ルネサンスの科学（魔術）４　戦争外圧と市場拡大の可能性が社会の構造変化をもたらした時代

　前回は、前期魔女狩り１４８０～１５２０　市場拡大のために農村の共同体的風習を破壊した魔女狩り、
後期魔女狩り１５６０～１６８０　民主主義と近代社会運動の源流は魔女狩りなのでは？と各国内の魔女狩りの状態を紹介しましたが、一方でこの時代は、スペイン、ポルトガルを先駆けとして、海外（西欧視点では未開の地）へ乗り出した大航海時代に入っています。
　ここでは航海技術の発展とともに、磁極の発見と大地である地球の理解を大きく変え、認識の大きな転換をしていく様子を磁極、偏角の発見と併せて紹介したいと思います。

山本義隆著「磁力と重力の発見 2」より要約紹介します。

第１１章　大航海時代と偏角の発見
1　「磁石の山」をめぐって
１１世紀のマルポドゥスや１３世紀のアルベルトゥス・マグヌスの著書には、磁石の産地はインドとされている。
　その「遥かなるインドの海原」に「磁石の山（磁石の島）」があって船を沈ませるというのだ。
　磁石の山は語り継がれたが、それはいつしか神秘の地たるインドから離れていったのである。
　あきらかに、地中海で磁気羅針儀が使われはじめたことの直接的な結果であろう。
そしてコロンブス以降、１６世紀になって「磁石の山」は明確に北極圏に置かれるようになった。
　リユーシュがそれを北極圏に置いたのは、北極圏に近づくにつれて羅針儀が役に立たなくなるという船乗りたちの現実の経験にもとづくのではないだろうか。それにたいしてオラウス・マグヌスが「磁石の山」を北方に配置したのは、「それによって海の方位が決まる」と修飾されているよう
に、磁石・磁針の指北性を意識してであろう。というよりむしろ、磁石の指北性を説明するためにこそ、極北の地に「磁石の山」を想定したのであろう。
　この事実は、「磁石の極はその力を天の極から引き出している」という１３世紀のペレグリヌスやロジャー・ベーコンの見解にも、あるいは「磁石はその力を小熊座（北極星）から得ている」という１５世紀のフィチーノの所説にも真っ向から反し、磁石を引き寄せているのは地球上の点であるということを強く示唆している。　
　これは磁力認識の大転換であるとともに、ひいては地球認識の転換へと繋がってゆくものでもあった。この発見によってやがて磁石と磁針に影響を与えているのは地球それ自体であるという了解、さらには地球自体が磁石であるというギルバートの発見への道が開かれてゆくことになる。

2　磁気羅針儀と世界の発見　
　航海用コンパス（羅針儀）の使用の歴史的意義を最初に認めたのは、１７世紀のフランシス・ベーコン（1561－1626）であると通常言われてきた。それはベーコンが1620年に『ノヴム・オルガヌム』で書いた次の一節に負っている。
　発見されたものの力と効能と結果を考えてみることは、有益である。これらは……印刷術と火薬と航海用羅針の発見にもっとも顕著に現れている。すなわちこれらの三つの発見は、第一のものは学芸において、第二のものは戦争において、第三のものは航海において、全世界の事物の様相と状態をすっかり変えてしまって、そこから無数の変化が起ったのである。どんな帝国も、どんな宗派も、どんな星も、上の三つの発明以上に、人間の状態に大きな力を揮い深い影響を及ぼしたものはないように思われる。
　フランシス・ベーコンの発言が特筆すべきなのは、その発見がヨーロッパの思想と学問に与えた意味を捉えていたことにある。
　古代人は絶対的に優れた人間で、世界の真理を神から授かっているという初期ルネサンスの思い込みは、こうして事実によって少しずつ打ち砕かれていった。ベーコンの先の発言の背後にあるのは、古代人の叡智などわずかなものでしかないではないかという自覚と自信であろう。かくしてベーコンはギリシャの哲学を「世間知らずの若者に語る暇な老人の話」と喝破することになる。
　羅針儀と火器と印刷術の発明は、やがてヨーロッパ人を古代崇拝の幻想から覚醒させ、逆に新しい学問の可能性を明らかにし、近代のヨーロッパ人に無制限の進歩という観念を植えつけることになるのである。
　フィレンツェ・アカデミーのパトロンであったロレンツォ・デ・メディチおよびその中心人物フィチーノとピコ・デラ・ミランドラが世を去ったのは、それぞれ1492年および99年と94年であるが、それがコロンブスの第一回航海（1492年）とヴァスコ・ダ・ガマのインド航路発見（1498年）にぴったり重なっているのは象徴的である。
　その衝撃がヨーロッパ中に広がり広範な層の人々が別世界の存在を認め関心を持つようになるのは１６世紀後半のことであるにせよ、コロンブスやヴァスコ・ダ・ガマの航海こそは1400年代のルネサンスと1500年代のルネサンスを分つ出来事であり、ひいては近代と中世の分水嶺であった。

