2009年08月01日

民主党の教育政策を読む

衆議院が解散して、いよいよ巷も選挙モードになってきました。今回の選挙は、マスコミの論調によれば、どうやら民主党が勝利し政権をとる下地が出来つつあるようです。
もし、民主党政権ができれば、色々な政策転換があるでしょう。そうなるとどうなるのか?ということは、マニフェストや政策集などからある程度知ることができます。
各政党がマニフェストを掲げはじめました。
今回は、民主党のマニフェスト及び2009年の政策集から、教育分野の政策を見ていきたいと思います。BJ502ACAFIZ0PECAVN18AKCAMWG1PCCA1250M8CA93T8EXCAP5C0OKCAG6SKIZCAB28V9FCANRT3SOCA1AG58BCA7BCZILCAIARVYNCA7322VACAE832XBCA6DOAM9CAU39PUQCAM4UQKECAMJD0DN.jpg
写真は日経ネットより

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マニフェストによれば、「暮らしのための政治を」をメインコピーにし、
『民主党は「国民の生活が第一。」と考えます。その新しい優先順位に基づいて、
すべての予算を組み替え、子育て・教育、年金・医療、地域主権、雇用・経済に、
税金を集中的に使います。・・・・中学卒業まで、1人当たり年31万2000円の「子ども手当」を支給します。』「高校は実質無償化し、大学は奨学金を大幅に拡充します。」・・・
とかなり子育て、教育、福祉、医療に優先順位をシフトしているようです。http://www.dpj.or.jp/special/manifesto2009/pdf/manifesto_2009.pdf
医療・福祉・教育・・・共産党のお株を奪う勢いですね。
全般的には、「ばら撒き」的印象も強く、自民党からは財源の根拠をを示せと突き上げられています。
マニフェストでは、前述のように、高校の学費無償化など経済援助的な内容を柱にすえていますが、「民主党政策集2009インデックス」を紐解くと、もう少し政策の中身が見えてきます。マニフェストというのは大事なことを言うより、やはり聞こえの良い政策を切張りした感が強いですね。実際に政策集の内容をピックアップしてみると、ばら撒き的な内容よりも、教育分野においても地方分権の流れを推し進める制度改革的な内容に、より政策の重点があるように思います。以下抜粋です。
◆日本国教育基本法案
民主党の教育政策の集大成である「日本国教育基本法案」の主な内容は以下のとおりです。
①何人にも「学ぶ権利」を保障②普通教育の最終的な責任が国にあることを明記③幼児期および高等教育において無償教育を漸進的に導入④地方の教育委員会を発展的に改組した「教育監査委員会」を創設し、教育行政の責任を首長に移管⑤教育予算の安定的確保のため、教育財政支出について国内総生産(GDP)に対する比率を指標とする――などです。
さらに、建学の自由と、私立学校の振興、障がいのある子どもへの特別な状況に応じた教育、情報文化社会に関する教育、職業教育などの規定を設けるとともに、生命あるすべてのものを尊ぶ態度や、宗教的感性の涵養および宗教に関する寛容の態度を養うことを教育上尊重する規定を設けました。
◆教育の責任の明確化
国の責任と市町村の役割を明確にした教育制度を構築します。
①国は、義務教育における財政責任を負うとともに、「学ぶ権利」の保障について最終責任を負います②現行の教育委員会制度は抜本的に見直し、自治体の長が責任をもって教育行政を行います③学校は、保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家等が参画する学校理事会制度により、主体的・自律的な運営を行います。
◆中央教育委員会の設置
教育行政における国(中央教育委員会)の役割は、①学習指導要領など全国基準を設定し、教育の機会均等に責任を持つ②教育に対する財政支出の基準を定め、国の予算の確保に責任を持つ③教職員の確保や法整備など、教育行政の枠組みを決定する――などに限定し、その他の権限は、最終的に地方公共団体が行使できるものとします。
◆保護者や地域住民等による「学校理事会」の設置地方公共団体が設置する学校においては、保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家等が参画する「学校理事会」が主な権限を持って運営します。学校現場に近い地域住民と保護者などが協力して学校運営を進めることによって、学校との信頼関係・絆を深め、いじめや不登校問題などにも迅速に対応できるようにしていきます。こうした学校との有機的連携・協力が生まれることは、地域コミュニティの再生・強化にもつながります。
◆学習指導要領の大綱化
学習指導要領の大綱化を促進します。設置者および学校の裁量を尊重し、地域・学校・学級の個別状況に応じて、学習内容・学校運営を現場の判断で決定できるようにします。
◆教科書の充実
中学や高校などにおける教科書のデジタル化を進め、内容の充実を図ります。教科書採択にあたっては、保護者や教員の意見が確実に反映されるよう、現在の広域採択から市町村単位へ、さらには学校(学校理事会)単位へと採択の範囲を段階的に移行します。
引用ここまで
まず「日本国教育基本法案」なるものが掲げられていますが、これは教育の機会の拡充(経済的支援)と地方分権に対応したものようです。宗教に関する寛容・・・は何を目指しているのかその背景が気になります。
「中央教育委員会の設置」は、国の教育行政をスリム化すること解せます。文部科学省のありかたに大きなメスを入れると言うことのようです。
以下を読み進めると、やはり教育に対する地方の独自判断や学校の独自性の確保などを進めていくことのように思います。
おそらく、当初は教育現場は相当混乱するでしょうね。
いままで仕事をしているんだかわからない「教育委員」なども少しは機能するようになるのでしょうか?いずれにしても、組織や体制、それを支える「人材」によって教育の質に大きな差が出てくるんではと思います。http://www.dpj.or.jp/news/files/INDEX2009.pdf
もうそろそろ、目の前のえさに釣られて選挙に行くのではなく、各政党が何をしようとしているのかしっかり見定める方が大事かもしれない。

