2011年12月13日

カタカムナに学ぶ~宇宙はアマのイノチ(=適応可能性)に満ち溢れている

前回の記事、カタカムナに学ぶ~原始人類の宇宙観(宇宙球アマは無限世界カムに対する外圧適応態)では、
【1】生物(細胞)は外圧(外部世界)に対する適応態であるということは、その原象である有限宇宙球アマも外圧(外部世界)カムに対する適応態であること。
【2】カムのチカラという外圧がアマ始元量の循環運動という内圧を生み出し、宇宙の万象の原動力になっていること。
つまり、宇宙そのものが外圧適応態であり、そこでも外圧(カム)=内圧(アマ)の原理が働いているのである。
これが原始人類の宇宙観(摂理)だったのではないだろうか。
・・・と提起した。
今回も、宇宙と一体化した原始人類の意識のあり方を解明する手がかりとして相似象学会誌『相似象』五号(1973年3月 シーエムシー技術開発㈱発行) を元に、カタカムナの宇宙観を紹介してゆきます。
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●第十三句 
カムナガラ アマウツシツミ
 
イツツワケ ウキフハコクニ
 
サヌキアワ ヒカリカカリミ
 
アマハヤミ カムナカネミチ
 
アマアマナ
 
この句の概要の意味は『力ムナガラ、アア始元量から個々に分けられ(イツツワケ)、アマから変遷して物質を構成する個々のミ(ウツシツミ)は、ウキフ(現代科学の核子に当る)ハコクニ(元素の原子に当る)、サヌキアワ(陰陽電子に当る)、ヒカリ(電磁波に当る)、カカリミ(光量子に当る)、及び、アマハヤミ(超光速粒子、科学では未確認)等である。宇宙の諸天体や諸粒子の実体はアマの渦流から排出されるアマノウツシツミによって、ミのシロが新陳代謝されて存続して居るのであるが、その生命の存続の根元は、アマのアマナを通して、カムナが兼ね支配して居るからである。』 
 
(アマハヤミ)
 とは、「アマの速さをもつミ」といふ意味である。広義では、アマ始元量の素量(ミ)が、アマの速度(アマハヤ)で宇宙空間をゆきかふスガタを総称して居るが、ここでは、アマの速度に準ずる「超光速の現象粒子」をさして居る。 
▼カタカムナのサトリによると、タカマ(宇宙)に渦巻いて流動して居る潜態のアマノウヅメから、ウヅメクソ(ウキフ サヌキ アワ等)や、アマハヤミが発生して居る。アマ始元量の渦流から現象系にあらはれる物質粒子(ココロ)の中で、最も小さく、最も高い振動数を示すもが、(アマハヤミ)であり、アマハヤミの通過する速さは、光よりはるかに早く、アマの速さに準ずる超光速である。そして宇宙空間に押し照る大小の「向力」に、「番力」が、ツガって居るところを、このアマハヤミが通過するとき、おびただしいヒカリカガリミが発生する、と観じたのである。これがもろもろの恒星の放出する電磁波エネルギー等と共に、モロカゲと称せられ、物質のモノシロ(ミシロ)となるといふ直感である。
 
(ヒカリ)とは、カムの力の二次的変遷であり、光振動を示す波動の現象(エネルギー)であると同時に(カカリミ)(光量子)として、粒子のカタチを示す「重畳状態」と、観じて居た。彼らは、(カム)のチカラがさまざまなエネルギーに変遷し、エネルギーは物質に変換し、物質は又、エネルギーに変換する関連を、互換重合性(トコタチ)のサトリによって直観して居たのである。則ち、光子が振動してヒカリを出す他に、光子は電子に変換し、その電子が光振動をもてばヒカリの現象を示す光子に変換する。そして又、光子は電子に変りうるといふイマタチのサトリである。 
 
 要するに、カタカムナの直観物理では、「電流」の現象を、電子の発生消滅の連続(電光ニュース板の如き)と観るように、「ヒカリ」といへども、新陳代謝する、「イマタチ」として観じ、その生滅の問に、随時、位相が変換しうるといふ考へである。
 この示しは、宇宙の諸々の物質が、アマの始元量から変遷したものであることを、体系的にサトリ、ヒカリや電気の現象の「本質」を見抜き、アマハヤミの存在を知った、カタカムナ人の直観が基になっで居る。
 
