力の原理で被征服民を隷属させた、山賊集団ドーリア人⇒陸軍国家スパルタ
2010年11月11日「歴史学の騙し~インド=ヨーロッパ語族というのは作り話ではないか?」で紹介した『嘘だらけのヨーロッパ製世界史』(新書館)で、岸田秀氏は、マーティン・バナールの『黒いアテナ-古典文明のアフロ・アジア的ルーツ』を紹介している。
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●ギリシア文明の担い手は誰か
マーティン・バナールはまず、古代ギリシア文明についての二つの見方を提示する。
一つは、彼が「古代モデル」と呼ぶ見方で、ギリシア文明はBC1500年頃、エジプト人およびフェニキア人がギリシアに進入し、先住民を植民地化した結果成立した文明である。それ以後も、ギリシア人は近東文化を大々的に借用し続けたとのことで、要するに、ギリシア文明はギリシア人自身が独自に築いたものではなく、エジプト文明およびフェニキア文明を起源とする借り物だということである。
文明は伝播するものであるし、借用されたりするのは何ら珍しいことでも、恥ずかしいことでもない。古代というか、いわゆる古典時代、それからヘレニズム時代のギリシア人、つまり昔のギリシア人は、通例、自らの文明についてこのような見方をしていて、ギリシア文明の独自性を誇ったりせず、外部の影響を謙虚に認めていたそうである。
J.ベルリナブロー『大学の異端-黒いアテナ論争とアメリカ知識人の責任』には、アリストテレスがギリシアの数学の発達はエジプトの僧侶のおかげだと言ったとか、アレクサンドロス大王は生存中、エジプトの神アモンの息子だと称していて、死後はエジプトに埋葬されたとか、ギリシアに文字を最初に持ち込んだのはフェニキア人だとヘロドトスが書いているとか、バナールが挙げた例が詳しく説明されている。
もう一つの見方は、彼が「アーリア・モデル」と呼ぶ見方で、これによると、エジプト人がギリシアに入植したことはなく、フェニキア人の入植も疑わしく、古代ギリシア文明は北方からやってきたアーリア人が他の文明と関係なく独自に築いたものである。彼によると、この見方は、昔からあった唯一正しい常識的な見方であると多くの現代人は思いこんでいるが、実は、19世紀の前半に新しく唱えられた見方に過ぎない。それ以前にはこのような見方は存在していなかった。つまり、「アーリア・モデル」は近代の人種差別主義の産物であるというのが、彼が言いたいことのようである。19世紀末、20世紀初めに反ユダヤ主義が頂点に達したときに、この見方も極端化した。彼はそれを特に「極端なアーリア・モデル」と呼ぶ。
マーティン・バナールは、ギリシアに関するこの二つの見方を検討し、基本的には古代ギリシア人が信じていた「古代モデル」(例えば、歴史の父を言われるBC5世紀のヘロドトスは、当時、ギリシアはかつてエジプトの植民地だったことがあると一般に信じられていたと示唆している)を正しいとするのであるが、いろいろ修正すべき点もあるとし、その後発見された史料も参考にし、「アーリア・モデル」の主張も部分的に取り入れて、「修正古代モデル」を提唱する。
「修正古代モデル」は、例えば、「古代モデル」と同じく、古代ギリシアをエジプト人およびフェニキア人が植民地化したと主張するが、その時期はもっと早く、BC2000年から1500年のあいだとし、さらにそれより前のBC第4・千年紀からBC第3・千年紀のあいだに、「アーリアモデル」が仮定するように、まず北方から白人系の人種が侵入してきたことは容認する。つまり、ギリシア文明の主要部分はエジプト系、フェニキア系ではあるものの、ギリシアの先住民が白人系であったこと、ギリシア文明がまず初めは白人系の文明であったこと、その後も彼らは続々とギリシアに入ってきたことは認めるのである。
●アーリア・モデルを生んだ人種差別思想
バナールによれば、昔のギリシア人、ローマ人、ヨーロッパ人は「アーリア・モデル」のような見方はしてはいなかった。例えば、キリスト教の初期の教父たちは、ギリシア人の哲学のほとんどはエジプト人から学んだものであることを知っていたし(エジプト人はその哲学をメソポタミアやペルシアから引き継いだが)、ルネサンス時代を通じて、それは変わらなかった。15世紀においても、古代ギリシアの研究者はギリシアの言語、神話、文学を深く愛し、ギリシア人を崇敬したが、ギリシア人がエジプト人の弟子であることを忘れてはいなかったし、そのため、エジプト文明にも同じく興味を抱いた。その少し後の時代のコペルニクスにしても、その太陽中心主義、すなわち地動説はエジプトの太陽神の観念からきているのであって、ギリシア文化の前にエジプト文化があったことをちゃんと心得ていたのである。
