2007年09月02日

幕末~明治維新の背後にうごめく、ロスチャイルドのネットワーク

司馬遼太郎の幕末物、『竜馬が行く』や『世に棲む日日』を読みながら、坂本竜馬や高杉晋作の活躍をわくわくしながら読んだ方も多いかと思います。そういう僕もそんなひとりでしたが・・・・。
しかし、司馬遼太郎の歴史観を覆すような史実が、ここ数年で次々と明らかになってきている。竜馬や晋作の後ろ盾になり、支援した人々の正体がはっきりみえてきたからです。
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                            トーマス・ブレーク・グラバー
欧米による植民地化、第一次大戦や、第二次大戦、ロシア革命など世界史の背後で、国際金融資本家(金貸し)が、儲けのために企画・誘導してきたということが分かってきています。
参照:国際金融資本の覇権争いの行方

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では明治維新は?
当時アヘン戦争で中国を手中にした国際金融資本は、当然次の標的として日本を狙っていました。彼らは、簡単にいえば武器商人ですが、イギリスが薩長という新勢力を育て、フランスが幕府に近づくことで、内乱化させ、武器を売りつけることで、一儲けしようと狙ってました。
※イギリスとフランスといえば、別の勢力のようですが、国際金融資本(ロスチャイルド家)は、双方の国へ強い影響力を持っていました。
彼らは、幕府への敵対勢力としてまず長州の尊王攘夷派に近づきます。
●ロスチャイルド→グラバーが、明治維新の仕掛け人?
以下引用日本人の知らない恐るべき真実・・・さんより

1862年12月、品川の御殿山に建造中だったイギリス公使館を、長州藩の尊王攘夷の過激派武士7人が爆裂弾で襲撃しました。この襲撃に加わっていたのが、のちに初代内閣総理大臣となる伊藤博文や井上馨、それに高杉晋作、久坂玄瑞、品川弥二郎らです。ところが、この襲撃からわずか5ヵ月に、伊藤博文と井上馨らはイギリスに密航しています。
どうやら伊藤や井上は、イギリス公使館を襲撃した後、急激に思想の転向をしたようです。この時に密航したのは5人で、その費用は一万両、現在の価値に直せば約10億円という途方もない金額です。この密航を仲介したのが長崎の武器商人トーマス・ブレーク・グラバーであり、費用を用立てたのがアヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出で巨万の富を築き、清朝をアヘン戦争へと導いた貿易会社ジャーディン=マセソン商会でした。
21歳の時に来日し、23歳でジャーディン・マセソン商会と代理店契約を結び、25歳の時に現在でも観光名所となって残っている有名なグラバー邸を完成させました。このグラバー邸に、長州の伊藤博文、薩摩の五代友厚、亀山社中・海援隊の坂本竜馬、三菱財閥の岩崎弥太郎ら、幕末から明治にかけて活躍した人物が続々と訪れています。
グラバー商会は、ロイズ保険、香港上海銀行等の代理店でもありました。ジャーディン=マセソン、ロイズ保険、香港上海銀行は、いずれもロスチャイルド系列の企業です。
グラバーは長崎の外国商会の中で最大の武器商人であり、薩長のみならず幕府側にも武器を売っていました。戊辰戦争の帰趨を決めたのは武器の優劣の差ですが、薩長側は当時世界最新鋭の野戦大砲であるアームストロング砲を使って勝利を収めました。ところが、この大砲は、元々幕府がグラバーに注文していたものでした。しかしグラバーは、代金の未納を口実にして幕府に大砲を渡さず、これらを長州藩に横流ししたのです。 
グラバー商会は、明治維新政府誕生と同時に、わずか10万ドルの負債を理由に不可解な倒産していますが、その資産と経営は、最終的にグラバーの弟子、岩碕弥太郎の三菱財閥に引き継がれます。

こう見てくると、司馬さんの本で、情緒的な説明でどうもすっきりしなかった疑問も解けてくるように思う。
・高杉や伊藤など長州の急進派が、攘夷派がなぜ急転して開国派になったのか?
・高杉の奇兵隊が、ごく少人数でなぜ、長州藩の佐幕派を倒すことができたのか?
さらに坂本竜馬のなんで?の部分、
・一介の浪人竜馬が単独でなぜ、幕府・長州・薩摩という大組織の間で大きな仲介役を果たしたのか?
・なぜ株式会社を設立して、いきなり大きな仕事をしたのか?
●坂本竜馬はグラバーの代理人か?

1864年5月に亀山社中を設立したばかりのビジネス初心者である龍馬は、8月にグラバーから7800挺の銃を入荷し、それを薩摩藩に売却するという、信じられない大仕事を速攻で成し遂げています。
また、1866年、薩長同盟が結ばれた際、龍馬がこれを仲介したことは有名ですが、実際には京都薩摩藩邸で行われた協議に出席していなかったことが最近明らかとなりました。しかし、合意文書には龍馬も署名をしており、ある程度、薩長同盟締結に関わっていたことは確かでしょう。ただ、一介の脱藩浪人が、何の後ろ盾もなしにこのような大事業を成功させたり、政治力を発揮することは普通なら考えられません。
グラバーは、薩長同盟成立前に既に薩摩と長州の人間(のちに明治政府の主要人物たち)をイギリスに密航させています。薩長同盟は軍事同盟ですから、グラバーがいなければ薩長同盟はありえなかったでしょう。何らかの理由で前面に立ちたくないグラバーが、龍馬を代理人として表に立たせたのではないでしょうか?
倒幕はグラバーとジャーディン=マセソン、その背後に控える英国なくしてありえませんでした。そして、当時のイギリスはロスチャイルド人脈によって支配されていたと言われています。

●ロスチャイルド:明治新政府をバックアップ

さて、伊藤博文らは明治憲法を作るために、1882年、再びイギリスに渡り、そのときロスチャイルド家の世話になったようです。
ロスチャイルドは「日本のような後進国にはイギリスの最先進国の政治体制は似合わない」として、ブロイセンぐらいが丁度良いだろうと、プロイセンから来ていたユダヤ人憲法学者ルドルフ・フォン・グナイストとロレンツ・フォン・シュタインを紹介しました。
こうしてグナイストらに学び、作られたのが明治憲法、そして近代日本というわけです。

明治維新後もロスチャイルドは、明治新政府の国づくりや、戦争支援に大きな影響を及ぼしてます。
「日銀はロスチャイルドが作った」
日露戦争にヤコブ・シフ(その陰にロスチャイルド)有り
彼らの正体は「金貸し」です。儲ける為にはなんでもする。近代の歴史とはその国境を超えた金貸しネットワークに国家が翻弄されていく過程と見ることもできると思う。
世界史の背後にある、彼らの動きを見据えなければ、事実は見えてこない。そして彼らが進めたグローバル化の中にある現代においては、もっと注視していく必要があると思います。
そろそろ司馬さんの歴史観を超え、より事実に肉薄した歴史観が必要とされているのだと思います。
(by Hiroshi)

List    投稿者 ihiro | 2007-09-02 | Posted in 02.アメリカに食い尽される日本1 Comment » 

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コメント1件

 hermes bags red | 2014.02.02 7:15

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