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コメント9件

 田舎から | 2010.01.01 3:45

いやー、あまり過大評価するものではないと思いますよ。
小説は小説、エンターテイメント以上の物ではありません。
明治人が立派だったなんて神話です。
何時の時代でも立派な人は立派だし、そうでない人はそうでない。
同じ日露戦争でも、八甲田山での人体実験や樺太での捕虜大量虐殺など、坂の上の雲と同時代に育ったはずのお偉いさん、中堅さんたち、けっこう人でなしなことをやってますよ。
日本近代化の理想は日清、日露両戦争によって狂ってしまったと言う人がいますけど、それなら「坂の上の雲」の世代が狂わせた中心になりますね。
こういうのは取り上げる事例を変えることで、どうとでも言えるんですよ。
あまり意味のある態度じゃないですね。

 unimaro | 2010.01.01 12:22

横レス失礼します。
何処の国だろう(比率はあるが)良いもの悪いもの、立派なもんそうでないもんは居ます。
そんなのカメムシだって知っている当たり前のこと。
波乱の多い時代はその高低の差が大きい傾向は大昔から何処にでも見られる傾向。これだってだって知っていることでしょう。
いくつかの悪い例を取り上げてすべてが悪いような言い方をすると、
「人類は存在してはいけない」
という結論以外にならない。
糞やろうはどこにでも出没する。
悪党のほうがよほど分かりやすく、分かりやすいという分だけでもまだ正直だ。
世を腐らせていくのは、「糞やろう」どもが存在するから。

 匿名 | 2010.01.01 15:44

『龍馬がゆく』でも同じだけど司馬遼太郎のファンタジーをノンフィクションかのように捉えてしまう人って結構多いんだよね。
バブルの中でも有能な金持ちは煽るだけ煽って勝ち逃げしてたでしょう。トップの能力は高く大衆の能力が低いからトップは自分だけ儲けているのが実態で、指導者が無能だなんてとんでもない間違い。

 田舎から | 2010.01.01 17:55

>司馬遼太郎のファンタジーをノンフィクションかのように捉えてしまう人って結構多いんだよね。
何でなんですかね?
エンターテイメントはエンターテイメントなんですけど、わかんないのかな?

 tennsi21 | 2010.01.02 23:59

良い悪いは事実を追求してからで良いと思います。坂の上の雲では書けなかった事実や作られた事実があるはず。それは小説なんだから当たり前ですが。
司馬遼太郎が書きたかったのはその時代の人々の意識。
それが全てとは思いませんが、素直にその時代の人の意識という対象に同化したほうが時代を感じ取れるのではないでしょうか。
その前に良い悪いと選択するのは、その価値感が邪魔をしてしまいます。
その中で見えてくるものこそが重要なのでは、歴史小説はそういう読み方をしたらおもしろいと思います。

 ななし | 2010.01.03 4:23

今は支配層ほど躍起になって売国反日に勤しんでますからねw
しかも真のエリートと呼ぶにはあまりにも能力が低い連中が外国、特に米国をバックに支配層になってます。
マスメディアや御用学者、政治家etc
一方で国益擁護派は潰されて来ました。
明治期よりよっぽど状況は悪いでしょうね。
自分の国は自分達が血を流してでも守ると言う気概もありませんし。
日本人は独立心や自立心をなくしてしまったように思いますね。
まずは対米でも対中でも従属関係からの脱却が必要でしょうね。
対立する必要はありませんが、植民地になる必要もありません。

 匿名 | 2010.01.05 10:05

>司馬遼太郎が書きたかったのはその時代の人々の意識。
そうでしょうか。現代ビジネんマンの啓発本みたいな浅薄さを感じますが。

 taku | 2010.01.05 16:38

明治に活躍した人たちはみんな若いですよね。。。
それにも驚きますが、年寄り連中が割とおとなしく身を引いていったのも、今とは対象的です。

 匿名 | 2010.01.08 13:58

少なくとも「バブル」について言えば、
その最大の責任者は斎藤次郎で、それとつるんでいたのが小沢一郎です。
(この二人は湾岸戦争での90億ドル供与の実行責任者でもあります。これが小泉に至る対米従属の流れを作りました。)
そしてそれに媚びているのが亀井静香なのです。
(亀井については、佐高信氏が「日本をダメにした経済戦犯」の9人のうちの1人に挙げています)
これで国益が守れるとはとても思えません。
自己批判からスタートしているなら別ですが、彼らは自分たちの責任を他者になすりつけているだけです。
司馬遼太郎の小説が幻想であるように、
小鳩政権への皆さんの期待も幻想に過ぎないと思います。

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