2012年04月19日

魔術から近代科学へ6~ローマ貴族や市民の自我肥大⇒快美収束・妄想収束から広まった、ローマの魔術的自然認識~

 前回(魔術から近代科学へ5~私権統合の確立と共に思考停止したローマ時代~)は、山本義隆氏の『磁力と重力の発見』から「第3章 ローマ帝国の時代(前半)」の要約を引用しながら、ローマ時代には私権統合体制が確立し、かねてからの自然科学が衰退したということを見てきました。
 引き続き山本義隆氏の『磁力と重力の発見』から「第3章 ローマ帝国の時代(後半)」の要約を引用しながら、ローマ時代の自然観・当時の時代状況を見て行きたいと思います。
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3.プリニウスの『博物誌』
  ローマ時代の「科学」を知るためにももっとも注目すべき書は、プリニウスの著した『博物誌』の全37巻である。この書物は、自然認識についてローマ帝国古典時代から相続した遺産の総目録であり集大成であって、その遺産をどのように受容しどのような保存状態においてヨーロッパ社会に引き渡したのかを如実に示すものである。
 プリニウスの『博物誌』を貫く思想は、煎じ詰めれば、それぞれの自然物にはそれぞれ固有の力と働きが備わり、すべての自然物は人間にとってそれぞれ独自の用途を有しているということにある。
書物を特徴づけているのは、第1に実用的と考えられる知識に対する無批判の承認であり、第2に、珍しい自然物―端的に言って「自然の不思議」―に対する人並み外れた好奇心であり、そして第3に、そのいずれに対しても示される貧欲な収集欲である。記載事項は2万項目を超え、ローマ人と外国人あわせて473人の2千にのぼる文献が参照されている。
しかし、その「自然」とか「事実」とは、おのれの眼で直接に観察した自然や自分で確かめた事実だけではなく、むしろ大部分は先人により書き残された自然であり、語り伝えられた事実であり、外国人や旅行者からの聞き取りである。
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              プリニウス          博物誌
 これらの伝承や伝聞に対するプリニウスの態度は混乱している。あるときにはアラビアに伝わる「フェニックス」の話を「つくりごと」と断定し、狼人間についてのギリシャの伝承を「ギリシャ人の妄想」と退け、他方では「人を載せたまま狼の足跡についてゆく馬は破裂する」とか、インドには犬の頭をもつ人間や一本足でその影でもって太陽光から身を守る「傘足種族」がいるというような奇妙な話を無批判にいくつも記している。
 結局のところプリニウスにおいては、神話と現実、風説と事実、想像と実証の境目が曖昧というかむしろほとんどなく、審議の判定基準も精査選別の指針も恣意的・主観的で一貫性がない。
 実際、きわめて実際的で実用的な知識から荒唐無稽な迷信にいたるまで、真実も虚構もごちゃ混ぜである。役に立つことだけではなく、珍奇なこと・不思議なこと・面白いことが、まさしくその珍奇さ・不思議さ・面白さゆえに、伝聞であれ伝承であれ片端から採集され無定見に書き連ねられている。
 そのプリニウスがヨーロッパでは千数百年に渡って読まれ、その影響は中世に限らず、近代初頭にまで及んでいる。それらは単に読み継がれただけではなく、中世の読者はその超自然を面白がっただけではなく、多くの荒唐無稽を含む内容が真に受けられ、現実のものとして受け取ったのである。
それゆえにこそこの『博物誌』は、いにしえのローマ人されには中世ヨーロッパ人が自然をどのように眺め、自然とどのように接していたのかについての貴重な証言となるだろう。要するに『博物誌』は貴重な民俗学的資料なのである。

 ここで示される「読者」とは出版技術の発達していない当時、書籍を所有できた少数の支配階級といっても良いだろう。そしてその支配階級は多くの荒唐無稽を含む内容を「知っていること」「語ること」が流行とされ、また面白がっただけではなくにわかに信じられていた。~インドには犬の頭をもつ人間や一本足でその影でもって太陽光から身を守る「傘足種族」がいる~というような内容は寧ろ、娯楽としてとらえられていたのではないか。
また、プリニウスもそういった支配階級の娯楽欠乏に答えるために、外国人や旅行者からも積極的に聞き取りを行い、娯楽需要に応えていたのではないだろうか?

