2012年05月24日

魔術から近代科学へ13 私権追求のために自然科学研究の扉を開いたのがトマス・アクィナス

前回の「魔術から近代科学へ12」では、アリストテレス哲学の翻訳運動を主導した勢力が、十字軍やレコンキスタを主導した勢力と同じ、ノルマン人とクリュニー修道会、イタリア商人であること、そしてその目的は、イスラム勢力を倒すことを正当化するために論理的にキリスト教の方が正しいことを証明する必要があったことと、イスラム勢力と対抗するための富国強兵の武器として先進的な科学技術が必要であったことでした。
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トマス・アクィナス(この画像はこちらからお借りしました)
今回は、この流れを受けて、キリスト教神学とアリストテレス哲学を融合させ、スコラ哲学を生み出した、トマス・アクィナスについて学んで行きます。山本義隆氏の『磁力と重力の発見』(みすず書房刊)から「第6章 トマス・アクィナスの磁力理解」の要約です。
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第6章 トマス・アクィナスの磁力理解
1 キリスト教社会における知の構造
 キリスト教社会では自然研究は信仰に従属し、自然の中に神の啓示を読み取ることが自然研究の目的であった。
 そのことは十二世紀に創設された大学の教育システムにも反映されている。中世の大学では当時の教養の基礎である自由学芸(修辞学・弁証法・文法の三学と算術・幾何・天文学・音楽の四科)は現在の教養課程に相当し、その上に専門学部としての神学部・法学部・医学部が置かれていた。神学部から見れば、自由学芸はあくまでも神の御言葉を研究するための補助学でしかなかった。
 十二世紀にアリストテレスが発見されるまでのヨーロッパ人の自然観の基盤は、『聖書の創世記』と、プラトンの『ティマイオス』であった。『ティマイオス』では超越的製作者デミウルゴスが世界を永遠のイデアにならって形成し秩序へと導いたとする創世神話が語られている。ティマイオスのこの教説は神の意志による天地創造を説き自然の内に神の掲示を探るキリスト教にとって比較的受け入れやすいものであった。
2 アリストテレスと自然の発見
 ところが、アリストテレスの自然観はキリスト教の自然観と根本的に異なっていた。アリストテレスにおいては、天界は一つにして永遠で始まりも終わりもないし、何事も自然に反して起こることがないのである。つまり、超越的な他者によって外から意図的につくられたものでもないし、超越的な恣意に委ねられてもいない
キリスト教及びプラトン主義とアリストテレスの自然観・世界像の違いは、突き詰めれば「始めと終わりのある世界」と「永遠の世界」の違いであり、「被造物としての自然」と「おのずから成った自然」の違いである。このことによって、アリストテレスは、自然が理性的で合理的な論証によって探求され読み解かれるべき対象であることを示したのである。
 こうして、アリストテレスの発見ととともに、自然の秩序やその変化は自然的理性によって合理的に理解されるはずのものであるという意識がヨーロッパの知識人の間に少しずつ芽生えていった。十二世紀のギヨームの説では、諸元素が最初に作り出されたのは神の働きであるにしても、その後に元素から宇宙が作り上げられていった過程は元素自体の働きによる。
 十二世紀の先駆者達のおずおずした歩みのうちはアリストテレスは部分的にしか知られていなかったこともあり神学に従属する位置に留め置くことも可能であった。しかし、アリストテレスの異教的な宇宙とキリスト教的な宇宙の矛盾は早晩明らかにならざるを得なかった。十三世紀の初めには、教会はその危険性を早くも見抜いていた。当時のアリストテレス研究の中心はパリ大学とオックスフォード大学であったが、1215年には教皇の特別大使がパリ大学に対してアリストテレス自然学の教育に対する禁令を発している
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パリ大学(この画像はこちらからお借りしました)
しかし、学生の間ではアリストテレスの学習熱はむしろ高まり、1255年にはパリ大学学芸部はアリストテレスの殆ど全ての著作を講義に取り入れることを公式に決定した。このことは、神学部の下に置かれていた学芸学部が事実上、哲学学部として独り立ちし、ひいては神学とは独立に哲学の真理が語られるようになることを意味していた。こうして1260年代には、哲学に対してキリスト教の教義の優位性をあくまでも主張する立場と、神の啓示の真理を受け入れつつ、哲学をそれとして貫き徹底させようとする立場に、キリスト教世界の知が分裂するに至る。
