2012年05月14日

魔術から近代科学11 キリスト教→近代科学の時空認識および終末論的熱力学の陥穽

「キリスト教も近代思想も近代科学も、ゾロアスター教が確立した略奪集団の正当化と他者否定のパラダイム」で紹介した、大出晁氏の論文「ヘレニズム・ローマ時代の知の系譜2-正統的知識と非正統的知識Ⅴ」には、注目すべき記述がある。
我々が常識としている、直線的に時間が進行するという時間認識が、実はキリスト教世界だけのものであることが提起されている。

占星術に対するキリスト教思想家の態度を考察するにはキリスト教的時間観について考察しておく必要がある。この問題はキリスト教出現後の思想の基本的枠組みを規定する最も重大な要素を含む。

「魔術から近代科学へ」というテーマからは若干脇にそれるが、「時間・空間」は近代科学、とりわけ物理学の土台を成すキー概念であり、近代科学は時間・空間認識に重大な陥穽を孕んでいると考えられる。今回は、その問題提起である。
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大出晁氏の論文「ヘレニズム・ローマ時代の知の系譜2-正統的知識と非正統的知識Ⅴ」から引用する。

古代オリエントの民族の多くは円環的時間観を有していた。
古代エジプトでは時間は再帰する状態の継起とみなされ、過去と未来の区別をもたなかった。早くから天変占星術に関心をもっていた古代メソポタミアの諸民族は、その天体の地上への影響への信仰を考えると、歴史的進歩の思想を持っていたとは考え難く、天体の運動に象徴される円環的な時間観を有していた。前5世紀の古代ギリシアにおいては、その思想の<過去回顧的>性格からして、主要な哲学学派が未来を軽視して過去を重視する円環的な時間観を有していたことは驚くにあたらない。
古代社会で例外的なのはペルシアのゾロアスター教である。
前6世紀から前331年のバビロニア征服のころにかけてペルシアではゾロアスター教が最盛期を迎えた。その始祖ツァラツストラは北ペルシアの牧羊族の出で、多神教を排してマツダ神への信仰を説き、真理に組するものは不朽の栄光を獲得し、虚偽に組するものは「永遠の暗闇」に罰せられると説いたが、この「最終の事態」の教義こそ、終末論の最初の体系的主張で、ユダヤ教とキリスト教に深刻な影響を与えた。
キリスト教は救世主キリストの出現にはじまる世界の出来事の一回性と最後の審判に終る歴史的終末論を主張し、この直線的な時間観は古代世界を支配していた循環的で再現可能な時間観と基本的に対立していた。そして、それを明瞭に主張し、特に、ギリシア人の時間観を弾劾したのはアウグスティヌスで、『神の国』でキリスト教教義を支える終末論的な直線的時間観を明確に述べて、それに反するギリシア人を痛烈に非難している。

我々現代人が常識としている直線的時間観の起源はこのキリスト教にある。すなわち、天地創造に始まって最後の審判に至るまで直線的に進むという時間認識である。
そして、この直線的時間認識を前提として近代科学は組み立てられている。
例えば、時間軸を数直線で表し、変位量(例えば移動距離)を時間で微分すれば速度が求められ、速度の変位を時間で微分すれば加速度が得られる。
これを見い出したニュートンは『プリンキピア』の冒頭で、時間と空間について次のように説明している。

普通の人々は、これらの概念を経験的な事物との関係でしか考えないので、誤りが生じやすい。それを避けるために、絶対的な時間空間と相対的な時間空間とを区別し、力学は絶対的な時間と空間に関わることを銘記することが肝要である。
絶対時間とは、外的な事物とは無関係に、それ自体で一様に流れる時間であり、人々が物理的な手段で測定している時間は、それを不完全に計ったものにすぎない。力学は、本来、絶対時間を使って成り立つものである。
他方、絶対空間とは、これまた外的事物とは無関係に存続する不動かつ不変の空間で、力学で扱う空間的距離は、この絶対空間に即した大きさでなければならない。
かくして、場所や運動など、力学で扱われるそのほかの概念も、絶対時間と絶対空間に基づいて理解されなければならない。
『科学哲学入門』「時空の理論と測定──ニュートンの絶対説とライプニツの関係説」

このように、対象と独立した(無関係の)絶対時間と絶対空間を尺度として物理量を把握したのがニュートンであるが、デカルトも空間認識も同じである。デカルト座標(直交座標=X軸・Y軸・Z軸から成る三次元の空間座標)と呼ばれる。

