2014年02月23日

金貸し支配の構造5~エリート支配(エリートとは余力という特権を与えられた、金貸しの手先)

「金貸し支配の構造4~諜報機関支配とその崩壊(無能化し、分裂しつつあるCIA)」の最後に、次のような問題提起をした。
「CIAのトップエリートたちがトコトンまで無能化しているということは、エリート支配という金貸し支配の中核が崩壊しつつあることを示唆している。」
今回はまず、エリートとは何か?その正体を明らかにする。
結論から云えば、エリートとは金貸しの手先に他ならない。
いつも応援ありがとうございます。

にほんブログ村 政治ブログへ


【1】まず、エリート官僚・検察が金貸しの手先となっている事例である。
『オルタナティブ通信』2011年11月1日「広域暴力団『霞ヶ関』」

日本の、金融監督庁、財務省では、米国の内国歳入庁IRSで、「ターゲットにした企業の潰し方」を学んできた「留学組」が主流・中枢を占め、これが官僚のエリート養成コースになっている。
米国の政策と「異なる政策」を策定する小沢一郎を執拗に告発しようとする日本の検察のトップの大部分は、アメリカCIAへの「留学・帰国組」である。これが、検察のエリート出世コースとなっている(小沢が悪徳政治家であっても、他の悪徳政治家が見逃され、小沢だけが執拗に摘発されるのは、この「異なる政策」が原因となっている。)
日本の検察は、アメリカ政府の「下部機関」である。
リーマン・ブラザースの破産に始まる今次の世界大不況の「仕掛け人」である、米国の銀行ゴールドマン・サックス。このゴールドマン・サックスが、日本の長期信用銀行を乗っ取り、新生銀行を作った時にも、この米国直系の金融監督庁が「活躍した」。
日本の金融監督庁は長銀に細かい査察を入れ、帳簿上の利益に様々な文句を付け「利益を無くさせ」、帳簿上の「負債」に様々な文句をつけ、負債を巨大化させ、意図的に長銀の「巨大赤字」を「作り出し」、倒産に追い込んだ。内国歳入庁IRSは、帳簿上の「操作」を見抜き、脱税を摘発するのが「専門の機関」である。帳簿上の「操作のテクニックを最も良く知っているのが、内国歳入庁IRS」であり、そのテクニックを駆使し、負債を巨大化させ、利益を縮小させる事は極めて容易である。
この金融監督庁エリート官僚による熾烈(卑劣)な査察に対抗した長銀の社員は会社防衛のために激務をこなし、自殺や脳血栓で過労死する者が多数出た。
検察、財務省等、霞ヶ関の官僚群=アメリカの手足となる組織が日本人から、「より多額の資金を収奪する」、そのテクニックとして復興増税、TPPが推進されている。
サラリーマンからの収奪が、日本政府を通じ、アメリカ政府に「上納」されている。
日本の堅実なサラリーマンと市民を支配する、アメリカン・マフィアと、その部下=広域暴力団「霞ヶ関」の、支配の構造を見抜かなければならない。

【2】「中立公正」を看板に「報道の自由」という特権を保証されてきたマスコミ、同じく「不偏不党」を看板に「学問の自由」という特権を与えられている学者。
彼らマスコミや学者たちが、「中立公正」「不偏不党」という表看板とは全く逆で、金貸しに支配されていることは、「金貸し支配の構造2~マスコミ支配と学者支配(と騙しの数々)」で述べた。

例えば、経済学者がほぼ例外なくインフレを賛美するのは、彼らが金貸しの手先であることの証拠である。
「国債が暴落しても、ハイパーインフレにはならない」
「紙幣をばら撒けば紙幣価値が暴落し、無限に物価が上昇する」というのが経済学の常識であるが、経済学には「物価を規定するのは生産力と消費欠乏との相対関係である」という根本的な視点が欠如している。
それは、経済学が、大衆の消費欠乏の問題を完全に捨象してきたからである。それどころか、経済学は人間の欲望(消費欠乏)は無限に拡大するという嘘を暗黙の大前提としてきた。しかし、現実の消費欠乏は衰弱する一方であり、これでは経済学に基づく経済政策が、ことごとく見当違いな失策となり、経済が再起不能なアリ地獄に沈んでゆくのも当然である。
これは、そもそも金貸し勢力が生み出した経済学というものが、全体構造の中の都合の悪い部分を捨象してはじめて成立する詭弁の体系だからある。要するに、経済学とは金貸しとその手先たちの騙しの道具にすぎない。
「経済学者がインフレを讃美し、デフレを排撃する理由」では、「経済学者集団のペテン」と題して、ほとんど全ての経済学者がなぜインフレを讃美し、デフレを拒絶するのか?その理由が紹介されている。
『心に青雲』2013年12月03日「経済学者集団のペテン」より。

