2014年06月01日

脱市場に向けた追求機運 3 知識人も脱グローバリズム、日本への回帰

先回の記事「脱市場に向けた追求機運 2 市場からの撤収 にて、日本の大衆が市場から撤収し、新たな場を追求しつつあることを扱いました。
今回は、知識層(インテリ層)の動きについて扱いたいと思います。

大衆が、実感ベースで市場に意味を感じなくなって市場からの脱出を本能的、無意識的に進めているのに対して、本来社会や大衆を導くはずの知識人(インテリ層)は、どうなっているのでしょうか?状況を探ってみたいと思います。

■良心的知識層、国益派 : グローバリズムが、国益にならないことに既に気がついている。

【最先端層】
元外交官の馬渕睦夫氏は、民主化・民営化・グローバル化の背後に金貸し(国際主義者)が存在し、彼らの戦略にそって市場の自由化、グローバル化が推進されていることを明確に指摘しています。

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         「国難の正体」馬渕睦夫 より

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民主化、民営化、グローバル化という段階を順に踏むことによって、最終的には国際主義者の支配力を完成させるという戦略なのです。
(中略)
各国の経済が、グローバル・エコノミーに統合されることを推進するということは、国際銀行家たちが自由に活動できる国内市場を整備せよという意味です。このように自国の市場を外資に開放すれば、国民経済がどのような状態に陥るかいうまでもないことです。

馬渕氏は元外交官です。元外交官で日本の危機を訴える人は多い(孫崎享氏、佐藤優氏、天木直人氏・・・)ですが、馬渕氏のように、明確にグローバリズム、市場の自由化、そのための民主主義という金融資本家の作った仕組みを見抜き、グローバリズムに代わる国内経済の仕組み作りを提唱していることは、注目に値します。

【知識人・インテリ層】
究極のグローバリズムはTPP、しかし右翼もインテリの多くを占める左翼もグローバリズム反対のようです。

「グローバリズムから日本を守れ」右翼も共産党もTPP反対 より

「右も左も関係なくグローバリズムから日本を守ろう」と訴えたのは民族派右翼・一水会の木村三浩代表だ。木村代表は「ISD条項が日本の主権を奪う」としてTPPに反対する。
この後、共産党の紙智子議員がマイクを握った。「アメリカの金融資本が日本を支配したいため、日本のルールを壊そうとしている」と核心を突いた。

以上のように知識層は今や明確に脱グローバリズム、反TPPに向かっているのではないでしょうか?

 巷では、グローバル化礼賛、TPP礼賛の本や記事を時折みかけはしますが、彼らはどうなのでしょう。大きくは政府系の学者や提灯記事と思われますが、ここで面白い記事を紹介したいと思います。外人記者の記事ですが、インテリの多くが市場的、アメリカ的なものを拒否し始めて、過去を模索し始めたという記事です。

 ■過去への回帰?

   「市場主義の行き詰まりに日本人は江戸を思う」 より

このほど東京を訪れた私は、会う人会う人に、日本は経済危機にどう取り組むべきか質問していった。そしてそのたびに、質問した相手はまるで忍者のような素早さで、明治以前の日本について言及するのだった。
(中略)
「ミスター円」と呼ばれ続ける榊原英資・元大蔵省(現・財務省)財務官は、明治以前の日本は平和で整然としていて、手つかずの、人懐っこい国だったと言い、そういう国に立ち返るべきだと話す。

また、経済政策について質問した民主党の「次の内閣」閣僚は、江戸時代の日本は輸入量がほとんどゼロだったと言及この政治家によると、日本が輸出を始めたのはただひたすら、国を守るために軍隊を築き上げる必要があったからで、それ以外の理由はなかったという。そしてその決断のせいで日本はこんにちのような、工業製品を海外消費者に売ることで成り立っている、過剰なまでに輸出依存型の国になってしまったのだと。

一年の半分を日本で過ごす、コロンビア大学のベテラン学者、ジェリー・カーティス教授によると、今の日本には確かに危機感よりも、昔を懐かしむ強いノスタルジアのにおいがたちこめているという。

 「インテリの多くはアメリカを丸ごと拒否しはじめている。ネオリベラルな自由市場資本主義をそっくりそのまま鵜呑みにしていた人でさえ、もうアメリカはいらないと言い始めた。今の日本では、いかに日本の過去が素晴らしいかを語り合うのが、言論の主流になりつつある」