直交座標システムは、デカルト座標システムとも呼ばれるが、その名は、フランスの数学者にして哲学者のルネ・デカルトに因んで付けられている。なぜならば、デカルト座標は、デカルトの哲学を数学へと応用したものだからだ。
デカルト座標システムにおいて、デカルト哲学の出発点である自我に相当するのは、原点である。すなわち、視覚的に与えられた三次元空間における原点は、原初的には自我の位置にあり、物理的に自我の位置にない場合も、他我の立場に自我を想像的に置くことで三次元空間の位置付けが理解されているのである。
有限な存在者である自我が有限な原点だとするならば、無限な存在者である神は無限に延びる座標軸で、自我が神を媒介に認識する世界はその座標軸によって位置付けられる空間全体ということになる。座標軸が無限ならば、その座標軸を媒介にして、有限な原点と無限の空間が結び付けられる。
『システム論ブログ』「デカルト座標はなぜデカルト的か」

Cartesian_coordinate_system.png
「デカルト座標」
ニュートンもデカルトも、直線的に進むという時間認識、時間とは独立した空間が一方的に無限に拡がるという空間認識は共通である。
実際、近代科学の物理量の基本単位がこの時間と空間(長さ)である。それに質量と電気量を加えた4つの独立した単位を基本単位として、長さ・時間・質量・電気量という単位(物理量)を組み合わせて様々な単位概念が構築されている。
このように現代科学(物理学)の土台を成している、その時間概念や空間概念は本当に正しいだろうのか?
架空観念であるキリスト教の天地創造→終末論の延長に近代科学の時間認識や空間認識があるとすれば、その時空認識も架空観念ではないだろうか?
また、近代科学の時間認識・空間認識はキリスト教の影響だけでなく、もう一つの特徴がある。座標という形で数量化されているということだ。
「数学的形式に当てはまるように捏造した、現実には存在しない架空観念の体系が近代科学」で、『新・物理入門』(駿台文庫)の山本義隆の言葉を紹介した。 

近代物理学の法則とは、このように数学的処理になじむように人間が単純化し、理想化し、抽象化した現象の法則である。ここに、近代物理学を学ぶうえでの数学的概念の重要性がある。
「自然の言葉は数学で書かれている」と言ったのはガリレイであるが、近代になって人間は数学的に自然を捉える術を見出したというほうが真相に近い。自然がというよりは人間がとりわけ、近代人が数学的見方を好むのである。

加えて、『るいネット』「宇宙や世界を考察する際の数学の位置」では、近代科学では数少ない解ける微分方程式だけで世界が説明される傾向が指摘されている。

現在の物理学は数学的手法で理解される。例えば、宇宙を考える基礎には『アインシュタインの方程式』と呼ばれる微分方程式がある。しかし、この式は近似的なものは別にするといまだに解けず、現在でも数学者の追求テーマになっている。そして、これが解けると世界がわかるという前提で、数学的世界の中での追求が続いている。ここには、現代の数学はこの世を解き明かす万能の知恵であるというような価値観が潜んでいそうだ。
また、微分方程式というものは、科学工学の分野では多く使われているのだが、これはこの方程式が解けることが前提になる。実際に学校で習う微分方程式は解けるものを選んで勉強する。しかし、一般にはあまり知られていないが、多くの微分方程式のうちその解が得られるのはほんのわずかで、そのほとんどが解けないというのが現実だ。つまり、解ける微分方程式だけで世界を把握しようとしている偏向が見て取れる。

近代科学が前提としてきた直線的時間認識やデカルト座標という空間認識は、キリスト教の天地創造論と終末論を引き継いでいるだけではなく、数学的形式に当てはまるように都合よく数量化された時空概念を捏造したのではないだろうか。
実際、デカルトやニュートンが生きた17世紀は、世界を数量化しようとする時代精神(パラダイム)に支配されていた。
近代科学は数学を金科玉条のように使う。
しかし、数式にインプットされる時間概念や空間概念そのものが、数学的形式に当てはまるように都合よく捏造されたものだとしら、自然(宇宙)の真の姿が未だ解明されないのは当然であろう。
物理学者の朝永振一郎氏も、現代物理学の矛盾の所在がその時間・空間概念にあることを指摘している。
朝永振一郎氏著の『量子力学と私』(みすず書房刊)から引用する。