▼「ミ」の思念 アマハヤミ、ウツリミ、ウツシツミ、ヒカリミあるひはミノシロ、カムのミ、ミの持続(チ)又、イカツミ、マクミ、カラミ、……等の「ミ」といふ考へ方は、カタカムナの直観物理の特色の一つである。この辺で彼らの「ミ」についてもう少しふれてみよう。
 (ミとは、「実体」を意味し、身とか実とか味、三、見、等の漢字があてられるが、それらの意味をいくら合せても、カタカムナ人の考へた「ミ」といふイメージは浮びにくいであろう。
 
「ミ」といふ言葉は、広い意味で活用されて居る。イカツミ マクミ等の「ミ」は潜象であるが、アマハヤミは、最も極微の、潜象に準ずる、現象粒子として扱はれて居る。「ミ」といふ概念は、彼らの(イマタチ)(トコタチ)等の直観物理になじむにつれ次第にハッキリしてくる。
 
 「電子」といふ現代語を、私達は(イカツ)にあて、それは、「サヌキとアワの正反の電気を持つ粒子である」と説明して居る。しかし(イカツミ)に当る適切な現代語はみあたらない。強ひて訳せば「素量であるが……。要するに現代人の概念はイカツまでで、まだ(ミ)の科学が無い状態なのである。(イカツミ)とは、イカツ(電子に当る)の荷って居る「ミ」であり、それは、電気の性質をもつ「ミ」である。(マクミ)とは、イカツを巻いて居る磁気の「ミ」、(カラミ)とは、からんで発生する力の「ミ」で、この「ミ」とは、いづれも潜象である。したがって、イカツは電子として観測されるが、「ミ」は見る事はできない。なぜなら、それは、アマの潜態のままの(ウツリミ)であるからである。
 
 そしてこの三つの「ミ」は(ミツゴ)とよばれ、(モロコ)を形成して、我々が、生命質系や物質系とよぶ現象の、ミのシロに変遷すると直観して居る。言ひかへれば、万象は、電子、原子、分子、細胞等の集合系であり、それらの物質の「ミ」の「シロ」は、アマから変遷したアマのココロ、則ち(ウツシツミ)である。従って、それらの人間の目に見える現象粒子(電子等)の背には、いつも見えない「ミ」が負はれて居る。その「ミ」によって、(カム)の力が配分され、アマのイノチやアマのイキ(エネルギー)やアマのハタラキ(機能)が刻々に伝へられる。 
 このように、アマの分身として、個々の粒子(ココロ)の「ミ」の中に潜在し、核的存在となって居るものを(アマナ)とよぶ。(アマナ)は、いはば、アマの「ミ」のエキスであり、同時に、アマと個々物質とをつなぐ、カケハシの役を果して居る。言ひかへれば、「ミ」の実質もアマ始元量であり、「ココロ」もアマ始元量の変遷した粒子である。どんな微小なものでも、アマから分けられて「マトマリ」をなして居るものに「ミ」があり、そして、それは、アマの速さでアマと交流して、アマのイノチを受け、刻々に(イマ)(イマ)の「イマタチ」で新陳代謝して居る……と直観したのである。(新陳代謝の全面的停止は死を意味し、「マトマリ」は崩壊してもとのマ (則ちアマ始元量)とマリ(アマ姶元量の微分状態、アメともよぷ)に還元するが、生存中もマリは、刻々に発生し、刻々に崩壊して居る。)
 
▼カタカムナ人はこのように、自分たちの「イノチ」が刻々に新しく発生、消滅する様相を、如実に感じて居たに違いない。上古代人が大らかで明るかったと言はれるのは、彼らが無知で野蛮だったからではなく、彼らの直感に基づく「哲学」の高度さによると考へるべきであらう。直観の鍛練を怠り、中途半端な「理性」に練るしかなくなった我々後代人の心が、過去にこだわり、執着したり絶望したりするのは、既に消滅した残骸(死ニガラ)を、人間のアタマ(記憶)で引きずって歩いて居るようなもので、現実には、我々のイノチは、電子より早い速度で更新されて居る事実に気づかない為である。我々の心や身体には、アタマの良し悪しや性格の如何、体質の強弱、貴賎貧富等の別にかかはらず、又、子供にも大人にも病人にも、今にも死にそうな老人にでも、誰にでも、すべて平等に、新しい「朝」が訪れ、刻々に、アマのイノチが移されて居る。それ故、どんな人でも、「イマ」から新しく生きかへるチャンスが恵まれて居る……と、カタカムナ人は考へたのである。
 