知識層(インテリ)も、もう欧米が示すモデルに答えはない、と潜在思念が捉えているということではないだろうか?彼らは、本音では煩わしい外国と決別して、鎖国に戻ったほうがいいと思っているのではないでしょうか。

かって、小渕政権時代のブレーンで1990年代の構造改革推進の立場から政策決定に大きな影響力をもっていた中谷巌氏は、市場原理主義推進は誤りだったと懺悔の書を出版したことで話題になりました。

 リーマン・ショック、格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装。すべての元凶は「市場原理」だった!昨年末12月20日に集英社から「資本主義はなぜ自壊したのか」が出版され、注目を集めている。著者はかつて政府ブレーンの一人として「構造改革」の旗振りをしてきた中谷巌・一橋大名誉教授。中谷氏はこれを「懺悔の書」として著したという。http://www.asyura2.com/09/senkyo58/msg/398.html

 このように多くの知識人も、実は市場主義やグローバリズムに懐疑的になっているのです。

 このように考えると、竹中平蔵を始め、TPPや市場原理を推進する知識人や学者は、一部であり、根っからの金貸し(国際金融資本家)や政府の代理人だけなのではないでしょうか?(だから御用学者と呼ばれるのでしょう。)

 大衆も市場を見限り撤収を開始している今、彼ら御用学者の目的は、自分たちの権力を維持・拡大することしか眼中にないようです。だから彼らの庇護者(飼い主)たるアメリカ(金融勢力)の云いなりになって、自由市場を拡大し、国民からとことん毟り取り、その国富をアメリカに献上することしか考えていないのです。

原発を推進し、擁護する学者も同列なのではないかと思います。
彼らは、エリート意識から国民の期待を感取できず、金貸しとアメリカ側に立つことによって自らの権力基盤を確保しようとしているのです。現在国民に対しては、様々な増税を行い、同時に監視の法制度を整備、一方金貸し傘下の企業に対しては法人税減税や労働規制の撤廃を計るなどの施策を次々に打ち出しているのも、その姿勢の表れです。

 あくまで私権収束を促す試験制度の勝者たる試験エリートたちの意識がどんどんエリート意識(=私権意識)に塗れてゆき、決定的に大衆とは逆行していったことである。その結果、試験エリートたる専門家たちの大半が、大衆の期待を深く感取することができなくなってしまった。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=261011 

●まとめ
このように知識人の多くも、(御用学者を除いて)グローバリズム・市場原理に限界を感じ、心底では過去の日本に帰りたいと思っているようです。
大衆が本能的に市場から撤収を進め、新しい場を築きつつあるのに対し、知識人の良識層・先端層は、グローバリズム・市場原理・民主主義の問題性を捉えつつあり、背後にいる金貸し(国際金融資本家)が作ってきた近代思想や制度そのものの騙し性も射程に捉えつつあるようです。

 これらの大衆の流れと、知識人の言説がどこかで合流して、近い未来、顕在意識においても、反アメリカ・グローバリズムに向かうことは必死ではないかと思われます。

 ただ、その先はどこに向かうのでしょうか?

   脱市場に向けた追求機運 2 市場からの撤収 より

お金をたくさん持っていても、そのお金をバラまいても、
もはや人々の心は動かず、従わせることなどできません。
そして人々は、お金の多寡に捉われず、まわりの期待に応える・活力の出る方向へ、
意識や行動を転換させつつあるのです。
市場からの撤収とは、この変化にいち早く気づき、無味乾燥な市場競争から足を洗って、
みんなの役に立つために、互いに切磋琢磨する追求充足を基盤とした
本質的な経済活動に移行することなんです。

大衆は、脱市場の新たな場を築きつつあります。それに対する言葉や観念(理論)が知識人・インテリからは生まれていません。その追求はまだまだのように見えます。

恐らく、それが現在のインテリ・知識人の限界かも知れません。彼らが知識人と呼ばれるのは、古い知識(金貸しが作った西洋思想が中心)故です。そのため、脱グローバリズムまで行っても、最後に市場主義から抜け出ることは、かなりハードルがあるように思われます。
脱市場の可能性を探り、新たな言葉や観念を生み出すのは、大衆自身か、大衆の期待を真に捉えて追求している人(経営者?)から、ではないでしょうか?

そのような人達を探っていきたいと思います。

 

List    投稿者 sin | 2014-06-01 | Posted in 02.アメリカに食い尽される日本No Comments » 

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