それでは、自然は一体どちらを望んでいるのであろうか。
すなわち、相互作用をいくらでも小さくすることが実際に可能であり、したがって互いに無関係な素粒子という概念が明確な意味をもっていて、その上無限大などの現れて来ない理論が要求されているのであろうか。それとも、相互作用の小ささには限界があり、したがってわれわれの理論の構成の土台になっていた「互いに無関係な素粒子」という概念の変更が要求されているのであろうか。
このいずれかが自然の真相である。
しかして量子力学と相対性理論とをそのままの形で結び合わせたわれわれの理論は、このどちらにも属せずに内に矛盾を含んでいるのである。
この矛盾の所在は多分この理論の中の素粒子とか相互作用とかあるいは時間とか空間とか、そういう概念にあるのだろう。
なぜならこれらのものは相対性理論において絶対運動の概念が、量子力学において粒子・波動の概念が受けたような批判を、まだ少しも受けずに多分日常的な意味で用いられているからである。

●キリスト教の世界観を引き継いだと考えられるのは時間認識・空間認識だけではない。
ビッグバン説はキリスト教の天地創造説を、「宇宙はひたすら無秩序化→熱的死に向かっている」という熱力学の第二法則は終末論を引き継いだものではないだろうか?
井口和基氏はその公式ブログ『Kazumoto Iguchi’s blog』「生命の物理学的基礎の理論の構築のハードル」で、熱力学の法則に対して根本的な疑問を提起している。

我々が生命現象を理解しようとすると何が一番のハードルになるか?というと、それは熱力学である。微視的な観点を入れたら統計物理学である。これが一番の大問題になる。
つまり、エネルギーの保存則とエントロピー増大の法則、永久機関の不可能性など、こういった熱力学の大原則がそっくりそのまま生命現象を否定する方向に働いてしまうのである。
その理由は、我々の知るところの、熱力学理論体系というものは、「孤立系」を記述するために成立したものだからなのである。孤立した系のエントロピーは常に増大する。エネルギーは不滅である。その結果、一度エネルギーをもらったら、後は崩壊して定常状態、つまり、死んだ状態へと回帰して行くことを必須とする学問、理論体系なのである。
ところがその一方で、生命は常に万物は流転するのである。一度も留まるところを知らない。常にエネルギーの流出入がある。
世代は常に交代し、身体の中の原子分子も約3ヶ月で全部入れ替わる。にもかかわらず、国は国であり続け、人は人であり続ける。脳は脳であり続ける。しかも時間とともにますます新しい経験や情報を蓄積して行くのである。

果たして、こういう生命の移ろいゆく様を物理学の原理として解明可能か?
果たして、そういう生命現象を数学の言葉で記述することは可能なのか?
これが、私がこれまで、そして死ぬまでに何とかして解明しようとしている問題なのである。この問題に集中し始めて、すでに5年が過ぎ去った。
そしていきついた答えが、
我々はどこかで間違った?というものなのである。我々は19世紀に近代科学を誕生し、それを20世紀に発展させ、ついに21世紀にやって来たが、時代が立てば経つほど、時間が過ぎれば過ぎるほど、逆にこういう生命現象の解明からは遠ざかっているように見えるのである。
確かに生命現象に必須な物質的側面のパーツ(部品)の解明という意味ではかなり進歩したが、それは物質科学の矛先が生命系にも物理学帝国主義的に侵入したという意味でしかないのである。例えば、DNAは解明できても、DNAがなぜ自分で自己複製し、子孫を残してゆくのかという問題ではまったく進展はないからである。

●それに対して、原始人類や(キリスト教以外の)古代人たちの時間認識・空間認識はどのようなものであったのか?
楢崎皐月氏は『相似象』第六号(1973年刊 楢崎研究所発行)
「現代科学の物理法則と、カタカムナ的な相似象のサトリ」「1.物の観方、考へ方の相異点」で次のように述べている。

●現代人の科学的な考へ方(時間・空間量、エネルギーと物質、熱力学法則等について)
現代人一般は、すべての現象は、「非可逆性」のものである、と決めて居る。
そして、全宇宙現象の始元量を、「時間量と空間量の二元」で扱ひ、いづれの元も、「一方的に拡がる性質の物理量」であると観て居る。即ち、時間の概念は、「未来から過去へ」一方的に、タテに経過する性質(未来の時間がやがて現在になり、過去になる)だけであって、「過去から未来に」反転する時間量を認めようとしない。空間量も、一方的に無限遠に拡がる「正」の性質だけであって、縮小方向に進む「反」の空間量の存在を認めようとしない。
そして、時間・空間といふ二つの「元」から成り立つ基本的な「次元」量を、「エネルギー」と「物質」として扱って居る。
つまり宇宙は、それぞれの集合に応じて、非可逆性の経過をもつ現象であり、熱力学の法則に従ふ、といふ考へ方である。
熱力学の第一法則は、「エネルギーの恒存性」である。つまり、エネルギーは、光・熱・電気・運動・位置等の様々のエネルギーに変遷し得るが、エネルギーとしては恒存する(つねに存在する)という意味である。
第二法則は、「エントロピー増大」即ち、すべての現象は、秩序のあるところから、無秩序の状態に進展し、その秩序は再び戻らないといふ法則である。つまり全宇宙は、「エントロピー増大」に進み、その窮極は、熱の拡散的均一化に因って「熱的死」の状態に到達し、すべての生物も、このエントロピー増大の原理に従って死滅する、といふ観方である。

