2007年11月25日

金融資本による世論操作の歴史①

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金融資本が近代国家を牛耳ったのだとしたら、近代民主主義制度も金融資本に都合よく操作されていきた疑いが濃厚である。そのための最大の武器となったのがマスコミであるらしい。
森田実氏もそのホームページの中で以下のように述べている。

ウォール街は郵政民営化法案の廃案で一時は落胆した。しかし巻き返しを決意した。ウォール街は小泉首相が総選挙で勝てば逆転できると考えている。小泉首相を勝利させるため莫大な広告費を使って日本国民すべてを洗脳する作戦である。武器はテレビだ。

そこで、金融資本と民主主義制度・マスコミの関係を追求していきたい。
『日本人が知らない 恐るべき真実』でチョムスキーの著『メディア・コントロール』(1993年)が紹介されている(益岡賢氏のホームページ「メディア操作:世論操作のめざましい成功」の要約)。それを叩き台として引用する。チョムスキーの『メディア・コントロール』では、政府が世論操作によって国民を騙し、本来の民主主義に参加しているかのように思い込ませ、実際には旧ソ連のような全体主義的な統制を広げていることを指摘しているとのこと。
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○初期の世論操作

近代政治において最初に世論操作を行ったのは、1916年に「勝利なしの平和」を綱領に掲げて大統領に就任したウィルソン政権である。当時国民は極端な平和主義者で、ヨーロッパ戦線への参入など全く考えていなかった。そんな中で、戦争に加担することを決意したウィルソン政権は、その国民の態度をどうにかして変えなければならなかった。そこでクリール委員会と呼ばれる政府の世論操作委員会を設立して、平和主義だった国民を、6カ月後にはドイツ人をバラバラに引き裂き、参戦によって世界救済を願う病的なまでの主戦論者に変えたのである。ウィルソンを積極的に支持したのは進歩的な知識人達である。国民を恐怖に脅えさせ、狂信的なまでの主戦論を導き出すことで戦争に駆り立てた。以来、国家政策の世論操作は、知識層に支持されれば大きな効果を上げるという教訓を得たのである。

○傍観者としての民主主義

自由民主主義の理論家や報道関係者は、初期の世論操作の成功に大きな影響を受けた。その一人が、米国人ジャーナリストの最高峰であり、評論家でもあったウォルター・リップマンである。世論操作委員会にも加わったリップマンはこの成功を見て、「民主主義のなせる技である革命」を利用すれば「合意の捏造」が可能であると主張した。つまり世論操作という手法によって大衆が望んでいないことを承諾させることができ、またそうすることが必要だと考えた。なぜなら大衆には公益が何であるかが分からず、それを理解し、管理できるのは少数エリートの「知的階級」だけであると言うのだ。
リップマンはこの主張を進歩的な民主主義の理論でさらに裏付けた。正しく機能している民主主義には階級ができる。そして物事を分析、実行し、意思決定を行い、政治、経済、イデオロギーのシステムを動かす少数の特殊階級が、残りの人々をどうすべきかについて話し合う。そして、残りの大多数、つまりリップマンの言う「烏合の衆」の雑踏や怒号から自分達の世界を保護するのだ。烏合の衆の役割は民主主義社会における「傍観者」である。民主主義を掲げるからには、烏合の衆にも選挙によって特権階級の一人を自分達のリーダーとして選ぶことが許されている。しかしそれが終われば、また単なる傍観者として引っ込むのである。これが正しく機能している民主主義なのである。

なぜこういった状況になるのかというと、一般大衆はあまりにも愚かで物事を理解できないためにやむを得ないというのだ。自分達のことを自分で管理しようものなら問題が起こるだけだから、それを認めるのは道義上正しくない。これは、3才児を一人で道路で遊ばせないのと同じことなのだ。
1920年代から30年代初期に、近代コミュニケーション分野の草分けで政治学者でもあったハロルド・ラスウェルは、大衆が公益の最良の審判員だとする民主主義の通説に屈してはならないと説いた。彼いわく事実はその逆で、自分達こそ公益を一番良く理解しているのであり、単純な道徳心から、一般人が間違った判断に基づいた行動を取ることがないようにしなければならないというのである。これが全体主義や軍事国家であればことは簡単である。棍棒を振り上げて、少しでも言うことを聞かなければそれで殴りつければよい。しかし、社会がもっと自由で民主的になるとそうはいかなくなる。そこで世論操作という手法が必要になる。つまり民主主義では世論操作が、全体主義における棍棒なのである。