なぜ経済学者という職能集団全体が「インフレ讃美、デフレ排撃」にこり固まっているのだろうか。これは、経済学者がいったい何を生産して飯を食っているのかを考えれば、かんたんに理解できることだ。
経済学者がせっせと生産する後進経済学者の主要な納入先は、いったいどこだろうか。大学を中心とする教育研究機関以外で専門の経済学者を雇う余裕のある組織というと、国や大きな地方自治体、金融機関、一流企業といったところに限られる。
こうして並べて見ると、いつでも、いくらでも、何回でもカネを借りることができるので、インフレで借金の元本が目減りすればするほど得をする組織ばかりだということにお気づきになるだろう。

そう職能集団としての経済学者業の繁栄を図るのであれば、当然「インフレ讃美・デフレ排撃」にこり固まらざるをえないのだ。
 
だが、日本経済を例に取れば、個人家計と中小企業の大半は借金より貯蓄のほうが多い。インフレが続くと、貸してあるカネの価値が目減りするので損な立場なのだ。この点で、経済学者の利害と、いつでも、いくらでも、何回でもカネを借りることができるわけではない一般大衆の利害は、はっきり対立している。
現在職業として経済学をやっている人たちの中に、インフレは借金している連中に得で、カネを貸している連中に損だから、国や大企業や大富豪に有利で、中小企業や国民一般に不利な経済環境なのだという、分かりきった真実をきちんと伝えようとする人はめったにいない。
ほんとうに残念なことだが、たとえ現在雇ってもらってはいなくても、将来やとってくれる可能性のある組織に有利なことを言い、未来永劫にわたって雇ってくれることはない連中には、平然とウソをつきつづけてもいいという、ご立派な職業倫理をお持ちの方々ばかりなのだろう。
経済学者達は、自分たちの仕事を守るために「インフレ讃美・デフレ批判」で一枚岩となっている。現代社会では、経済学界ほど強力な職能集団がインフレ讃美派ばかりだとすれば、インフレがいかに庶民にとって不利な経済状態かという真実は、闇に葬られたままで、金持ちはますます富み栄え、貧乏人はますます困窮するという構図が永遠に続くのだろうか。

また、医学の世界では、製薬会社と医学部・医学者が癒着し、大学の研究者が製薬会社にとって都合がいいように研究データを改竄・捏造し、それを根拠に執筆された不正論文が横行している。
『真実を探すブログ』「製薬会社と医学部の癒着、現役国立大学教授が実名で現状告発!製薬会社と大学教授がグルになって患者を騙す!」
【3】そして、学者たちが金貸しの手先と化したのは、今に始まったことではない。それは近世ルネサンスにさかのぼる。
近代物理学を確立したニュートンも、その経歴からみて金貸しの手先だと考えて間違いない。
「近代科学の成立過程3~近代の科学者は金貸しの手先だった」
ニュートンの教え子モンタギューは世渡りのうまさを発揮し大蔵大臣になり、1696年4月にはニュートンに造幣局監事のポストを紹介した。1694年、イングランド銀行設立のわずか2年後のことである。そして、ニュートンは1699年造幣局長官に就任し、給料と特別手当で2000ポンドを超える年収を得て裕福になった。
そして、科学者たちは金貸しが仕掛けた戦争という国家プロジェクトに組み込まれてゆく。その典型が、第二次世界大戦下の原爆製造計画(アメリカではマンハッタン計画)である。
物理学・科学史の研究者である山本義隆氏は、その著『福島の原発事故をめぐって-いくつか学び考えたこと』(みすず書房刊)「科学技術幻想の肥大化とその行く末」「国家主導科学の誕生」の中で、科学者たちが、原爆製造計画(米マンハッタン計画)をはじめとする国家プロジェクトに組み込まれ、指示された課題をひたすらこなすだけの存在に堕してきたことを指摘している。