●カタカムナ的サトリの考え方の基本的特徴
(1)現象と潜象の無限循環の可逆性(潜象の把握)
このように、全宇宙の現象が、一回限りの経過、即ち非可逆性のものであるといふ現代科学の見解に対し、カタカムナのサトリの基本的特徴は、「現象」は、現象背後の「潜象」と重さ成り、「無限循環」の「可逆性」のものである、といふ直観である。言ひかへれば、「現象」は旋転的に短期回路を可逆しながら、潜象として、長期的回路の循環可逆を重ねて行って居る(マワリテ メグル)といふ観方である。
そして、たとへば、地球が自転しながら公転して居る現象も、又、我々の肉体が、刻々に新陳代謝しながら生命を持続して居る現象も、更に、精神現象も、すべて、この物理(コトワリ)の相似パターンとして把握して居る。
したがってカタカムナの上古代人は、時空量を、現代科学の見解のように、一切の現象に対する、ハジマリの量(元)とは観て居ない。時空量に当たる上古代語は、<トキ トコロのマリ>であり、カタカムナ人は、時空量よりも、もっとモトに、全宇宙の諸現象の、ハジマリの元(始元量)のあることを直観して、それを<アマ>と称して居る。即ち、科学でとらへて居る時空量をはじめ、全宇宙の一切の諸現象は、この<アマ>の微球、即ち、<トキ トコロのマリ>の変遷したものである、といふサトリである。

(2)アマ-カムの重合系潜象
<アマ>とは「アのマ」即ち、「アらゆるマ」とか、「アまねきマ」といふ思念である。
そして、その<アマ>とよぶ有限世界の宇宙球は、<カム>とよぶ無限世界に接続して居る「重合系の潜象」であり、したがって<マリ>とは、そのアマ(マ)から離れて(リ)「マトマリ」を成した「球状の潜象」であり、別言すれば、「微分されたアマ」、即ち<イマ>の意でもある。<イ>には微粒子の思念があり、「イマのマ」とは「今」の意に通じ、「今」といふものの本質も亦、潜象のアマの微粒子(マリ)である事を示して居る。
言ひ換へれば、時空量としてあらはれる全宇宙現象は、<アマ>(マ)といふ目に見えぬ潜象から生成され、<アマ>の潜象に還元する「短期旋転の可逆」を行ひながら、その<アマ>は、無限界の<カム>から生成され、<カム>に回帰する「長期回路の循環可逆」と重さ成り合って居る、といふサトリである。
そして、この相(スガタ)こそ、天然の「原形象」であり、宇宙の諸々の現象事象は、それの相似象であるといふ直観である。
要するに、宇宙の諸現象は、すべて、現象背後界の<アマ-カム>の潜態から生成され、長期的に、その潜象に還元する、可逆の性質であるといふサトリである。

(3)互換重合性の物理
現代科学が時空量の二元を、それぞれ別質の独立した物理量として、固定した観方をして居るのに対して、カタカムナの直観のサトリに於ては、時空量の本質は<マリ>(マの微球)であり、始元の状態に於ては、時空は重合した<マ>になって居り、<マ>(潜象)に於て互換されて、時空量は空間量に、空間量は時間量に、交番的に変化する性質がある、といふ観方である。
自然の真相を、ありのままに、運動系の重合状態として把握した点に、根本的特徴がある。