ここには重要な点が書かれていると思う。実現論前史「可能性への収束=統合」にあるように、万象は外部世界に適応しようとして先端可能性へと収束する、その可能性への収束によって統合されている。
ということは、アマ(始元量)も適応可能性に収束することで統合されていると考えられる。
アマ(始元量)の分身・名代であるアマナを結球核としてアマの微分量アメが結球し素粒子や天体が生れる。つまり、アマナにアメが収束することによって結球化し統合されている。このアマの分身アマナは適応可能性の結晶核である。
「宇宙空間に充満している目に見えないアマ始元量(アメ)が「場」の本体~」で紹介したが、
アマ始元量が潜態のまま、微分されて居るものは<アメ>とよばれ、宇宙空間に遍満して居る。
アメが集合してマリとなったものがアマの微粒子(ココロ)であり、万象を構成する要素、則ち、「ミのシロ」に変遷する。それはウキフ(中性子陽子等の核子に当る)、ハコクニ(原子に当る)、サヌキアワ(正反電子に当る)、ヒカリカカリミ(光量子に当る)等とよばれる。又、アマから直接に、とび出してくる超光速の微粒子もある。「ココロとは、アマの微粒子の総称」である。
アメが「集合マリ」になり、ココロ(微粒子)のカタチを保ってミのシロに変遷してゆくのは、ココロの中心部に、「アメの潜態のまま凝集して濃密になったもの(アマナ)」が、核的存在として、その粒子の結合力となって居るからである。
アマナとは、宇宙に満ちているアマ(始原量)の分身・名代であるが、このアマナがアマが微分されたアメの渦巻き運動の中心核となっている。そして渦巻きが結球化しヒコユヅ(陽子・中性子・陰陽電子)が生まれ、さらに宇宙レベルでは巨大なアマナ=フトヒを結球核として、ヒコユヅが巨大結球化して天体となる。  
このように、アマが微分されたアメが、アマナという結球核に収束することによって結晶化したのが素粒子や天体である。
アマの分身・名代であるアマナは先端可能性の収束先であり、可能性の結晶核である。ということはアマ始元量、あるいはアマのイノチとは、適応欠乏と可能性への収束力ということに他ならない。(そこには、有限宇宙球アマを取り巻く無限世界カムの外圧も重合している)
アマのイノチ(始元量)を適応可能性として考えれば、それが人間の目には見えない潜象であることもうなづける。
可能性とは未在のもの、つまり潜象だからである。
言い換えれば、
宇宙はアマのイノチ(=適応可能性)に満ち満ちているということであり、上古代人(原始人類)が大らかで明るかったのは、そのことを直観していたからではないだろうか。

 カタカムナのサトリの根元は、このような天然自然のアリのママのスガタを直観したところに基いて居るので、少しもわざとらしいムリがなく、スジが通って居るから、現代でも、カンのよい人々には、スナホに受け容れられるマトモサがある。その意味で、劣化した直観性能の代りに、合理的思考に偏重した近代文明の危険さが、改めて反省されるのである。 
統合性とは、微分されたものの根源を考へる方向性であり、人間が現在のように分化発達した、その「カミ」を知る事である。 
微分性だけが、アンバランスに進んだスガタは、決してマトモとは言い難い。人類の歴史として長い目でみれば、やがて、将来の平衡を得る過渡の、跛行状態であるのかもしれぬが、あるひは又、このま傾き続けて、倒潰してしまふかもしれない。その意味でも、この辺で、上古代人の鋭い直観が把握して居た天然宇宙のサトリの、スケールの大きなマトモサを改めて吟味し一人間の「平衡感覚」を正す方向に、即ち、当り前の在り方に自らを転ずる人が、多くなってはしいものである。現代科学はこの微分性の方向に展開をつづけて居るが、科学が真に大成する為には、高度の知性による統合が必須である。現代の実証の科学と共に、直観の科学の確立の必要が痛感される所以である。

 

 
●第十四句 
カムナガラ イツツクニマリ 
アマココロ アワセカサナル
アマイノチ オオマトコマノ
カヨフマリ カムナカネミチ
アマアマナ
 
この句の概要の意味は、『カムナガラ、アマの微分の個々(イツツ)によって成りたつ万象(クニマリ)には、アマのココロと、アマのイノチが、重合され(アワセ カサル)、オオマと、トコマが通じて居る。それは、カムナの兼ね支配するアマナによるのである。』 
 
(クニマリ)
とは、前句のハコクニ(正反親和して箱のようにマトマって居るクニ)と同じく、「自由に(ク)固定されたもの(ニ)」の思念であるから、国の意味のみでなく、原子から、諸天体に至るすベての物象を包含する言葉である。 
 
