2019年02月15日

相手と融合する母音言語(日本語)と、境界線を作る子音言語

日本人の歴史を考えるとき、歴史時代やさらに縄文時代に遡って論じられますが、さらに遡るため、日本語の起源と構造(特徴)から日本人の民族性を考えた論考を紹介します。

ことばは、民族の価値観、世界観をよく写していると思われますが、日本語はその音韻構造からして、自然や人と一体化・融和するのにふさわしい言語だというのです。

少し間が空きましたが、引き続き「縄文と古代文明を探求しよう!」さんhttp://web.joumon.jp.net/blog/2012/07/001425.htmlから引き続き引用です。

 

●母音言語と子言語

この世のことばの音を、母音と子音に分けたとき、忘れてはならないことがある。何度も述べるが、それは日本語が、母音を主体に音声認識をする言語である、ということだ。

日本語では、ことばの音の最小単位は、カナ一文字にあたる。カキクケコKaKiKuKeKoのように子音一音+母音一音、あるいは単母音で構成されている。これら一音一音を成り立たせているのは、母音の存在感である。

(中略)

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日本人にとっては、ごく自然な、この母音骨格による音声認識方式。しかしながら、世界の多くの言語は、この方式では音声認識されていないのである。

英語では、シラブルと呼ばれる子音から子音への一渡りが、最小の音声認識単位である。前にも書いたが、日本人がク・リ・ス・マ・スと五拍で認識するChristmasは、英語人はChrist+masの二シラブルで聴き取っている。

日本人はChristmasを、あくまでもウ・イ・ウ・ア・ウの母音骨格で聴き取ろうとする。相手がそう発音しなくても、脳が勝手にそう聴いてしまうくらいに、音声認識方式というのは揺るがない機構なのである。また、そう聴くということは、そうしゃべってしまうということに他ならない。日本人はかなり気をつけても、Christmasに余分な母音を差し挟んでしまう。

一方、英語人はChristmasをChrist+masで聴き取るわけだが、この際の真ん中の母音iとaはほとんど意識されない。

 

●対話の目的が違う!

さて、母音語族の日本語、子音語族の世界各国語。この違いに気付いたとき、私はぞっとしてしまった。

なぜなら、「嬉しかった、ありがとう」の溶け合うような親密感に比べて、「光栄でした、感謝します」の冷ややかなこと・・・・・この違いが、言語全体に流れているということだからだ。(注釈:同著第八章によると、音響波形が自然音に似ていて、身体性と密接に結びついている母音の親密性に比べて、子音の強い中国語由来の言葉など(「感謝します」「光栄です」etc)は強く響いて、相手に踏み込ませない距離を感じさせる。)

すなわち、潜在意識で母音骨格をつかむ私たち日本人は、話しているうちに、意識レベルで相手と融合してしまう。意味的な合意を得られなくても、一定時間話し合えば、なんとなくわかり合えた気になる。日本語はそういう特性の言語なのである。「話せばわかる」とは、いかにも日本人らしい名言だと思う。

おそらく、子音語族の使い手からしたら、曖昧で何を言っているかわからない会話に見えるだろう。しかし、意識レベルで他者と融合するのは、素晴らしい政治力だと私は思う。なぜなら、日本人にその癖がなかったら、祖国の美しい街々に原爆のような残酷な爪痕を残した国と、あんなにすぐにニコニコ笑って付き合えただろうか。意味論的には「?」でも、結果、柔軟でタフな国民性である。

一方、相手の音声の中から、機械音に近い、威嚇効果のある子音だけをつかみとる人たちは、話しているうちに、相手との境界線がしっかり見えてくる。この境界線を越えるための権利と義務について話し合わなければ・・・・・彼らの潜在意識は、そんな風に感じているはずだ。

境界線を越えるため、子音語族の恋人たちは、「愛している」ということばを約束事のように交換し合う必要がある。

境界線が融合してしまう母音語俗の恋人たちは、打ち解けた恋人を褒めることはしない。自分の身体の一部を、今さら褒める必要がないように。つまり、母音語の使い手たちは、自我の内側に、恋人を招き入れるのである。

だから、私は、馴染んだ女を褒めない日本人の男が好きである。どっぷり一緒に生きている感があるからだ。おそらく、母音語を使う女たちは、子音語を使う女たちより一段と幸せだと思う。違うかしら?

以上、黒川伊保子氏「日本語はなぜ美しいのか」より引用。

 

たくさんの言葉を交わさなくとも、相手と融合することでわかりあえてしまう日本人と、相手との間に境界線をつくる子音言語の人たち。 子音言語の人たちが饒舌な理由、そして日本人が外交下手な理由はここにあったんですね・・・

私も、母音語を使う女たちは、子音語を使う女たちより幸せだと絶対に思います。

 

以上、「縄文と古代文明を探求しよう!」さんhttp://web.joumon.jp.net/blog/2012/07/001425.htmlからの引用でした。

List    投稿者 nihon | 2019-02-15 | Posted in 13.認識論・科学論No Comments » 

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