【情報戦】6.古代ヨーロッパ社会の統合においてキリスト教が果たした役割
古代の中央ユーラシアの遊牧民の間では、取引思考が詐欺的思考にまで発展し、古代社会は諜報と謀略が日常という世の中に入っていった。
一方で、古代のヨーロッパの国家は、集団を喪失した海賊・山賊の寄せ集めだったため裏切りに次ぐ裏切りが日常化していた。このような状況下では、他集団の情報を得るための諜報よりも国家(集団)を統合していくための国家秩序意識の形成が急がれた。
しかし、「数学的自然観」でいかに「民主国家」を正当化しても、民主国家の堕落はとめることはできず、人々の裏切りや寝返りを抑止することは不可能であった。しかし、裏切りや寝返りを繰り返すことは、自我の暴走であって、精神的には非常に不安定な状態となる。従って、国家のみならず個人の内面すら統合不全に陥る。そこで登場するのが宗教であり、とりわけ懺悔(キリスト教では告白とか告解という)というシステムだった。
パウロがすでに自分が罪人であることを鋭い実感でもって告白しているが、キリスト教の教義のもとでは、原罪によってだれも清き人はいないことになる。思考において、夢において、イエスの教えに反しない人はいないだろう。だとすると、告解はどうしても必要なメカニズムになる。この告解の歴史についての考察の要約を訳しておこう。
初期のキリスト教では、教徒たちはたがいに語り合い、疾病や死の床でなぐさめあった。そして死の直前には、自分の罪を告白して、魂を軽くするのだった。ところがキリスト教が布教され、広まってくると、キリスト教の会衆の名誉を守る必要が感じられるようになる。そして会衆のメンバーが不信仰、不貞節、殺人を犯した場合には、会衆の面前で公的に罪を告白し、改悛し、行いを改めたことがはっきりとわかるまでは、会衆から排除された。
司教の制度ができてから二五〇年の間は、教区の主任の司祭が、会衆における告解の問題を処理し、告解をした罪人の特別な祈りと役務、屈辱と改悛の業を定めた。キプリアヌス司教は、デキウス帝の迫害の間に離教し、偶像に供犠を捧げた人々は、司教だけに許す権限があるのに、その権限のない人々によって、信者の会衆に再び迎えいれられたことに、苦情をのべている。
ところが教会で公的に告解することの辛さと、それによるスキャンダルを避けるために、それぞれの教区ごとに、告解司祭を任命することが望ましいと考えられるようになった。罪人はまず告解司祭のもとで告白し、告解司祭は罪人に、会衆の前で告解するか、それとも秘密を守るかを指示するのである。
三世紀から四世紀にかけて修道生活を送ったアントニオスが、私的な告解を主唱したようだが、これは修道士の間でのことである。修道士は自分の思考を書き留め、他の仲間にこれをみせることが推奨されたが、これは司祭への告白ではない。
ところが五〇〇年以降に、告解司祭が廃止された。非常に重要でスキャンダラスな事件において、正しい指導が行われなかったからである。この後は告解の管理はすべてふたたび司教に委ねられる。五世紀から、罪人の感情が重視され、罪人は公的な場で告解するのではなく、書面で公的な告解を提出し、これを教会の役員が会衆に発表する方式が採用されるようになった。
しかし法王レオがこれを禁止し、将来は告解はすべて司祭に私的に実行するものとし、教会で公表してはならないと定めた。七世紀の初めには、告解の一般的な形式が原則として定められたが、公的な告解も私的な告解も、まったく行われなくなる。そして八世紀には、告解書が定められ、生涯のすべての罪が定められ、九五の問いで信者を吟味する方式が採用された。これは自主的な告解がほとんど行われなくなったことを示している。
ところで九世紀には、私的な告解と私的な改悛が一般的なものとなった。十字軍に参加すれば、すべての罪が許されるとか、巡礼にでかけると罪が許されるというアイデアも生まれ始めた。そして一二一五年にイノケンティス三世が、教会の信仰深い信者としてみなされることを望む者は、男女を問わず、年に一度は司祭に告白し、定められた改悛の業を行うことが定められたのである。これが秘密告解(auricular confession)の制度である。
一三世紀までの告白の歴史~
【書評】C・M・ロバーツ『一二一五年までの告白の歴史』ケンブリッジ大学出版会、1901年~(中山 元) より引用
ここまでくると告解を教会の収入源に転用していく「免罪符制度」の実施まで、もう一歩である。そしてこの「告解」を使った「諜報」が次の時代には登場することになるのだが、古代までのヨーロッパでは、積極的な諜報以前の「裏切り者をどうするか」の方に頭を悩ませていたことといえるのではないだろうか。
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