4.磁力の生物態的理解
 『博物誌』における磁石についての記載は、「石の性質」「宝石」で論じられていて、いろいろな地方で採取されてる磁石とその相違について述べられている。磁石の区別については「もっとも重要な区別は雄種と雌種の違いであり、次はその色である。」とある。「雄種」とは磁力と長く保つ磁石のことで、「雌種」とは保磁力の弱い磁石を指すようである。色については「磁石は、色が青いほど良質であるということが確かめられている。栄冠はエチオピア産に与えられる。これは市場で同じ目方の銀と等価である」とある。いずれにせよ磁石は当時きわめて珍しく貴重品であったようだ。
 引用文の中に、鉄が磁石に「飛びつき」とあるのは、磁力が鉄に直接接触していなくとも働く遠隔作用であることの認識を示している。ともあれ、自然においてきわめて「無感覚」と考えられる硬直した石のなかで、磁石だけは「感覚と手」や「足と意志」を与えられているのであり、あまつさえ磁石は、かの反抗的で剛直な鉄に対して離れたところからでさえ支配力を行使し引き寄せるのである。引用では、磁石や引力や鉄の変化という現象やあるいは保磁力の強弱といった磁石の性質が、「感覚」とか「雌雄」といった生物にかかわる用語で表現されているのが目につく。しかし、それは単なる修辞や隠喩ではなく、内容的にもそのように受け取られていた。実際、鉄の磁化―プリニウスの表現ではここでも「磁石に感染」―についてや磁石の作用はすべて生物態的理解がされている。
 それゆえにまた、磁力は人体にも作用し、薬効を有するものと考えられていた。眼病の膏薬や火傷の薬など、具体的にその医療での薬効―磁石の薬効―が語られている。また、護符としてつけておくと御利益がある等、生理的な薬効と超自然的な能力が同列で扱われている。磁石や琥珀に魔力が宿ると見る立場と紙一重である。
5.自然界の「共感」と「反感」
 プリニウスにおいてもっとも注目すべきことは、磁石を数種類に分類しただけでなく、磁石どうしの間に引力(斥力)が働くことをはじめて語ったことである。
 同一の磁石どうしが相互の配置により、引力も斥力も示すという極性の認識はその当時にはなく、引力を示す磁石と斥力を示す磁石は別種の存在と見られていたようである。この『博物誌』に著しいことであるが、ギリシャにおける磁力の原因についての流体論ないし原子論にもとづく議論についての言及がまったく見あたらない。また、そのような自然のさまざまな働きを一貫した観点から整合的に把握しようとする志向もきわめて希薄である。あえて探すなら「共感と反感」と擬人化しているところであろう。
 「共感=自然の親和」と「反感=自然の嫌悪」という二分法が『博物誌』全篇をとおしての自然現象の分節化と体系的把握へのガイディング・プリンシプルになっている。具体的に言うならば、水と火の間には「反感」、太陽と月のあいだには「反感」、太陽と水のあいだには「反感」、月と水のあいだには「共感」、そして同様に磁石と鉄との間には「共感」というわけで、この対応関係こそが自然の諸作用を整序し了解するほとんど唯一の枠組みであり図式である。
 その「共感と反感」が近代物理学において語られている「引力と斥力」というような限定された力学的な意味に対応しているわけではないということにある。
静電気力の要因が摩擦それ自体ではなくむしろ摩擦に付随する熱とされていることや、磁力と静電引力の相違が明確に押さえられていないことをのぞいて、静電気力の事実がそれなりに記されている。その静電引力の示す物理的引力を「共感」と表現されず、豚と山椒魚に「共感」が語られるなど、結局「共感と反感」は、自然における「調和と対立」「親和と嫌悪」という程度のかなり広く曖昧で漠然としたあるいは象徴的な意味で語られていると思って良い。

 魔術的な遠隔力は「隠れた力」と呼ばれたり、「共感・反感の力」とされ、それがローマ時代から中世の自然認識を貫くキー概念となるわけですが、この「隠れた力」や「共感・反感の力」というキーワードは何を意味しているのか?どこから登場したのか? この問題は西欧思想の深奥・源流にまで入り分析する必要があるので、次の記事で追求します。