　航海技術が高くなり、正確に航海が出来るようになってくると、次第に神秘的な未開地が地図に載せられるようになり、地球の全貌が明らかになって来ます。
　同時に今までのキリスト教的世界観が大きく間違っている事が分かると共に、ギリシャ哲学の中で言われていることも間違いだらけである事が暴露され、キリスト教一辺倒であった人々も次第に新しい知識や科学技術に可能性を見いだしていきます。
　例えば、大航海時代初期における重要人物の1人であるエンリケ航海王子（Wikipedia参照）は熱烈なキリスト教信奉者と言われていますが、一方で次のような逸話もあり、強固なキリストからの呪縛もほころびつつあったようです。
フランボワイヤン・ワールド「第三章　大洋を越えた航海者たち」より

　エンリケ揮下の航海者たちは１０年以上もの間、これらの島々の周りを探検するだけで、それ以上先へは進もうとしなかった。カナリア諸島の目と鼻の先のアフリカ岸に、そこを越えると二度と戻れないというポジャドール岬があったからだ。恐ろしさのあまり、船乗りたちはその手前から引き返してしまうのである。
　１４３３年、エンリケはボジャドール岬を越えるため、最も優秀な航海者ジル・エアネスを派遣したが、彼もまたカナリア諸島から引き返してしまった。この時ばかりはエンリケ王子もさすがに腹を立てたといわれる。

「おまえたちがそんな迷信を信じる気持ちが私には理解できない。そんな迷信には少しも根拠がない。羅針盤も海図も使うことができないような船乗りがそんなことをいっているのだ。だから、おまえはもう一度出発し、何があっても航海を成功させなければいけない。もし成功しなかったら、帰ってこなくてもいい 。」
　こうしたことがあって、ジル・エアネスは１４３４年の２度目の挑戦で、ついにボジャドール岬を越えることに成功したのである。

引き続き、「磁力と重力の発見 2」より要約紹介します。

3　偏角の発見とコロンブスをめぐって
　地球磁場の発見は、具体的には、地球の各点で磁針が正確に北を指さないこと、つまりその指す方向が地表の各点で地理的子午線および水平面からずれることの発見を端緒とする。そのずれは「偏角」すなわち磁針の指す線と鉛直線の作る平面（磁気子午面）が地理的子午面となす角、および「伏角」すなわち磁針方向が水平面となす角で表される。
　この発見は、磁気羅針儀使用の副産物であり、やがては磁針の指向性が天に由来するものではなく地球に起因するものであるという認識をもたらし、ひいては新しい地球の発見－不活性な土塊としての地球ではなくそれ自体が磁石としての能動的な力能を有した地球の発見－　へと導くものであった。
しかしそれでも、コロンブスが偏角の事実はもちろん、それが位置的に変化することを認識したのみならず、ある点――アゾレス諸島のコルポ島近く――でその偏角が北東から北西に変わり、その中問に磁針が正確に北を指す地点があることを記録したことも事実である。いやコロンブスの航海記録は、その精度はともあれ、偏角について現在残されている西洋で初めての定量的な測定の記録であることは確かである。