上記引用で、1910年代に最初に世論操作を行ったとされるウィルソンは、奇しくもアメリカ連邦準備制度が設立された時のアメリカ大統領である。ここに金融資本の影を感じ取るのは私だけではないだろう。
アメリカの第一次世界大戦への参戦が金融資本の要請であったことも想像に難くない。実際、参戦によってアメリカ財界は大儲けしたのである。参戦への世論操作を行ったウィルソンの背後に金融資本がいたと考えてよいだろう。そして、ウィルソンは大統領引退後、次のような悔悟の言葉を残している。

私は大変に不幸せな男だ。 私はうっかりしてこの国を駄目にしてしまった。 この偉大な工業国は今では信用貸しの制度に支配されている。 この国はもはや自由な意見を許す政治体制ではなく、説得と多数決による政治体制でなく、むしろ少数の支配的な男達のグループの意見と強制による政治体制になってしまった。

金融資本→国家による世論操作に利用されたのが知識人たちであったということだ。現在につながる知識階級を使った世論操作の原型がここにある。その中の一人がウォルター・リップマンである。彼はその著『世論』(1922年)で、民主主義の基盤となる国民の世論はマス・メディアの支配下にあり、そこでは3つの階級に分かれていると述べている。
1.「真の」権力者: 支配的な財閥
2.第一の市民階級(特別階級): 政治家、官僚やマスコミ、経営者
3. 一般の人々(大衆)
そこで、大衆は社会の公益を理解できないアホと見なされ、アホな大衆を傍観者とすることではじめて民主主義が正しく機能されるとされた。そこで大衆を傍観者たらしめる武器がマスコミによる世論操作である。これが20世紀の民主主義の基本的な枠組みだったのだ。
確かに、20世紀の大衆ほど傍観者(アホ)であったことは人類史上例を見ない。それは事実である。
しかし、よく考えていただきたい。
そのように大衆を洗脳したのは誰なのか?
社会の公益を理解できなかったのは一体誰なのか?
金儲けのために国家と国民を戦争に巻き込んだ金融資本とそれを正当化した知識階級とマスコミの方がよほど公益が理解できないアホ、いや我利我利亡者だったのではないか。
そして、今や「勝ち組ほど、阿呆になる時代」に変わっているのである。
(本郷猛)

List    投稿者 hongou | 2007-11-25 | Posted in 08.近現代史と金貸し4 Comments » 

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コメント4件

 じょん | 2008.02.05 23:02

>【いつでも充足】は権力者とその周辺の人のものだった>この「いつでも充足」は、大衆化され一般の人々にもどんどん供給されていきます
市場社会の特徴が表れていますね。元々は贅沢品や珍しかったものが、必要かどうかとは関係なく、しばらく経つとみんなの手に行渡ってしまいます。
豊になった現代において、何も考えない傍観者では、もはや充足を得られなくなっていると思います。

 匿名 | 2008.02.06 0:23

80年代から芸人はいた気がするが?
(漫才ブームとか)
今とどう違うのか??

 tennsi21 | 2008.02.06 23:01

>今とどう違うのか??
そうですね。
思えば昔の漫才師は涙と笑いがあったように思います。それは今は軽い笑いだけです。《芸能人》の技術にも満たないのが《芸人》なのかもしれません。芸能の歴史をちょっと振り返ってみるのも面白いですね。
どうでしょうか。

 hermes handbags schweiz | 2014.02.01 19:18

hermes quickborn 日本を守るのに右も左もない | 「 どうする?マスコミ支配」15~【いつでも充足】はなかなかやめられない~

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