ところが、17世紀かその少し前の頃からヨーロッパ人は冷静で謙虚な判断力を失い始める。スペイン人、ポルトガル人、イギリス人、フランス人のアメリカ大陸の植民地化が進み、インディアンが虐殺され、黒人が奴隷化され、同じようにアフリカ大陸もヨーロッパ人の侵略と植民地化の餌食となる。そこで、さすがにヨーロッパ人も気が咎めたのか、これらの犯罪行為を正当化する必要が生じ、ヨーロッパ中心主義、白人の優越を掲げる人種差別思想が形成される。
(中略)
ヨーロッパ人の人種差別的優越感が強くなったこの時期、「古代モデル」は否定されただけでなく、そもそもそういう見方があったということすら忘れられた。大昔から「アーリア・モデル」という見方があって、それがずっと正しいとされてきたかのように信じられた。アーリア人種と他人種の文化とは切り離され、前者が後者の影響を受けたことはなかったことになったのである。
これによると、ギリシアに侵入した部族は、「西洋の自我・私権性の源流~海賊集団「海の民」⇒交易集団フェニキア⇒古代ギリシアでは?」で挙げた海賊集団「海の民」以外にもいるようだ。今回は、ギリシアに侵入した掠奪集団の系譜を辿る。
前3000年ころ、小アジアのアナトリア方面から青銅器文化をもつ人々がクレタ島などに侵入し、前2500年ころにはいくつかの小王国を形成した。クレタ文明という。彼らの出自は不明。王宮には城壁がなかったらしいが、クレタ人たちは強力な艦隊を持ちエーゲ海の航行権を握り、エジプトや南イタリアなどとも交易していたらしい。
前2000年の少し前ころ、ミケーネ人がバルカン半島や小アジアに侵入し、クレタ文明を滅ぼし、ミケーネ文明をつくる。この時代には既に奴隷が存在していたことがわかっている。
以上が、バナールが言うところの、白人系の先住民のことであろう。
紀元前1500年~紀元前1000年に見舞われた寒冷化・乾燥化を契機として、前1200年ころ、海賊集団「海の民」が侵略し、ミケーネ文明を滅ぼし、400年間に亙ってギリシアを含む東地中海一帯は暗黒時代(掠奪時代)に。その後、東地中海を破壊し尽した海賊集団「海の民」が交易集団フェニキアに姿を変え、ギリシアの都市国家をつくったことは既に述べた。これは、「ギリシアは元々フェニキア・エジプトの植民地だった」というバナールの説とも符合する。
しかし、アテネをはじめとする海賊⇒交易系の都市国家群とは別に、掠奪⇒陸軍国家の道を歩んだ都市国家も存在した。スパルタである。
前1200年からの「海の民」に続いて、前1100年ころ、ドーリア人が北から侵入。次いで、前1000年ころ、ドーリア人の一派は、ペロポネソス半島南部ラコニアに侵入し先住民を征服し、都市国家スパルタをつくる。その後、スパルタの侵略は続き、前8世紀から前7世紀にかけて、西方のメッセニアを占領し、メッセニア人を隷属させた。
このドーリア人⇒陸軍国スパルタが、バナールの言うフェニキアに次いでギリシアに侵入してきた白人のことを指すのであろう。「海の民」を海賊集団とするならば、北から陸伝いにやってきたドーリア人⇒スパルタは山賊集団と呼ぶべきであろう。実際、『kitombo.com』「キリキアの海賊 その1」によると、この周辺は海賊・山賊の拠点だったらしい。
このスパルタの奴隷制には、アテネなどの奴隷制と大きな違いがある。
スパルタの奴隷はへロット(ヘイロータイ)と呼ばれるが、スパルタ市民の土地に分属され、貢納の義務も負わされたが、自分たちの集落や家族、さらには財産も有していたらしい。つまり、スパルタの奴隷はフェニキア⇒アテネなどのような掠奪→商品奴隷(切り売り→使い捨て奴隷)ではない。実際、スパルタでは交易は抑制されていた。スパルタは征服した部族をそのまま(集団ごと)農奴として支配したようである。(従って、世界史の教科書でもへロットは「隷属農民」と呼ばれ、アテネなどの奴隷とは区別されている)。
そして、この隷属民たちの元々の出自は掠奪集団であり、スパルタの支配を心の底では全く受け入れていない。彼らを支配するためには力の原理しかない。つまり、徹底した力の原理⇒陸軍国家化することによって被征服民を支配したのが陸軍国家スパルタだったのである。
ドーリア人⇒スパルタが力の原理⇒陸軍国家の道をとった理由は、掠奪⇒交易は既に先発の掠奪集団「海の民」⇒交易集団フェニキアによって押さえられていたために(そこでは可能性がないので)力の原理⇒陸軍国家化に舵を切ったからだと推測される。
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コメント8件
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おつかれさまです。
人間が、個々人が己の精神性を高め、社会性も高め、正しい社会を作るひとつの歯車になろうとしない限り、
エントリ内容のようにだまされるための鴨でしかないですね♪
でも、昔でもそれはなかなか難しいものでしたので、今の人類には難しすぎ、ほぼ不可能なことでしょう。
よって「大衆に何かを求める」ことは、石に空飛べと命令するほうがどれだけ楽で可能性のあることか、、、
パターンはおのずとひとつに絞られてきますね