2014年04月29日

米国債デフォルト後の世界経済はどうなる?9~’01年世界バブル崩壊と’08年リーマンショック後、金買いに転じた中央銀行(ロスチャイルド)

 

「米国債デフォルト後の世界経済はどうなる?8」では、 ’80~’90年代、ロスチャイルドがバブルを作り出すために、金価格を抑えてきたという仮説を提起した。

 しかし、’01年、世界バブルは崩壊する。その後、金価格は上昇を始め、とりわけ、’08年リーマンショック以降、金価格は急上昇する。

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「ビジネス知識源:米ドルの反通貨、ゴールド新論(2)」より転載する

■7.2000年代の、世界の外貨準備の急増は、どんな結果を生んだか

▼00年代の、世界の外貨準備の急増
現在、世界の、政府・中央銀行がもつ外貨準備は、$12兆(1200兆円)に増えています。2000年は$2兆(200兆円)しかなかった。そのうち約半分を、日本がもっていました。

(注)外貨準備は、世界の政府、または中央銀行が、輸入代金の支払い用に保管している外貨です。外貨準備は、貿易黒字によって増えます。世界の外貨準備が$12兆にも増えたのは、米国の貿易赤字が累増してきたからです。

200兆円だった世界の外貨準備は、2000年代の13年間で、1000兆円増え、1200兆円になっています(6倍増:毎年+77兆円:+15%/年)。

保有高での最大は、中国の$3.5兆(350兆円)で、2位が日本の$1.27兆(127兆円)です。ところが、中国のように外貨準備を巨大にもつと、ドル安(元高)での損が増えます。このため、下落リスクがあるドルを売り、金に変える動きが増えました。

現在、世界の外貨準備の54%が米ドルです。外貨準備の元は、貿易赤字の米国への輸出が輸入より多く、受け取りが超過したドルです。

海外がもつドル外貨準備は、米国が、ドル紙幣(いわば帳簿のつけ)で買ってきた、商品額と言えます。渡したドル紙幣が信用状、言い換えれば借用証です。借用証(ドル紙幣)の価値が信用される間は、米国は、ドル印刷だけでいいからです。

【金価格とドルの関係】
米ドルの、商品や資産の購買力が将来的に下がる、つまりドルの価値が減ると見られるとき、金の価格が、反対に大きく上がっています

中央銀行も、ドル保有によって損はしたくないからです。日本政府と日銀は、米ドルにもっとも忠実です。根底は敗戦国で、防衛依存のためです。

■8.世界の、公的な外貨準備で金が増え、ドルが減った

世界の外貨準備は、もとは62%が米ドル(2000年)でしたが、2000年代の後期では、米ドルの構成比が54%に減っています。

各国の中央銀行が、外貨準備のドルを売り、代わりに、金の保有を増やしたからです。これも、金価格が上がった原因のひとつでした。

2012年時点で、世界の、1200兆円分の外貨準備の、中身は、以下です。

【世界の外貨準備の構成比:2012年:WGC】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
金       13%(156兆円)→構成比は増加傾向
米ドル   54%(648兆円)→減少傾向
ユーロ   22%(240兆円)
日本円    3%( 36兆円)
ポンド    3%( 36兆円)
その他    5%( 60兆円)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

特に、リーマン危機以降、世界の中央銀行は、金の買い手(買い超)になっています。

(注)日銀の金保有は756トン(時価3.4兆円:簿価4412億円)と少ない。日銀は、事実上の宗主国として日本を従属させる面がある米国政府への気兼ねからか、金の買い増しをしません。このため、日本では、金はドルの反通貨という論も、敬遠されるのかもしれせん。

■9. 金を放出してきた中央銀行

1971年の金ドル停止以降、米国政府とFRBの金への態度は、金が高騰したときは、金を放出して価格を下げるということでした。目的は、前述のように、ドルが基軸通貨であるということを裏付けて維持するためです。

▼中央銀行からの金の放出

FRBが、世界の中央銀行にも呼びかけながら主導した「反ゴールキャンペーン」は、1999年まで、約28年続いています。(注)金価格は、息の長いものです。スイスの銀行家が、50年以上のスパンで考えるような感じです。

原油が2倍、3倍に上がった第一次石油危機のときの1973年に1オンス$97(年間平均価格:円では1グラム958円)だった金は、1980年には$612(円では1グラム4499円)にまで、ドル価格では6.3倍に高騰しました。

アラブが、価値が下がるドルより、金を選好したことが直接の理由です。1980年の、産油国によるドル売り・金買いによる、金価格の高騰に危機を抱いた米国は、1980年代は、反ゴールドキャンペーンを加速させます。

第二次石油危機でもあった1980年の金価格は1オンス$612でしたが、米国FRBが主導した、反ゴールドキャンペーンが効果を生んで、10年後の1990年は、$383と38%下げています。

金価格がこの$612以上に上げるには、1990年から2007年($695)まで、17年もかかったのです。
http://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/y-gold.php

反ゴールドキャンペーンの実際の方法は、FRBが主導し、世界の中央銀行がそれに従って、(1)金の放出か、(2)金リースで貸すことを実行することです。

つまり、市場への金の供給を増やして、価格を下げる。1980年代そして1990年代は、中央銀行が金を放出する20年でした。

(注)1940年代末(第二次世界大戦後)は地上の金の70%は、政府と中央銀行による公的保有でしたが、この放出の連続により、2011年現在では25%に減っています。

▼1999年からのワシントン条約での売却量の制限

1999年の金価格は、1オンス$278(1グラムで1069円)に下がっていました。多く人が、投資対象として金を見ることはなかった。米国では、マイクロ・ソフトをシンボルとするIT株のバブルが2000年4月のピークに向かっていた時期です。「金は完全に終わった。株だ。」とされていたのが、1999年でした。