(4)互換重合の相似パターン(トキ・トコロ、エネルギーと物質、物質と生命質等の互換性)
この「互換重合性」(トコタチ)の把握は、カタカムナの直観物理の、最も重要な特徴を示すものであり、アマ-カムの重合系潜象を原象(モトガタ)とする、基本パターンである。
彼らは、この互換重合のパターンに相似する例として、「エネルギーと物質の互換性」をサトリ、「恒存性」(エネルギー不滅)の物理と共に、「互換性」の物理を示して居る。
又、生物に於て、物質の代謝により、物質が生命質(生命物質)に変り、生命質は分解によって素物質に変る、といふ「物質と生命質の互換性」があると共に、個体の生命は、つねに「アマ始元量(潜象)に重合」して保たれて居る有様を直観し、その関係を、次のような物理として示して居る。
即ち、物質や生命質の基本的構造の内奥に<アマナ>(アマの分身)なるものが、目に見えぬ潜象の「核」として潜在し、広域のアマ世界と、刻々に、融通無碍の自由な出入り関係にあるからこそ、このような、互換重合の事実が、成り立つといふコトワリ(物理)である。
そして、物質のアマナ(潜象の核)は、物質の基礎的要素を生産し、原子を構成し、保持し、その質量を決める役割を演ずる。同様に、生命質のアマナ(潜象の核)は、生命質の諸要素を生産し、これを秩序化して、生命体の構造と機能を発展させる役割を演ずる、といふ直観である。
要するに、すべては可逆性のものであり、短期回路を旋転しながら、長期回路を循環する(マワリテ メグル)モノである、といふ自然観をもって居たカタカムナの上古代人は、全宇宙の現象が、螺旋的可逆性(アマノウズメ)の繰返しであることを直観し、万物万象を、「流転の相(スガタ)」としてアリノママに把握して居たのであった。
例へば、生物が、熱力学にいふところの、エントロピー増大の、即ち「プラス」のエントロピーの法則のみに従って居るとは思はれない。「栄養」「生殖」「遺伝」「世代交番」といふこと等々は、熱力学のプラスエントロピーの法則では説明しきれぬ、「マイナス」のエントロピーの現象、即ち、「新たな秩序化の方向」といふべきものである。
たしかに、生物は、プラスエントロピーとは逆向きの、マイナスエントロピーの法則にも従って居る、と考へる方が妥当であらう。
といふよりも、生命体の健康な生活の為には、プラスエントロピーの増大を抑制する程度ではなく、積極的に、「マイナスエントロピー」を増大させる方法が必要であることを直観して、科学的思考では考へられぬ有効な技法を、いろいろと示して居たカタカムナの教へは、我々にとって、大いに参考になるに違ひない。

井口和基氏が指摘するように、熱力学第一法則も第二法則も宇宙は孤立系であることを前提として成り立っている。そして、その孤立空間の中で、時間も空間も非可逆のものとされている。つまり、時間は一方的に流れ、空間は一方的に拡がり、物質もエネルギーも時間とともに空間の中に無秩序に拡散してゆき、いずれ「熱的死」を迎えるというものだ。
しかし、カタカムナの認識では宇宙は孤立系ではない。
有限宇宙球<アマ>を取り巻く無限の潜象世界<カム>との間で常に循環している。
そして、時間量も空間量も宇宙球<アマ>から分かれたものであり、時間量と空間量は相互に入れ替わりながら、無限世界<カム>と有限宇宙球<アマ>の間を循環している可逆性のものである。
また、物質もエネルギーも相互に入れ替わりながら、カム-アマの間を循環している。そこでは熱力学の第2法則(無秩序化)とは逆方向の、秩序化=統合の法則が存在している。
近代科学の誤りor限界、あるいは新しい自然認識の可能性は、このような宇宙認識(孤立系か循環系か?)、時間・空間認識(非可逆性か可逆性か?)、熱力学法則とは逆の秩序化法則の存在といった辺りにあるのではないだろうか。
いずれ本格的に、この問題は追求する。
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List    投稿者 staff | 2012-05-14 | Posted in 13.認識論・科学論9 Comments » 

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コメント9件

 匿名 | 2013.06.13 14:51

これはうなずけますね。
身内や同僚にも癌でたくさんなくなってます。
抗がん剤治療を始めてから必ず1年半以内には
なくなってます二年間に親戚、同僚含めて7人です。
付けくあえれば抗がん剤治療を途中で止め違う治療
たとえば免疫治療の親類は二人いますががんばって
生存しています。
抗がん剤は癌を促進させる薬ですとしか言いようがない

 なるほど | 2013.06.13 18:19

歯壊医にも気をつけなければなりませんね。
まだまだ再生治療は先ですし、殺された(乱暴に削られたり詰められたりすると不可逆性の歯髄炎になりやすい)神経は戻りませんからね。

 ANAN | 2013.06.28 16:55

医者に「とうげは、明日でしょう。もう助かる可能性は、ありません。親族の方々を集めて下さい。」と、言われてから、私の祖父は、なぜか10年生きました。(癌ではないですが…)
東洋医学を、試みたら「明日死ぬ」と言われた人間が、蘇ってしまったのです。
そういうこ事なんですよね。(●^o^●)

 ANAN | 2013.06.28 17:06

句読点の位置に統一感が無かったり、最後の文章間違えていますね。
申し訳ありませんでした。m(__)m
ねんの為、書かせて頂きました。

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