3 聖トマス・アクィナス
 キリスト教神学はアリストテレスの哲学の浸透によって危機を迎えていた。そのアリストテレス哲学をキリスト教神学に調和的に取り込むことで、この危機を救うのに成功したと言われているのがトマス・アクィナスである。
 トマスは1225年にナポリの貴族の家に生まれた。当時は貴族といえども末子になれば相続する領地もなく修道院に入れられるのが通常だったようで、5歳でベネディクト会の修道院に入れられナポリ大学に学んでいる。当時南イタリアは東西文化の交錯点であり、そこでアリストテレス哲学に触れたようである。
 その後、トマスは周囲の反対を押し切ってドミニコ会に鞍替えしている。家族の反対の背景には、ベネディクト会は聖職者の出世コースであったのに比べ、新興の喜捨に頼る托鉢修道会は貴族の子弟に相応しくないと見られていたこともある。しかしトマスはドミニコ会きっての碩学である大アルベルトゥスに巡り会い神学だけではなくアリストテレス哲学をも学んでいる。
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聖ドミニクス(この画像はこちらからお借りしました)
 1256年トマスはパリ大学の神学部教授に就任し、73年頃までキリスト教神学をアリストテレス哲学と融和・統合する事に打ち込み、『神学大全』執筆途上の1274年に50歳で死んだ。こうしてトマスは新しい哲学「スコラ哲学」を作り上げた。『神学大全』には神の意志は啓示によって人間に示されるのであり、信仰はこうした啓示に依拠している。従って世界に始まりがあったと言うことは信じられるべきことがらであって、論証されるべきことがらでも、学的に認識されるべきことがらでもないとあるように、現実には神学のドグマが先行していた。したがって、神学と哲学の統合と言ってもキリスト教の教義に反しないような巧妙な手の込んだ論証を編み出したと言うべきかもしれない。
 当時のパリ大学の思想状況は、神学の優越に固執する保守派の大多数の神学部の教授達と、哲学的合理主義・根底的アリストテレス主義の学芸学部のわずかな教授達という関係であった。トマスの死後1277年には保守派によりトマスの哲学は有罪と宣告される。トマス・アクィナスが死後復権して教皇に聖別されたのは1323年、トマスに対する断罪を無効とする決定を下したのは1325年、トマスの死後半世紀後である。こうしてトマスの神学がヨーロッパ・キリスト教世界で公式に認められるようになり、スコラ哲学が誕生し、その後の中世ヨーロッパの精神世界を席巻風靡する事になる。
 トマスが、異教的なアリストテレス哲学をどのような論理で福音書と調和させたのかといった問題は、大変な議論を必要とし、ここでは立ち入らないし、筆者の手にも負えない。ここでは、次のことだけ注意しておく。自然的理性により認識される哲学的真理は信仰と矛盾する物では無く信仰に包摂されるというお墨付きは、理性が自立的に活動しうる分野を保証することになった。つまりトマスは、啓示にかかわる問題をはなれた所に理性の権利を認めたのである。
4 アリストテレスの因果性の図式
 トマス・アクィナスの哲学、とりわけ自然学はアリストテレスのものをほぼそのまま受け入れている。それゆえここでアリストテレスにおける因果性の図式に立ち寄っておこう。
 アリストテレスにおける運動は広い意味を持ち、化学的変化はもとより、動植物の成長や変態、氷の融解や水の蒸発や気体の熱膨張のような物質の状態変化一般も運動と理解されている。そのさい変化する事物を「形相」と「質料」という二重の規定において捉える。例えば木の机は、木という質料に机という形相が与えられて、質料にそのものの、そのものたる所以を与える。
 そして、物体が呈する変化、広義の運動、は「可能態から現実態への転換」という図式で捉えられる。例えば職人の手で木材から机が作られる過程は、可能態としての机である木材(机の質料)が机の形相を得ることで現実態としての机に変化する過程である。
 トマスはこの枠組みを継承しつつ、この点をさらに精密化している。トマスは存在を「実体的存在」と「付帯的存在」に分類する。人間が存在するというのは実体的存在であるのに対して、人間が白いと言うことは付帯的存在である。この区別に応じて、形相も実体的形相と付帯的形相の二通りに区別される。そして、実体的形相と質料が結合することで、実体的存在が生じるとしている。スコラ学では、事物の原因の解明はその事物の実体的形相を規定することに帰着する。
5 トマスアクィナスと磁石
 トマスたちは磁石の作用をもアリストテレス理論の枠組みで捉えようとした。トマスは磁力を磁石の形相であると理解している。アリストテレスは自然が運動の原理であると言うことは自然学者にとって基本提題であると明記している。ここでいう自然は事物に固有の行動様式を取らせる力としての自然本性を意味しているのであろう。