1990年代の金価格の低迷に安心したのか、中央銀行は、「ワシントン条約」を結び、「向こう5年間、条約加盟の、先進国中央銀行による金の売り越しは400トンに制限」とします。ワシントン条約は、その後2回更新され、現在の有効は2014年(来年)までです。

先進国の中央銀行が金の大きな売り手でなくなったあとの2000年代の金価格は1999年の$278から、2008年のリーマン危機前の$839まで3倍の上昇をしています。9年間で3倍は、年率13%の価格上昇です。

ワシントン条約に制限されていたとは言え、リーマン危機前の2008年までは、世界の中央銀行は、年間で400から500トンくらいの金の純売り手(売り超)でした。
制限された中央銀行の売りの中で、1999年を底に、2000代の金は、年率13%くらいで上げ続けました。

■10.リーマン危機の後、中央銀行の金への態度に異変が起こった

金を売ってきた世界の中央銀行は、リーマン危機の08年から、方向を転じます。まず、約500トン(年間)はあった売り超を少なくしました。そして2011年には、年間500トンくらい買い手になっています。500トンの売り超が、500トンの買い超になれば、需要増加は1000トンです。

年間に供給される金は4400トンくらいです。この中で、中央銀行による1000トンもの需要増が起これば、価格が上がるに決まっています。

産金は1年2800トンくらい、リサイクルが1600トンくらいで、金の供給は1年4400トンです。4400トン(19兆円)の供給に対し、新たに、1000トン(4.3兆円)の買い手が現れたのと、同じ変化です。金の価格が上がるのは当然でしょう。

●リーマン危機以降の08年から2011年に金価格が上がった、もっとも大きな理由が、世界の中央銀行の、「ドル売り・金購入」でした。買った理由は、1200兆円に向かい、急激に増えてきた外準備の中の、ドルの下落リスクです。

世界の、外貨準備での、世界の公的部門の金買いが、2008年のリーマン危機のあとの、金価格の上昇の原因だったというのは、日本の新聞は、なぜか報じません。理由を推察すれば、日本の政府と日銀が、「ドル債を売って金を買う」ことがタブーとされているからでしょうか。世界の中央銀行がどれくらい金を売っているか、買っているかのデータすら報じられません。

1オンス(31.1グラム)の金価格は、2008年は$900くらいでした(1グラム$29)。   →2011年9月の頂点価格は$1900でした(1グラム$61)。
http://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/m-gold.php

この主因は、08年までの500トンの売り超過だった各国の中央銀行が、2011年には、500トンの買い超に変わったからです。各国の中央銀行が、ドルを売って金に換えた理由は、ドルの価値が下がると見たからです。

資料:中央銀行の資産分散戦略の16ページ(原文英語↓)
http://www.gold.org/investment/research/

■11.世界の中央銀行のネットでの金取引(WGC)

▼中央銀行の金取引の、最近10年間の変化

・2002年から2008年まで、毎年400~600トンの売り超
・2008年    約200トンの売り超に減少した
・2009年    ほとんど±0  →売りと買いがバランス
・2010年    50トンくらいの買い超  →買い超に転じた
・2011年    450トンの買い超  → 大きな買い超へ
・2012年    550トンの買い超  →買い超の加速

▼1オンス(31.1g)の、年間平均価格で言えば(括弧内は1g価格)、

                  1オンス価格     円での1g平均価格(1ドル)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2008年             $872($28)     2937円(105円)
2009年             $973($31)     2951円( 95円)
2010年            $1225($39)     3477円( 89円)
2011年            $1572($50)     4060円( 81円)
2012年            $1688($54)     4321円( 81円)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

円価格で見ると、08年と12年は、20%以上の円高があるため、国際市場での、金価格のより大きな動きが見えなくなります。2008年から12年までの4年間で、ドルでの金価格は、94%も上がって、ほぼ2倍になったのです。

●2008年から2012年まで金価格が、大きく上がった主因は、年間500トンの買い超に転じた中央銀行です。

1980年代から1990年代、そして2000年代の08年まで、金を売り続けてきた世界の中央銀行が、2009年から、買い超にはいったからです。これほど大きな変化は、かつてなかった。

現在も更新されて生きている『ワシントン条約』は、主要な中央銀行に対して、金の1年間の売却(売り超)を500トンに制限しています。この条約は、中央銀行は金を売ることが前提です。(注)ワシントン条約は2014年まで有効です。

ところが、リーマン危機以降、一転し買い超に転じた。理由は、前述したように、2008年までの前提だった「ドル準備(reserve)」に対し、世界の中央銀行が、ドルの下落リスクを感じたからです。外貨準備が、世界で1200兆円にも増えると、ドル下落の損も、巨大です。

このように、世界中の中央銀行、すなわちロスチャイルドは’80~’90年代までは、金を放出することで意図的に金価格を抑制していた。世界中でバブルを作り出すためである。ところが、’01年世界バブル崩壊後、中央銀行の金売りは抑制され、’01年以降金価格が上昇に転じる。

そして、’08年リーマンショック以降、中央銀行が猛烈な金買いを始めた。この中央銀行(ロスチャイルド)による猛烈な金買いがが’08~’12年にかけて金価格が急上昇の原因である。「経済指標指数グラフ」

このことは、’01年世界バブルの崩壊および’08年リーマンショックによって、ロスチャイルドが金売りから金買いへと、戦略転換を迫られたこととを意味している。

 

List    投稿者 nihon | 2014-04-29 | Posted in 02.アメリカに食い尽される日本No Comments » 

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