4　偏角の定量的測定
　真の地磁気の研究は、実際には、マゼランの艦隊が地球をひと回りして1522年にヨーロッパに帰還したことによってヴァスコ・ダ・ガマやコロンブスに始まる投機的な冒険が一応の完結を迎えて後、西インドにむけての大西洋の航海やインドにむけてのアフリカまわりの航海が頻繁におこなわれるようになり、新大陸やアジアへの航行が国を挙げてのビジネスに変化した段階で本格的に始まったと言える。
　つまり、どこにあるかもわからない陸地を求めての不確かで手探りの航海ではなく、定まった目的地へいかに正確にいかに迅速に到達するかが問題となった段階で、遠洋航海の安全性と確実性の確保のため航海術の改良が急務となり、そのための羅針儀の精度と性能を向上させる必要性がたかまってはじめて、真の地磁気の研究というべきものが発生したのである。
　とりわけヨーロッパから西に航行するにつれて東向きの偏角が単調に減少し、アゾレス諸島でゼロを切って後、逆に西向きの傾きが増加してゆくという最初の発見の特異な事情のため、偏角が経度と単純な関係をもち、その測定が海上での経度決定と密接かつ直裁に関連していると強く印象づけられたのである。こうして偏角の精密で系統的で広範囲にわたる測定調査はとりわけ当時の二大海洋国家スペインとポルトガルにおいてきわめて緊急で重要なものと見なされるようになった。
　コロンブスの後わずか半世紀のあいだに、ヨーロッパから西まわりの新大陸への航路およびアフリカ南端経由東まわりのインド航路の航行が拡大するにつれて、偏角の知識は確実に積み重ねられ深められていった。実際、１６世紀末の地図には偏角が記入されているものも登場している。

5　地球上の磁極という概念の形成
　こうした１６世紀前半の偏角についての認識の深まりの延長線上に、地球磁場の理解にとって決定的に重要な「地球上の磁極」という概念が浮かび上がってくる。
　地磁気研究の歴史における最大の転換点は、地図の投影図法で有名なオランダの数学者のメルカトール（1512－94）によって与えられた。彼はすべての磁針の指す点を地球上に置き、地球上の「磁極」という概念を提唱したのである。
　磁針の指している点つまり磁石に影響を及ぼしている点を天の極に求めたペレグリヌスとロジャー・ベーコン、北極星に求めたトマス・アクィナスとフィチーノ、そして天球のさらに外側に求めたコルテスと異なり、ここにはじめてその点――磁気牽引点――が磁極として地球上に求められたのである。
　地球磁場の理解、ひいては地球それ自体の理解の決定的な転換点であった。
　ここでメルカトールは、天球の日周運動とともに、偏角が時間的に変化しないことをアプリオリに前提している。たしかにコペルニクスの　『天球の回転について』は1543年には世に出ていたが、しかし地動説はまだほとんど普及していなかった。
　大航海時代における磁気羅針儀の使用は偏角の発見をもたらしたが、その発見は、次章で見る伏角の発見とあわせて、地球の理解を大きく変えてゆくものであった。
　そしてその過程で、中世にはインドにあると語られた「磁石の山」が、１６世紀には北極圏に移りゆき、やがて「磁極」に生まれ変わっていった。そしてこの発見が、やがては地球自体がひとつの磁石であるというギルバートの発見へと繋がってゆく。
　磁針は天の極からではなく地球の極に引かれているという認識の変化は、この時期にはほぼ完了していたのであり、ギルバートによる地球自体が磁石であるという発見の直前にまですでに到達していたのである。
　そして実は、この過程はまた、科学の新しい担い手として船乗りや職人や軍人が登場し、同時に、科学の方法が過去の文書の訓話と釈義から現実の自然の観察と測定へと変化してゆく過程でもあった。
　そのことは次章で見るロバート・ノーマンによって明瞭な形で体現されることになる。

　この時代は、航海によって地球の姿が次第に明らかになる一方で、絶え間なく続く戦争によって人々は苦しめられていました。
　
　戦争ばかりで、教会は頼りにならず、拍車をかけるようにキリスト教が教えてきた世界像とは違う事実が発見され、人々は次第に教会（キリスト教）から離れ、強大な軍事力を保持する国に収束するようになります。
　封建君主国から中央集権国家となった国家は、徴税権をもって金を集中させる事によって、金貸し達も教会から国家に宗旨替えさせ、その資金力によって、軍事力を強化していきます。
　同時に、航海によって発見した未開の地から略奪・収奪するとともに市場を拡大し、その航海を安全確実にするために科学技術発展のために、力を注ぎ込みます。
　以上のように、戦争に明け暮れ行き詰まっていた西欧は、航海技術（科学技術）の発展に力を注ぎ、大航海時代という新たな略奪によって、市場拡大の可能性を見いだすとともに、教会（キリスト教）主導の社会から国家主導の社会へと大きく舵を切っていったのです。
　次回は、偏角の発見に次いで伏角の発見の経緯と、各国の神学→科学への移行がどのように覇権力に影響していくかを紹介して行きたいと思います。　

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List　   投稿者 ginyu ｜ 2012-08-30 ｜ Posted in 13.認識論・科学論 ｜ 37 Comments »　

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