6.クラウディアヌスとアイリアノス
 キリスト教化される以前のローマにおいて、磁石をめぐるいまひとつの言説を私たちは紀元4世紀にその名も『磁石』と題した詩に見出すことになる。作者クラウディアスはキリスト教化される以前のローマ最後の詩人である。
 最後の一行は鉄と離しておくと磁石の力が減衰してゆくという事実のはじめての指摘である。このコメントが実際の経験によるものかそれとも何らかの伝承によるものかはわからない。鉄が磁石の食料になる、栄養を与えるというこの発想はその後も語り継がれてゆく事になる。
 民衆の世界では磁石の遠隔力を魔術や奇蹟の小道具として使うこともあり、このような「奇蹟」を現出する磁力は端的に魔力と見なされていただろう。磁石が魔力的なるものであるというのは、エジプト伝来のもののようである。
 さきに紀元3世紀のアイリアノスの著書にふれたが、そのアイリアノスは『動物詩』というやはりギリシャ語で書かれた作品も残している。そのなかにローマにおける磁石と磁力の受け止め方を見るうえで興味深い。
 まず第1に、磁石について古代エジプト以来の民間伝承がストレートに伝えられているということ、そして第2に、そこにおいては磁力は超自然的な力、端的に「魔力」と見られていたということである。
 いずれもギリシャの哲学者や科学者たちの書物には見られなかった要素である。ひとたび磁力を「魔力」といってしまえば、それはそれ以上説明不可能・還元不可能な作用ということであり、ここに磁力を「説明」するというギリシャ哲学において顕著に見られた姿勢が完全に見失われたことになる。
 ローマ社会では、哲学や科学の衰退とともに、そしてオリエント世界と融合し、とりわけエジプト文明に接するとともに、磁石をめぐる前科学的で魔術的な伝承が知識階級まで共有されるにいたったのである。
 こうしてローマ社会において、その後のキリスト教中世における磁石と磁力にたいする姿勢、ひいては自然力一般の理解の原型がほぼすべて形成されることになった。
第1に、磁石の働きを生物になぞらえてみる生物態的視点の浸透、
第2に、磁石には物理的な作用があるだけではなく、生理的な作用さらには超自然的な能力「魔力」が備わっているという想念の普及、
第3に自然万有のあいだの共感と反感の網の目でもって自然の働きがなりたっているという自然観の形成である。

 タレスからクラウディアスまでの千年間がヨーロッパ史において古典時代と呼ばれる。それに続く時代がヨーロッパ中世である。ローマ科学史の研究者は「(中世の)暗黒時代の科学は、その発端からローマの科学と精神的に近親性を有している。その兆候はプリニウスに明白に見て取ることができる。すなわちギリシャの科学を理解しえなかったこと、馬鹿げた逸話と真面目な理論、根拠のない意見と合理的な思想を区別出来なかったことである」と語っているが、ローマ「科学」の中世への影響は大きかった。ギリシャからみて大きく後退したものの、ローマ独自のものを軽視してきたこれまでの科学史と異なり、本章でやや詳しくローマに立ち寄った所以である。
 実際、このローマの自然観、なかんづく「共感と反感」のネットワークという自然把握はその後、ルネサンスにいたるまでヨーロッパ中世に大きな影響を及ぼすことになる。磁石の持つ力は自然物の人間への超自然的影響、生理、心理、薬理的影響を及ぼす物として論じられてきた。
しかし、中世では、それとともにキリスト教信仰という異質な要素が加わってくる。

 
 本文中では「ローマ社会において、その後のキリスト教中世における磁石と磁力にたいする姿勢、ひいては自然力一般の理解の原型がほぼすべて形成されることになった。
 第1に、磁石の働きを生物になぞらえてみる生物態的視点の浸透
 第2に、磁石には物理的な作用があるだけではなく、生理的な作用さらには超自然的な
    能力「魔力」が備わっているという想念の普及
 第3に自然万有のあいだの共感と反感の網の目でもって自然の働きがなりたっていると
    いう自然観の形成
との記述があるが、また注目すべきは
「実用的な知識から荒唐無稽な迷信にいたるまで、真実も虚構もごちゃ混ぜである。役に立つことだけではなく、珍奇なこと・不思議なこと・面白いことが、まさしくその珍奇さ・不思議さ・面白さゆえに、伝聞であれ伝承であれ片端から採集され無定見に書き連ねられている」という点だ。
このような現実と妄想の区別がないような自然観が何故、ローマ時代に形成されたのか?
現代にも通ずる、当時の社会背景や文化を見ながら仮説を立ててみたいと思う。
 豊かさが実現した1970年代の日本でも、実は同じような妄想収束とも言うべきブームが起きています。それは「オカルト・超能力ブーム」です。