 そして、自然的事物の形相とはこの自然本性のことであると理解して良い。人間の霊魂は人間の自然本性でありそれ故にまた人間の形相であり、同様にトマスにおいては、磁石の特異な作用をもたらす原理は磁石の自然本性でありそれ故にまた、磁石の形相なのである。
 トマスは、自然物に備わる形相にヒエラルキーがあることを認める。磁石そして一般鉱物について、その形相をトマスは必ずしも霊魂とは言っていないが、事実上、霊魂に準じるものである。無生物から、植物、動物、人間へとつながっていく存在の連鎖において、鉄を引き寄せる磁石は無生物と植物の中間に位置しているのである。トマスは霊魂の数を増やすことで、磁力を霊魂と見なしたタレスの理解をアリストテレス理論の立場からより精密に論じ、アリストテレス自然学の内に整合的に取り込もうとするものである。
 トマスの磁石理解が最も良く見て取れるのは自然学注釈の次のくだりである。そして、重力に対比される磁力の特徴が3点挙げられている。第一に磁石は鉄を任意の距離から引き寄せるのではなく、至近距離から引き寄せる。第2にニンニクを塗りつけられると鉄を引き寄せることはできない。第3に磁石が鉄を引き寄せるためには、鉄ははじめ磁石で擦られなければならない。
 つまり、重さはいくら遠くにあっても宇宙の中心に向い、無くすことは出来ないし、他の物体の作用で与えられるものでもないが、磁石は磁石の自然本性を鉄に与える事によって鉄を引付けるというのである。ニンニクが磁力を妨げるという中世の伝承は相変わらずだが、機械論による還元主義とは異なる形で磁力と磁化作用をそれなりに合理的に理解しようとした初めての試みであると言って良い。なお、磁力の特徴の第一点は、磁力の到達距離が有限であることの初めての指摘である。それは、力の作用圏という概念の形成に至る第一歩の認識である。
6 磁石に対する天の影響
 トマスは磁力が「天の物体の影響に由来する」、あるいは「天の物体から恵まれた所の作用で天界の力を共有している」と表現している。アリストテレスは気象論に天体の地上物体への影響をはっきりと語っている。しかし、その影響を空気を介した近接作用として考察している。それに対して、天の物体の地上への影響を形而上学的・神学的に考察したのがトマスである。
 アリストテレスにあっては運動の第一原因すなわち神が恒星天球を動かしている。そして、その下にある惑星天球はその第一原因に服している非質料的実体『天使』によって動かされている。トマスはそれをキリスト教神学に取り込む。アリストテレスは第一原因(神)の支配下にある非質料的実体(天使)が惑星天球を動かしていると考えたが、トマスはそれ以外にも多くの非質料的実体が存在し、それらが天上世界だけではなく月下の世界の諸運動にもかかわっていると考えた。
アリストテレスは、諸天の魂と人間の魂の間にはいかなる中間的な魂も措定しなかったが、トマスは天が持つ最上位の魂はより下位の全ての魂に対して、さらにその下位の諸物体の生成全体に対して摂理を及ぼすと考えた。
 こと磁石に話を限るならば、磁力が天の物体の働きによるという見方は、アリストテレスはもとより古代ギリシャから中世ヨーロッパまで全く見られなかった新しい見解である。このような見方が登場したのは、ヨーロッパ人が磁石と磁針の指向性(指北性)を知ったことの直接的な結果であることはまず間違いない。磁石の指向性の発見は、中世後期から近代初頭のヨーロッパの自然観に、とりわけ天体が地上物体に力を及ぼすという占星術や魔術に通底する思想を根拠づけるものとして、絶大な影響を与えて行くことになる。
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北極星(この画像はこちらからお借りしました)
 トマス・アクィナスの自然観は、事物の属性や振る舞いは、事物の自然本性が正しく把握されたならば、そこから論理的な推論で導き出され把握されると言う見方で貫かれている。そんな訳で、自然学的な議論においても観察や実験は殆ど重視されていない。トマスは自然学それ自体に特別な関心を持っていた訳ではなく、彼の関心は神と形而上学の原理にあり、詰まる所、神の存在を論証するためであった。
 にもかかわらず、トマスが磁石は磁力を天の物体から得たものとしていることは、そのような形而上学的な根拠のみによる訳ではなく、あきらかに当時経験的に知られていた磁石と磁針の指向性の知識にも基づくものであろう。その意味においてトマス・アクィナスは近代自然科学の形成にとって、その後のスコラ学が有していた意義と限界をともに体現していると言えよう。