(オオマ)
 とは、アマを、全体的に、大きな遠方的なものとしてとらへた感じであり、(トコマ)とは「ともに互換(トコ)するマ」即ち近い環境に在る「アマ」といふ感じである。 
 
 なほ「オ」は、図象文字によれば「六方」を意味する思念があり、したかって「オオマ」といへば、六方に大きく拡がって居る感じが強調される。「オホマ」といってもよいであらうが「ホ」には正反親和の思念があるから、同じく「大きい」といふときにも、「オオキイ」と「オホキイ」では、少々違ったニュアンスになる。「大らかさ」などといふときは「オホラカサ」がふさわしいわけである。 
 
 この示しは、個々万象には、大きなアマの全体的な支配と、環境的な近いトコマの支配とが通って居り、刻々に、アマのココロと、アマのイノチが疎通し、「物質的な新陳代謝」と「生命的なエネルギーの補給」が行はれて居る、といふ直観が基になって居る。 
●第十五句 
カムナガラ オオママトマリ
 
タカマコロ タカマイキホヒ
 
イキイブキ ワタツシホコリ
 
チシホコリ カムナカネミチ
 
アマアマナ
 
 この句の概要の意味は、『カムナガラ オオマがマトマって巨大な宇宙球(タカマコロ)となる。その宇宙のエネルギー(イキホヒ)は、タカマの外域(ソトハラ)のカムのチカラのカべから供給される、イキイブキが根源である。タカマの内域では、そのイキイブキが次第に凝結して(ワタツ)、気相液相固相に分離し(シホコリ チシホコリ)諸天体のカタチが表はれる。そのことは、カムナの兼ね支配するアマナによるのである。』 
 
(イキ イブキ) 
 「イキ」の「キ」には、自然発生の思念があり、生(キのままとか生地など純粋の意)木、起(発生、沖)、消滅、又は、トキ(時)、ウキ(浮)、サキ(咲、裂)、クキ(茎)、キル(切、着)、イキ(息、生気)等の言葉がつくられて居る。「イブキ」とは、「イキ」のエネルギーの意味で、宇宙的な息吹きの波動を表し、「イキホヒ」といへば、それが個々物質に表はれる勢力を表はして居る。 
 
〈ワタツ〉 
 とは、「和して(ワ)独立的な(タ)個々(ツ)」の思念であって、単に地球上の「海」のような現象のみを意味する言葉ではなかった。つまり、アマの微分粒子(ココロ)が次第に集って濃密なマトマリになり、次第に凝縮して、ミクマリ(コロイド状、気相液相固相が混じり合って居る状態)になり、そこから、だんだんに、気体、液体、固体の物質が分離し、水や土や岩や塩などが凝結して、天体が発生してくる様相を、「ワタツ シホコリ チシホコリ」と表明して屠る。「海」は二次的な意味である。(シホ チシホとは、アマウツシの重合(ホ)が繰返し示される思念) 
 
この示しは、アマのイブキから、天体が発生するスガタを直観したサトリが基になって居る。彼らは、カムのチカラが宇宙のイキイブキとなり、いろいろのエネルギーに変換する事をサトリ~天体の発生をはじめ、溶解とか溶融、凝固析出等の物理をサトリ、そしてそれらのアマ始元量の変遷は、カムナの兼ね支配するアマナによるものである事をサトって居た。
 