マンハッタン計画は、理論的に導かれ実験室での理想化された実験によって個々の原子核のレベルで確認された最先端物理学の成果を、工業規模に拡大し、前人未到の原子爆弾の製造という技術に統合するものであった。
マンハッタン計画はその膨大で至難の過程の全体-以前なら個々の学者や技術者や発明家や私企業がそれぞればらばらに無計画におこなった過程の全体を-を、一貫した指導の下に目的意識的に遂行し終えた初めての試みであった。
抽象的で微視的な原子核理論から実際的で大規模な核工業までの長く入りくんだ道筋を踏破するその過程は、私企業を越える巨大な権力とその強固な目的意識に支えられてはじめて可能となった。
それは官軍産、つまり合衆国政府と軍そして大企業の首脳部の強力な指導性のもとに数多くの学者や技術者が動員され組織されることで実現されたものであった。
もちろん秘密の軍事研究であり、情報管理は徹底されていて、個々の学者の大部分は、全体としての目標への疑問は許されず、というか、そもそも原爆製造という最終目標すら教えられずに、与えられた問題の解決にひたむきに取り組んだ。
マンハッタン計画のこの「成功」をうけて、戦後アメリカ政府は科学技術振興に積極的に介入していった。
実際、第二次大戦後(20世紀後半)の宇宙開発競争のような科学技術は、このような官軍産の強力な指導のもとに大量の学者と技術者が計画的に動員されることで可能となったのであり、当然それは、大国における政治的・軍事的目的、あるいは金融資本と大企業にとっての経済的目的に従属したものであった。動員された学者や技術者はその目標の実現という大前提にたいしては疑問を提起することは許されず、ただその枠内で、目前に与えられた課題の達成にむけて自己の能力を最大限に発揮することのみが求められた。
戦後、原子力開発が民間企業に負わされることになっても、国家の後ろ盾のもとにいくつかの大企業にまたがって担われるプロジェクトとしての原子力開発において、マンハッタン計画と同様の状態が出現することになった。
生産規模の巨大化と生産能率の向上のみがひたすら追及されるが、そのこと自体が意味のあることなのかどうかは問われることはない。そのことに疑問を呈した人間はただ脱落してゆくだけとされる。こうして”怪物”化した組織のなかで、技術者や科学者は主体性を喪失してゆく。

金貸したちは目先の利益追求に追われて、次々と原子力や電磁波といった破滅的技術を導入し、その結果として地球を破壊してきただけであり、その後の地球をどうする?という目処を何一つ持っていないということが、福島原発事故によって明らかになった。
その手先として、指示された課題に対する正当化データを揃えるor捏造することをやってきたのが科学者たちである。
「温暖化の原因はCO2だ」と金貸しから指示された気候学者たちが、それを正当化するデータを捏造することしか考えなかったのも全く同じである。
「金貸しは目先の利益追求に追われて、地球を破壊してきただけ」
一方、金貸しに都合の悪い事実を追求する研究者もいなくはなかった。しかし、彼らの研究は闇に葬られ、今日まで日の目を見ることはなかった。例えば、「忘れられた経済学者シルビオ・ゲゼル①」「忘れられた経済学者シルビオ・ゲゼル②」であり、例えば「エジソンを超える発明家でありながら無名なニコラ・テスラ」
「テスラvsアインシュタイン:銀行家に嫌われたものと好かれたもの」である。
そして、金貸しがエリートたちを支配する仕組みは簡単である。金貸しに都合の良いエリートには余力と場とお金という特権を与え、都合の悪い者からは剥奪するだけで支配できる。
加えてマスコミや学者に至っては、「報道の自由」「学問の自由」という特権まで与えられてる。
「大衆には、運動を立ち上げる余力が無い→余力を与えられた悪徳エリートが支配する社会」

運動を立ち上げるには、余力と拠点が要る。更に、運動を成功させるには、理論が必要になるし、広宣活動も必要になるし、情報収集も必要になるが、理論を追求するにも、広宣活動を展開するにも、情報を収集するにも、膨大な余力(時間)が必要になる。そして、もちろん、それらの活動は、何れも専任した方が集中できて高度化してゆくので、専任化した方が有利になる。
しかし、日々、仕事に追われて暮らしている庶民には、そのような余力も場も与えられていない。まして経営に全力投入している経営者なら、なおさら運動を立ち上げるような余力(時間)は、どこにも無い。
大衆には余力も場も与えられていないということ、それこそが、大衆発の真の運動が立ち上がってこない直接的な最大の原因である。
それでは、そのような余力と場を与えることが出来るのは誰か?それは、云うまでもなく、大衆から余剰利益を収奪し蓄積してきた者、即ち金貸し(金融勢力)である。金貸しなら、彼らに必要なだけの仕事を才能のある者たちに与えることができる。

実際、ルネッサンス以来、金貸しは数万人に1人の才能を発掘しては芸術家や学者や政治家として育て、また他方では諜報機関や大学や広宣機関(マスコミ)を作ってきた。今日では、諜報機関や司法機関をはじめとする官僚機構や議会、あるいは中央銀行や大学やマスコミの中枢は、そのような金貸しの手先たち=悪徳エリートによって占拠されている。そして、彼らは、金貸しに都合の良い情報を、学校とマスコミを通じて、日々、発信し続けている。
他方、大衆の潜在思念は自動的に同類探索に収束するが、情報の主要な発信者が学校とマスコミだけなので、結局は彼らの発信情報に収束してゆく。
かくして、余力も場も持たない大衆は、学校とマスコミによって一方的に与えられた観念や情報に、支配され続けることになる。

しかし、超優秀なはずのエリートたちは今や無能化する一方である。このことはエリート支配という金貸し支配の中核が崩壊しつつあることを示唆している。
 
次回は、金貸しのエリート支配がどのようにして崩壊してきたのか?を扱う。

List    投稿者 staff | 2014-02-23 | Posted in 08.近現代史と金貸しNo Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2014/02/2706.html/trackback


Comment



Comment


*