■トマス・アクィナスの思想が登場する時代背景
 トマス・アクィナスは大変な苦労をして、キリスト教とアリストテレス哲学という矛盾する自然観を統一した訳ですが、何故、そこまでしてキリスト教とアリストテレス哲学を統一する必要があったのでしょうか。これを理解するためには、当時の時代状況を理解する必要があります。

 当時は教皇の権力が絶頂期を過ぎて衰弱していく時代でした。1077年のカノッサの屈辱から始まったローマ教皇と神聖ローマ帝国皇帝の叙任権闘争は、1122年ヴォルムス協約で教皇の叙任権が認められ、教皇権の絶頂期を迎えます。しかし、1270年に最後の十字軍が失敗に終わり教皇の権威は失墜、1309年にはローマ教皇がフランス国王によりアビニョンに幽閉されるに至ります。

 この時代は教皇派と皇帝派に分かれてヨーロッパが分裂した時代でした。教皇派は皇帝と対立関係にある諸侯と手を結び、都市国家は諸侯から独立して自治を獲得するために皇帝(国王)と手を結んでいました。そして、それぞれを金貸し勢力が支援していたと思われます。

 教皇派と皇帝派の対立は大きく分けると教皇+諸侯vs皇帝(国王)+都市国家の対立でもあったのです。そして、教皇+諸侯は封建時代の旧秩序、旧体制であり、皇帝(国王)+都市国家は近代へとつながる新勢力でもあります。それぞれを支援する金貸し勢力も、教皇派は十分の一税の権益を独占してきた旧体制派で、皇帝(国王)+都市国家を支援していた金貸しは、十字軍遠征による市場拡大で新たに登場しながら教皇の権益には手が出せなかった新勢力だと思われます。十字軍遠征が失敗に終わった当時は、教皇と諸侯が十字軍遠征で疲弊・衰弱し、王権が強まっていく時代でした。

■トマス・アクィナスは新興勢力=国王+都市国家派だった
 トマス・アクィナスが所属したドミニコ修道会は、旧来の修道院が大きな荘園を保持し贅沢な暮らしをしていた事を批判し、都市に拠点を置き荘園を持たず托鉢で収入を得ていたとあります。また、パリ大学などで長命な学者を輩出したことも合わせて考えると、明らかに都市の新興商人に支えられて勢力を伸ばした宗派だと思われます。

 トマス・アクィナスが学んだナポリ大学は1224年に神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世によって、教皇権と密接に関係したボローニャ大学に対抗する大学として設立された大学でした。また、当時アリストテレス研究の中心であったパリ大学はフランス国王の、オックスフォード大学はイギリス国王の庇護を受けていたようです。パリ大学で、アリストテレス研究が活発になると、教皇の特別施設が介入してアリストテレス自然学の教育に禁令を発し、その間もオックスフォード大学はアリストテレス研究が続けられていたことからも、教皇と対立関係にあったことは明らかだと思われます。

 この当時、普遍論争という哲学的・神学的な論争が行われていますが、その内容はプラトン的観点である普遍が個物に先立って存在するという実在論と、アリストテレス的観点である普遍は名目であって個物のみが真実に存在するという名目論の争いでした。これは、純粋に哲学的な論争のように見えますが、実は教皇の権威をめぐる対立でもありました。実在論の立場であれば普遍的な教会の権威を認め、教皇の権威を認める事になりますが、名目論の立場では個別の教会こそが実在し普遍的な教会≒教皇の権威は認めないことになります。アリストテレス的な哲学を教皇派が警戒したのは当然だったのです。

 農業を基盤として形成された中世的な社会秩序を脱して、都市の商業を中心とする近世的な社会秩序に転換しようとする新勢力には、教皇の権力を否定し、都市で現世の利益を追求する事を正当化する思想が必要だったのです。そして、そのために導入されたのがアリストテレス哲学だったのです。

■トマス・アクィナスが私益追究を正当化した論理
 それでは、トマス・アクィナスはアリストテレス哲学を使いながら、都市での現世利益追求を正当化する論理をどのようにして作り出したのでしょうか。それは、質料と形相という考えと、運動の第一原因が神であるという考えを、拡張しながら組み合わせることでした。

 アリストテレスは、物体の運動(変化)を質料と形相と言う概念で説明しました。木という質料が机という形相を得ることで机になると言う説明がされています。そして、様々な運動(変化)の原因を探っていくと、全ては第一原因である天体の動きにさかのぼることが出来、それは神が動かしていると考えたのです。ただし、神が直接関与しているのは恒星天体までで、それ以下は恒星天体の物理的な動きの影響で動いているに過ぎないと考えました。