 日本においてのオカルト元年が、1973年であることについては、「逆立ちしたフランケンシュタイン―科学仕掛けの神秘主義」の著者、新戸雅章氏らが主張しているように論をまたない。
 この年、小松左京の「日本沈没」、五島勉の「ノストラダムスの大予言」がベストセラーとなり、日本人における終末論、終末観を形成し、コリン・ウィルソンの「オカルト」も翻訳出版されている。また、石原慎太郎を総隊長とするネス湖怪獣探索探検が企てられている。
 そして、その翌年の1974年の3月、日本テレビの木曜スペシャルでは、ユリ・ゲラーが来日し、スプーン曲げを中心に超能力ブームを起こす。オカルト映画の「エクソシスト」が、同年7月に公開され大ブームとなる。当時は、「ホラー映画」「スプラッター映画」等の呼称はまだなく、「エクソシスト」は「オカルト映画」と呼ばれていた。「エクソシスト」は同年に、小説も出版されている。マンガでは、つのだじろうの「恐怖新聞」「うしろの百太郎」が連載開始され、オカルト知識を低年齢層にまで浸透させる起爆剤となっている。これらのマンガの影響から、全国の女子学生の間でコックリさんブームが起き、集団ヒステリーやパニックを起こす事件も多発した。水木しげる的妖怪像を、最も少年少女に植え付けた「小学館入門百科シリーズ 妖怪なんでも入門」も、この年に刊行されている。また、中岡俊哉の「心霊写真集」が刊行され始めるのも、この年からである。ちなみに同年に中岡は、「狐狗狸さんの秘密」も出版している。
 このようにオカルトブームは、予言と終末思想、超古代史、UFOと宇宙人、超能力、心霊現象、陰謀論、疑似科学、UMAなどが複雑に絡み合いながら発展していく。その土台には、公害などによる現代科学や現代科学技術に対する疑念、石油ショック等による高度経済成長への危機感、1960年代における新宗教ブーム(創価学会・PL教団・立正佼成会)から1970年代の新新宗教ブーム(阿含宗・GLA系教団・真光系教団)への移行、米国でのベトナム戦争反対から生じたカウンターカルチャー運動やヒッピームーブメントの影響、さらにそこから生じたニューエイジやニューサイエンスの影響などがあったのではなかろうか。
リンクより引用

 ’70年代の日本におけるオカルトブーム・超能力ブームは、私権圧力の衰弱→自我肥大→妄想収束した結果であるが、ローマ時代も同じように私権圧力が衰弱していたようである。ローマ時代は私権統合制度が確立されたことや温暖な気候に支えられ、比較的安定した時代だったと言える。また、地中海世界を支配したローマ帝国は、広大な属州を従えていた。それらの属州から搾取した莫大な富はローマに集積し、かつ大量の奴隷使用によってローマ市民は労働から解放されていたのである。
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 詩人ユウェナリスが古代ローマ社会の世相を揶揄して詩篇中で使用した表現。権力者から無償で与えられる「パン(=食糧)」と「サーカス(=娯楽)」によって、ローマ市民が政治的盲目に置かれていることを指摘した。パンと見世物ともいう。ガス抜きや愚民政策の例えとしてしばしば用いられている言葉である。
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 地中海世界を支配したローマ帝国は、広大な属州を従えていた。それらの属州から搾取した莫大な富はローマに集積し、ローマ市民は労働から解放されていた。そして、権力者は市民を政治的無関心の状態にとどめるため、「パンとサーカス」を市民に無償で提供した。現在の社会福祉政策をイメージさせるが、あくまでも食料の配給は市民の権利ではなく為政者による恩寵として理解されていた。また食料の配布は公の場で行われ、受給者は受け取りの際には物乞い行為が大衆の視線に晒されるリスクを負わされた。この配給の仕組みによって無限の受給対象者の拡大を防ぐことが出来た。
 食糧に関しては、穀物の無償配給が行われていたうえ、大土地所有者や政治家が、大衆の支持を獲得するためにしばしば食糧の配布を行っていた。皇帝の中にも、処刑した富裕市民の没収財産を広く分配したネロ帝や、文字通り金貨をばら撒いたカリグラ帝の例がある。
 食糧に困らなくなったローマ市民は、次に娯楽を求めた。これに対して、権力者はキルクス(競馬場)、アンフィテアトルム(円形闘技場)、スタディウム(競技場)などを用意し、毎日のように競技や剣闘士試合といった見世物を開催することで市民に娯楽を提供した。こうした娯楽の提供は当時の民衆からは支配者たるものの当然の責務と考えられるようになり、これをエヴェルジェティズムと呼ぶ。
ウィキペディアより