●第十六句
 カムナガラ タカマオノコロ
 ワタチタマ オオキアソフク
 
 カガリヒコ イブキウツリミ
 
 ハエツキヘ カムナカネミチ
 
 アマアマナ
 
 この句の概要の意味は、『カムナガラ、タカマ(宇宙)の内域にはオノコロ(天然にできたオノオノのコロ、則ち、太陽や地球、月等、すべて相似象的に、宇宙の諸天体をいふ)があり、ワタ(液相-海)とチ(固相-地)のある球(則ち地球のこと)もその一つである。いづれもアマのイブキのウツリミであり、したがって火山現象(アソフグ)は地球上のみでなく、宇宙の大きな光り耀く星(カガリヒコ)にもみられ、宇宙の内域には、そのような天体の発生(ハエ)消滅(キヘが、永遠的に繰返へされて居る。それは、カムナの兼ね支配するアマナによるのである。)
(オオキアソフク カガリヒコ)
 「オオキ」とは、六方に(オ)大きく(オ)発生する(キ)思念、「アソフク」とは、火山噴火の古語である。彼らは火山現象を地球上のみのものとは観ず、恒星や巨星も、宇宙の巨大なアソフク現象と観て居た。「カガリヒコ」とは光り軽いて居る太陽や諸恒星をさし、「ヒコには星の光が波動で伝はる意と、アマから生れた子孫の意がある。
(ハエツ キヘ)
とは、謡天体の発生消滅の、大きな循環系のサトリを意味する歌詞である。
▼以上第二章のサトリは、マガタマやミスマルノタマの表象物に托して人々に示されて居る。又、後に示す鉄や農業の技法のサトリの基には、このような天然のなす熔融理や、天然自然の生態、要するに、宇宙の大きな循環系に関するサトリがあったのである。
▼(このようなカタカムナ人のサトリが、単なる直観知のみでなく、あるひは計測的な天文智識にも、よるものであったのかもしれない。今、私達は、そのことを考証する資料をもたない。しかし彼らのサトリが、如何に宇宙自然の真相を把握したものであったか? といふ証拠は、楢崎の研究グループによって、カタカムナのサトリに示唆された新しい技法が、植物、動物、鉱物にわたって次々と開発されて、現代科学のゆきづまりが打解されつつある一例によっても、明らかであると考へられる。

 
 
 近代~現代科学の問題の一つは、常に対象が一方的に主体を規定するという間違った捉え方にあると思う。機械論的自然観、極論すればビリヤードの球の運動のように自然を捉えている。例えば、ダーウィンの自然選択説(淘汰概念)では、「自然」が種を一方的に選択するとされている。だが実際には、自然による一方的なものではなく、生命は自ら適応しようとしている。
また物質でも、無数にあるの原子のうち、原子Aはある条件下で原子Bとはとは化合するが、原子Cとは化合しないというように、物質はある種の選択性を持っている。ある種の選択性を持つのであれば、それは一つの適応可能性に収束していると言ってもよい。
万物万象を貫き、主体と対象の論理は、常に対象が一方的に主体を規定するような、単純なものではない。原子でも、ある与えられた条件で、重力をはじめとする力関係の中で適応して状態を保っている。対象と主体の関係は、常にイコールで捉えておく必要がある。
淘汰についても同様で、環境が生命体を規定しているだけでなく、環境に対して生命体が必死に適応しようとしているという両面性で捉える必要がある。 
それと同様に、物質(素粒子や宇宙)も外圧に適応しようとして可能性に収束しているということを、カタカムナの直感物理は教えてくれている。
一方、神によって人間や生物が一方的に支配されるというのがキリスト教の世界観だが、近代科学もそのパラダイムを受け継いでおり、神に成り代わった人間が一方的に自然を支配(収奪)というパラダイムである。
つまり、キリスト教も近代科学も支配-被支配というパラダイムにある。
だからこそ、対象が一方的に主体を規定するという発想になる。だからこそ、宇宙の万象が適応可能性に収束することを完全に捨象し、まるで機械を分解するかの如く、動物を切り刻んで解剖するかの如く、対象(宇宙や生物)をひたすら「微分」する方向に展開するしかなくなるのだ。

List    投稿者 ihiro | 2011-12-13 | Posted in 13.認識論・科学論20 Comments » 

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コメント20件

 無識人 | 2012.12.19 15:00

力のある人、口うるさい人の、言い分が通るのが「民主主義!」
って感じーー。

 Hiroshi | 2012.12.19 15:06

>力のある人、口うるさい人の、言い分が通るのが「民主主義!」
>って感じーー。
その典型がTVでありマスコミですよね!

 egoist | 2012.12.19 15:23

社会を支配階級と被支配階級に分離させて論じる辺りが、まだcommunistの亡霊が彷徨っているような気にさせられる。
今は21世紀だよ?!

 アルルの男・ヒロシ | 2012.12.19 16:51

歴史は繰り返す。
アルアル大辞典にまんまと乗せられていた日本人ですから。

 Hiroshi | 2012.12.19 21:22

egoistさん、アルルさんこんばんは、
情報操作している連中、そしてそれに操作されている連中は厳然として存在していますね。どうしたら目がさめるんだろう?・・・って思いますが、覚醒した人が増えているのも事実。面白くなってきたと思います。

 にほん民族解放戦線^o^ | 2012.12.20 1:24

今回の選挙結果を見て、「民主主義」の恐ろしさをあらためて感じた。

某Y紙やテレビの予測通りの結果になった今回の選挙を見て、「民主主義」というものはほとほと恐ろしいものだとあらためて思った。
 クリックで応援おねがい! …

 匿名 | 2012.12.22 19:31

どうにもならないんだから、みんな奴隷でいいんだよ。そのほうが平和だ。

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