 アリストテレスが、諸天の魂と人間の魂の間にはいかなる中間的な魂も措定しなかったのに対して、トマス・アクィナスは天が持つ最上位の魂はより下位の全ての魂に対して、さらにその下位の諸物体の生成全体に対して摂理を及ぼすと考えました。つまり、現世の全存在に神の魂が、段階的に分け与えられていると考えたのです。そして、ある物をそのものたらしめている形相に実体的形相と付帯的形相があり、実体的形相とは自然本性であり、自然本性は神から段階的に分け与えられた魂だと考えたのです。

 全ての存在に神の魂が分け与えられていると考えることで、キリスト教の世界観は大きく転換します。それまではアウグスティヌスが作り出した世界観、現世否定の世界観が中心でした。人間は神を裏切り原罪を抱えた存在である、したがって現世は悪の世界であり信仰により人は悪の世界=現世から救われて神の国に入ることが出来るとされていました。それが、現世に存在する全ての物に、実体的形相である神の魂が段階的に分け与えられていると考えることで、地上の国は神の国に至る下位段階として積極的に位置づけられ肯定されたのです。

 また、トマスは、事物の自然本性が正しく理解されれば、そこから様々な自然現象は論理的な推論で解明され把握されると考えました。こうして、理性が自立的に活動しうる分野を保証し、それまでキリスト教では否定されていた知的好奇心が肯定される事になったのです。

 現世の肯定はすなわち、現世的利益=私益を肯定につながります。そして、理性の肯定はその私益を獲得するために知恵を絞って工夫する=私益追究を肯定することに直結します。こうして、トマス・アクィナスは、キリスト教と私利私欲の追究を両立させる理論を作り出したのです。

 トマスは、キリスト教を守りながら、私利私欲の追究を正当化する事には成功しましたが、教皇権の否定までは踏み込みませんでした。当時は教皇権が衰弱し始めた時代とは言え、教会内の主流は教皇派であり、私利私欲の追究を正当化する事を優先し、当時の教会が受け入れやすいように、教会の権威や教皇権は否定しなかったのでしょう。

■トマス・アクィナスの論理は何故難解なのか
 トマス・アクィナスの論理は極めて難解です。『磁力と重力の発見』の著者である山本義隆氏も、トマスがアリストテレス哲学と神学をどうやって調和させたかと言う問題は、大変な議論を必要とするので立ち入らないし、筆者の手にも負えないと書かれています。なぜ、彼の理論はこんなに難解になったのでしょうか。それは、矛盾しているものを無理やり屁理屈で矛盾していないかのように繕っているからです。全体が詭弁と化していき、論理が難解になるのは当たり前なのです。

 アリストテレスは自然の事物はそれ自身の本性にしたがって様々な物を産み出し世界が作られたと考えていました。一方でキリスト教は、全ての物は神が作ったと考えており全く反対の論理です。さらに、アリストテレス的な見方に従えば、ここの教会こそが実体であり、普遍的な教会=カトリックという概念や教皇という権威は実体がない名目になりますが、トマスはアリストテレスの論理を用いながら、教会=教皇の権威を正当化しようとしました。まさに、矛盾した物を無理やり屁理屈で繕う詭弁の論理なのです。
『るいネット』「詭弁を説明しようとするから難解になってゆく」の典型です。

中世キリスト教会でトップレベルの頭の良い神官たちが神学論争に明け暮れていたのが、その象徴である。論理矛盾を説明しようとすればするほど、膨大な論証が必要になる。しかし「三位一体」をはじめとして元々から矛盾しているものを矛盾していないかのように繕えば繕うほど、全体が詭弁と化してゆく。難解になるのは当たり前である。そんなものを読んで理解したと喜んでいるのが学者という存在なのである。

■まとめ
1.トマス・アクィナスが登場する時代は中世から近世への過渡期であり、新興勢力である国王+都市国家の期待に応え、私利私欲の追究を正当化した。
2.一方で、過渡期とはいえキリスト教の権威はまだまだ強大であり、キリスト教の神学や教皇の権威を否定せずに、私利私欲の追究を正当化する必要があった。
3.その時使われたのがアリストテレスの論理で、形相や自然本性、魂、と言った観念を駆使しているが、矛盾しているものを無理やり取り繕う詭弁の論理であるため、非常に難解で理解できない論理となっている。

List    投稿者 nodayuji | 2012-05-24 | Posted in 13.認識論・科学論15 Comments » 

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コメント15件

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