『世界史講義禄』「ローマ市民の都市生活」に、裕福な市民や貴族たちの退廃ぶりが生々しく述べられている。

●貴族の宴会風景
一般市民でこれだから、裕福な市民や貴族はどうだったか。彼らの贅沢を言い出したらキリがないので、食事風景だけ話しましょう。
貴族達はしばしば宴会を開く。こういうときに主催者は金に糸目を付けず珍味をどこからでも手に入れてきて風変わりな調理を施して、これでもかこれでもか、と食事を出したらしい。宴会に出る者達は食事服というのを着ます。これは食事の時だけ着る使い捨ての服です。
彼らは箸もフォークもスプーンも使いません。食事は手づかみ。
寝そべって手づかみでだらだら食べる。手はすぐにぐちゃぐちゃに汚れるね。その手を食事服で拭うわけです。だから、汚してもよい服が食事服。
なんですが、彼ら金持ちはこの食事服に金をかけて、贅をこらしたりするのですよ。その高価な食事服を惜しげもなく汚して、ポイポイって捨てるの。一回の宴会で何回も着替えたりする者もいる。
彼らを見ていると散財する事に情熱をかけているようです。それがステータス・シンボル(地位の象徴)だったんだろうね。アピキウスという大金持ちの話があります。この人食道楽でさんざん浪費したあと、あと10億円財産が残っていたのに、貧乏では生きている意味がないと言って自殺した。
で、宴会は続きます。どんどん食事はでます。出席者、満腹でもう食べられません。そうすると侍っている奴隷を呼ぶ。宴会場にはたくさんの奴隷がいるんですが、孔雀の羽を持っている奴隷がいる。その奴隷がその貴族に近づく。貴族は上を向いてアーって口を開ける。奴隷がその口の中に羽を突っ込んでグリグリするんです。満腹の喉に異物を突っ込まれますからね、ゲーッて吐くんです。
お腹の中のものをすっかり吐き出して、貴族はまた新たな皿に挑むのです。
吐いた汚物はというと、別の奴隷がきれいに処理してくれる。
彼ら吐くために食っているのです。
これは明らかに異常な光景だよね。
こういう暮らしぶりを退廃と呼ぶのだと思います。

●退廃した性生活
退廃ということでは性的な面では滅茶苦茶だったようで、貴族の夫婦関係なんていうのは名目だけみたいですね。
浮気みたいな事は当たり前だったんですが、前回も話したように出生率がどんどん低下するんです。元老院の名門貴族の家がどんどん断絶する。イタリア半島以外からも名門の家の者を元老院議員に任命して、欠員を埋めたりしているんですよ。
出生率低下の原因はいろいろな説があってはっきりしませんが、多分子供を産むのが邪魔くさかったんではないか、と思う。貴族は自分で子供を育てるわけではないですがそれでも面倒なもんだ。しかも夫からすれば生まれた子が誰の子か分からないわけで、それに財産を譲るのもあほらしい。そんなことに煩わされるよりも今日の楽しみを思い切り楽しみたい。金持ち達の気持ちはそんなところではないでしょうか。

