないなら、日本にも未来がないように思います。
次回、「マレーシアの今後の可能性」楽しみにしています。

 船長 | 2009.04.14 23:10

kazさん
コメントありがとうございます。
>日本の勤勉性を見習って自ら転換しようとした当初の政策が、大国、強い外資に依存する目先経済に陥っているのが今のマレーシアのようですね。このままだと、いつまでも自立した経済は達成できず、大国へのヤドカリ経済では、他国任せでどうにでもなるということ。そこには本当意味でのマレーシアの未来は無い気がします。
とありますが、マレーシアが転換できる可能性としては、自立型の国家形成を図るしかないと思います。具体的な内容は次回書きますので、お楽しみに♪

 船長 | 2009.04.14 23:20

tamaさん
コメントありがとうございます。
>マレーシアと日本の関係は、日本とアメリカとの関係とおなじ構造なのでしょうか?
うーん、アメリカに輸出して稼ぎを得る手法は変わらず、大国に依存しないとやっていけない状況だと思います。ですから、消費が衰退し貿易量が減少した現在、貿易立国は方向転換しないと、赤字になってしまいます。ですから、自立型の経済モデルを作成することが必要不可欠になると思われます。
>次回、「マレーシアの今後の可能性」楽しみにしています。
ありがとうございます。がんばります!

 taku | 2009.04.16 20:43

マレー人(オーバーステイのラーメン屋店員)が、マレー人はみんな貧乏で中国人にいじめられている、と言っていました。

 米流時評 | 2009.04.17 9:19

海軍伝説・ネイビーシールズの殺しのライセンス

    ||| 海軍伝説 殺しのライセンス |||
 米国海軍の特殊任務遂行部隊 NAVY SEALs 究極任務の殺しのライセンス
 ソマリア海…

 ゆっきー | 2009.04.17 22:34

その時代状況に併せて、他の大国に乗換える等上手くシフトしてきたんだなーと関心しました。
だけど、それじゃ目先の利益を追って動いているだけで全然得策だとは思えない。(><)
マハティールは自国民の生活を引上げる・豊かにするためにこの政策を行っていたんでしょうか?
中国が資本主義社会経済に路線変更した背景にアメリカの影響があったと聞いたのですが、マレーシアも裏に誰かいそう…

 hiromi | 2009.04.18 1:30

マレーシアの歴史と現状がすごくわかりやすくまとめてあって、面白かったです。
最近は、中国との関係を強化しているようですが、マレーシアの主要貿易相手国は現在でも日本(輸出3位、輸入1位)!
これまでは、製造業の下請け的な付き合いが多かったと思いますが、共同パートナーとしての可能性があるのではないかと思っています(マレーシア日本国際工科大学などの例もありますし)。

 new zealand hermes handbags | 2014.02.03 0:53

replica hermes bags for sale 日本を守るのに右も左もない | 東南アジア諸国と日本 ~マレーシア編 その2~

Comment



Comment


*