原発問題から見える特権階級・近代科学の問題性3~みえない雲の向こうに視るべきもの④~原発の事故が起きたらどうする?~
ネットでは、福島原発は”爆発”しても、しなくても、長期的な危険度は変わらないという見識が示されていますが、テレビで流されるニュースをみていると、日本政府の出す方針は、ただならぬ様相を呈しています。
1.首相は東電に、ムリヤリ復旧の工程表をつくらせた。
2.首相は中電に、突然、浜岡を止めろと指示出しをした。
3.原発事故以来、初めて、原発1号機内部に作業員が入り作業を開始した。
アメリカ主導のブラックボックススローガンばかりが目につく菅さんです。
卑しくも総理大臣たるもの、国家存亡の危機にあっては、今こそ不眠不休で情報を集約し、
徹底した事実認識に基づいて、付け焼刃ではなく、コトの本質を底ざらえするような方針を出すべき、
国民の期待もそこにある、と思うのですが、そういう気配は一切ありません。
日本政府の迷走、緩慢な対応は、総理のそういう姿勢に依るものです。
およそ30年前から、国家権力や特権階級とは一線を画し、原子力の科学者としての良心に従い、
原発の危険性を語ってこられた方の3年前の講演記録を紹介します。
応援よろしくお願いします。
写真はこちらからお借りしました。
『みえない雲の向こうに視るべきもの』 (<小出裕章>こいで・ひろあき:京都大学原子炉実験所)より転載します。
●原発の事故が起きたら、逃げることができるか?
地震は私たちが望むと望まないとのに拘わらず、突然に起こります。日本は世界一の地震国で、今、怖れなければならないのは東海地震です。東海地震の規模はマグニチュード8から8.5と推定されていて、そのエネルギーは広島原爆920発から5200発分に相当します。その東海地震の想定震源域の中心で、今、浜岡原発が動いています。 国や電力会社は原子力発電所は絶対安全だと言い続けて来ましたが、事故は何度もおきてきました。その都度、彼らはいつも「予想を超えた事態であった」と言ってきました。広島原爆数千発が直下で炸裂してなお安全だといえる構造物があるはずがありませんし、そこに危険物があるかぎり、事故が起こるかもしれないことは覚悟しておかなければいけません。では、事故が起きた時、あなたは逃げられるでしょうか? 原子力発電所で事故が起きてしまえば、為す術はないと私は思います。それでも、急性死はあまりにも悲惨ですから、できることなら避けるべきでしょう。
科学者というのは、ときには予言者にもなりうるのですね。
まあ、普遍的原理を抽出して、現実場面に当てはめて(コトが起こる前に)手を打つ、
というのが、科学の本来の役割なのだとしたら当然のことかもしれません。
●急性死から身を守るには
原子力発電所で事故が起きた場合、放射能は風に乗って流れてきます。被害を防ぐために何よりも肝心なことは、流れてきた放射能に巻き込まれないことです。しかし、放射能をみることはできません。とても難しいことですが、冷静に風向きを見て、原子力発電所の風下から直角方向に逃げることが一番大切です。そして可能であれば、できるだけ原子力発電所から離れることも大切です。でも、仮に少しぐらい離れたところでも、雨にでも襲われれば濃密な汚染を受けてしまいます。放射性物質を身体に付着させることは大きな危険となりますので、雨合羽や頭巾、帽子、それに着替えは必須です。また運悪く放射能に巻き込まれてしまった場合には、それを呼吸で取り込まないようにすることが大切です。マスク、あるいは濡れタオルもそれなりに効果があるでしょう。
ただ一番心配なのは、私達が事故の発生を知ることができるかどうかということです。国や電力会社は事故を過小評価し、できればなかったことにしようとします。一刻を争うような事態になっても、おそらくは情報がでてこないでしょう。 おまけに風速4m/秒とすれば、放射能は一時間に14㎞流れます。普通の人は走っても到底逃げられません。車はおそらく交通網が麻痺して動かないでしょう。
原子力発電所事故による急性死から逃れる方策を、重要度の高いと私が思うものから以下に書きます。
1.原子力発電所を廃絶する。
2.廃絶させられなければ、情報を公開させる。
(たとえば、原子炉の制御室にTVカメラを設置し、映像を常時外部で見られるようにすることができれば、有効でしょう。)
3.公開させられなければ、自ら情報を得るルートを作る。
(簡易型放射線測定器で自ら放射線量を測定することも意味がありますが、いつもいつもそのデータを得続けることはまずできないでしょう。それよりは、原子力発電所サイトを監視する、あるいは職員(特に幹部)の家族の動きを視ておくことの方が役に立つでしょう。)
4.事故が起きたことを知ったら、風向きを見て直角方向に逃げる。そして可能なら原子力発電所から離れる。
5.放射能を身体に付着させたり、吸い込んだりしない。
6.全て手遅れの場合には、一緒にいたい人とともに過ごす。
ネットで情報を得ようとするわれわれは、まさに3の段階なのだと思います。政府も電力会社も、マスコミも学者も全くアテにならない、どころか、隠蔽体質の根深さはどうしようもありません。ほとんど需要のなかったガイガーカウンターが今やひっぱりだこというのも、自分の身は自分で守る、という防衛本能から出たものだと思います。
●長期間にわたる悲劇はどうなる?
急性死を免れて運良く生き延びたとしても、放射能雲に巻き込まれた地域は長期間にわたって放射能汚染が残り、その地は放棄されなければなりません。長い歴史を刻んできた土地を放棄する人たちの未来はどのようのものになるのでしょうか? それを考えると私は途方に暮れてしまいます。
放射能の雲はみることはできません。でも、私たちがその向こうにあるものを視なければ、悲劇はいずれやってくるでしょう。
(この記事は、08年6月28日に開催された「講演と映画と音楽の集い」(「終焉に向かう原子力」実行委員会と現代史研究会の共催)での講演によるものです。―編集部)
この講演の3年後にマグニチュード9の東北沖地震が発生し、福島原発事故が起こりました。
ヤンヤのパフォーマンスばかりが目立つ元首を尻目に、われわれはできるだけ多くの情報を集め、
それをみなと共有し、ともに生き続ける手立てを考えていく必要があります。
足るを知る日本人の勤勉性、本源性が、今、試されています。
うらら
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コメント2件
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モンクレール 2014 | 2013.12.02 10:44
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