●ギリシアから続く大量の奴隷
それにしても、奴隷がたくさんいる社会自体が退廃といえるかもしれない。
金持ちはたくさん奴隷を使っていた。町に出る時は最低二人はお付きの奴隷を連れていくのが中堅市民の条件。前70年頃のローマ市人口がだいたい50万。そのうち四分の三が奴隷もしくは解放奴隷だったというから、奴隷はほんとに多い。
大金持ちになるとわけのわからん奴隷をたくさん使っている。
主人の靴を脱がす奴隷とかね。ある金持ちは自分の靴を脱がす奴隷を二人持つ。外から帰ってくるとデンとひっくり返って奴隷に靴を脱がしてもらうんですが、同時に脱がすために右足専門靴脱がせ奴隷と左足専門靴脱がせ奴隷と二人要るんだって。
こういう奴隷はあまり能力いらなくて大した仕事も任されませんが、有能な奴隷は子供の家庭教師にしたり、家計を取り仕切らせたりもしたんです。
金持ち連中も奴隷を使うことに対して多少は良心がとがめたのかもしれなくて、自分が死ぬときに遺言で、奴隷達を解放してやることが多かったんです。
こういう人を解放奴隷というんですが、彼らは自由ではあるがローマ市民権はありません。ところが、例えば解放奴隷同士が結婚して子供が産まれたら、この子は生まれながらにしてローマ市民なんです。だから、公衆浴場も入れるしパンも配給される。
もし、商売で成功でもしたらお金を積んで騎士身分という貴族になることだってできる。奴隷を買って働かせることだってできるんです。
身分制の社会でありながら、その身分が絶対的でないところがローマの活力の源でもあるといわれています。

●ローマの支配者や市民が求める「心の平安」
マルクス=アウレリウス=アントニヌス帝、ローマ帝国のトップのこの人が奴隷のエピクテトスと同じストア派だということをどう考えたらいいんでしょうか。
エピクテトスとマルクス=アウレリウス=アントニヌス帝が一緒に収められているんだよ。象徴的でしょ。「自省録」を読むとアウレリウス帝もやはり、精神の平安を一所懸命求めているんですよ。
ローマの貴族達は贅沢三昧で吐いては食べ、産んでは捨て、と滅茶苦茶ですが、そんな生活をしながらも心の奥底ではヒュ~っとすきま風が吹いていたんではないか。贅沢で精神の平安は得られない。皇帝がストア派哲学者であるということは、まさしく彼らの心を象徴している気がしてなりません。
奴隷も皇帝も心が求めているところは案外近いところにある。
単純に「心の平安」といっておきましょう。
ちょっと先走りしていうと、これを哲学ではなく宗教という形でローマ人に与えたのがキリスト教だったのではないか。だから、あっという間にキリスト教がローマ帝国に広まったと私は考えています。

広大な属州から搾り取った富がローマ市にはどんどん流れ込んでくる。その富がローマ市民にばらまかれた。ローマ市民であれば何も財産がなくても食べるに困らず、娯楽もタダで提供された。加えて奴隷使用によって労働もしなくなった。
貧困の圧力だけでなく労働圧力もなくなったローマ貴族や市民たちは、トコトンまで自我を肥大させ、快美収束し妄想収束してゆく。
このローマ貴族や市民の妄想需要に応えるために、先に紹介したような、現実と妄想の区別がないような、あるいは魔術的な自然認識が登場したのではないだろうか。

 
 この愚民化政策とも言えるようなバラマキと娯楽の提供がローマ時代の快美収束と妄想収束を加速したと考えられる。生物態的・超自然的・共感と反感といったローマ時代特有の自然観は、この様な快美・妄想需要に応える書籍から生み出されていたのではないだろうか。
ローマ帝国の収奪されていた下層民の救い欠乏に応えて登場したのが、非現実の妄想認識の極致であるキリスト教であるが、それが下層民だけでなく、貴族やローマ市民にも広まり、やがてローマの国教となったのも、貴族や市民の妄想収束が土台にあったからであろう。
それにしても、ローマ時代から中世の魔術的自然認識を貫く「魔力」や「共感と反感」というキー概念は、どこから登場したのか?(その原点はどこにあるのか?)
 次回は、その問題に迫っていきたいと思います

List    投稿者 pandaman | 2012-04-19 | Posted in 13.認識論・科学論14 Comments » 

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