魔術から近代科学へ10 西洋人の禁欲主義の源流(ゲルマンの性闘争による秩序崩壊の危機意識とキリスト教の禁欲観念)
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それにしてもキリスト教、とりわけカトリック教会の禁欲主義は異常である。なぜ、そこまで禁欲が徹底されたのか?
「キリスト教の現実否定の自己欺瞞(自然認識を御都合主義で魔術から借用)」
☆西洋人の性意識で残る問題は、異常な禁欲主義である。
禁欲主義を流布した直接の犯人はユダヤ教→キリスト教らしいが、教会がそんな説教を垂れても聞き流しておけばよいものを、何故未だにカトリックは禁欲主義なのか?
『るいネット』「西洋人の精神構造と異常な性意識」
今回は、この問題を掘り下げる。
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●まず考えられるのが、キリスト教の原罪観念による性欲否定である。
ローマでの狡猾なる陰謀により、正統派教会はいよいよその地位を強めていく。初期の頃は一口に「キリスト教」といっても、「グノーシス派」、「マルキオン派」、エジプトの「コプト派」、シリアの「ヤコブ派」・・・様々に存在していた。そもそも女史によれば、「異端」( Heresy)の言葉の語源はギリシア語の(hairesis)で「選択」という意味を持つという。つまり初期の頃は色々な「選択肢」があった。「異端」=「邪説」ではなかった事を意味する。
しかし、教会正統派の指導者達は人々を服従させようとして、やがては暴力による「異端弾圧」に乗り出していく・・・だが、最初から非道な暴力行為により人々を服従させようとしたのではない。まず、教義により「人の心」を押さえつける事から始めたのだ。それはどのように?・・・・・「人間の自由意志」を否定し、「性」の快楽を非難する事から始めたのだ!(※これは現代カトリック教会でもその名残と見られる制約がある)
「キリスト教封印の世界史」 著者「ヘレン・エラーブ」訳者「杉谷浩子」 徳間書店
中世の神学者たちは、性により「人類は破滅し、性のために楽園を追放され、キリストは人類のために殺された」と語った。異端審問所の裁判官はその手引書で、次のように教示している。
女の「肉欲」は魔術や悪魔崇拝の原因である、というのは神は、「人間の他のすべての行為にもまして、性行為に対する支配力をその本来的な淫らさの故に、悪魔に与えたからである(性行為によって原罪が受け継がれていく)」。
教会は、性的快楽よりも極度の肉体的苦痛を選ぶほどに性的禁欲を守った聖人たちの物語を流布させた。隠者聖パウロは暴君デキウスに手足を縛られ、娼婦の淫らな愛撫になす術がなかった。彼はペニスが勃起し始めると、「自分を守る武器が何ひとつないので、舌をくいちぎって、その淫らな女の顔めがけて吐き出した」。聖列に加えられた教皇レオは、「ある女性が手に接吻して彼が肉欲への激しい誘惑を感じた」とき、その手を切り落とすほどに潔癖であった。しかし驚くべき幸運に恵まれ、聖母マリアのお陰で元通りにくっついて、以前と同じく宗教儀式を執り行うことができた
「セックス(Sex)」
イギリスの宗教学者カレン・アームストロングは、そうした断固とした女性敵視の思想が生まれる源泉を、キリスト教に内在する性格に見いだしている。快楽を女性に起因する原罪と決めつけるキリスト教が西洋人の価値観をすべてにわたって規定してきたからこそ、女性恐怖と快楽敵視のメカニズムは、西洋にしかみられない特質だというのである。
「ヨーロッパとアメリカのキリスト教的世界には、セックスへの憎悪と恐怖が充満している。西洋の男たちは、セックスを邪悪なものと見なすよう教え込まれてきたため、男たちをこの危険な性的欲望の世界へと誘惑する女たちを恐れ憎んできたのである。キリスト教は西洋社会を形成してきた。そしてこのキリスト教は、世界の主要な宗教の中で、唯一セックスを憎み恐れる宗教なのである」
「女性恐怖のドイツ的起源-ヨーロッパ文化史の再構築に向けて」(越智和弘)
アダムとイブが楽園を追放されて以来、人間は原罪を背負っており、罪を許す神を信仰することによって救われる。
この原罪の証拠が誰もが持っている欲望(とりわけ性欲)をであり、救われるためには神を信仰せよ(でなければ地獄に落ちる)という脅しによって、キリスト教(カトリック)は拡大してきた。
西洋人の禁欲の原因に、キリスト教(カトリック)の原罪観念があることは間違いない。
●ところが、それだけでは西洋人の異常な禁欲主義は説明できない。
「女性恐怖のドイツ的起源-ヨーロッパ文化史の再構築に向けて」(越智和弘)が指摘するように、古代ギリシア・ローマに快楽敵視が存在した証拠はなく、むしろ快楽主義に走って堕落していたからだ。
快楽敵視が西洋に定着するのは、ゲルマン人が欧州を略奪しローマ帝国を滅ぼし、王国を建てて以降である。つまり、快楽敵視の始まりはゲルマン人にある。
キリスト教そのものに、女性恐怖に基づく快楽敵視の思想が組み込まれていたとするアームストロングの洞察は、一見スムーズですんなり納得させられそうになる。しかし、はたしてこの考え方は、そのまま受けとりうるものなのだろうか。
ローマ帝国崩壊後、ヨーロッパ文明の担い手が、狂暴なまでに戦闘的であると同時に快楽を極端に忌み嫌う、ローマ人とはまったく別種の民族に取って代わられたことを知ることから、ヨーロッパ文化史を初めて整合性のあるものとして把握しうる道が開ける。
ゲルマン人による殺戮に次ぐ殺戮の想像を絶する大混乱の中から、今日あるイタリアも、フランスも、スペインも、そしてイギリスも、まぎれもなくゲルマン人の王が支配する王国として誕生したのである。
〈世界全体を狩猟区とみなす戦闘性〉と〈女性恐怖と快楽敵視を旨とする禁欲〉という二つの要素から成り立つことがますますはっきりしつつある現代の資本主義は、逆にいえば、これら二つの要素を何にもまして重要視する民族のなかからしか生まれ得なかったはずだからである。
「女性恐怖のドイツ的起源-ヨーロッパ文化史の再構築に向けて」(越智和弘)
●では、ゲルマン人が禁欲主義になったのは何故か?
⇒ゲルマン神話「神々の黄昏」を探る
その手がかりとして、ゲルマン神話を見てゆく。
ゲルマンには「神々の黄昏(ラグナレク)」という特異な神話が伝えられている。
『神々の故郷と、その神話・伝承を求めて』「神々の黄昏世界の終末」小澤 克彦 岐阜大学・名誉教授
ゲルマン神話は「世界の終末と神々の死」という物語があることが最大の特徴であり、これはゲルマン人の世界観のもっとも独特のところかもしれません。もちろん、世界の終末という思想自体は世界のあちこちに見られますが、それはペルシャのゾロアスター教に典型的に見られる「真実の神、光の国の到来」のためのこの地上世界の終末となります。あるいは古代ギリシャ哲学にある「永遠の宇宙の繰り返し、永劫回帰」の思想となるか、です。
このゲルマン神話での神々の死という世界の終末は「新たな真実の神の国の誕生」でもなければ「永劫回帰の哲学」でもありません。「アースの神の一部が残り、あるいは再生して、この地上を引き継ぐ」だけの話で、オーディンもトールも居ないのです。ここには、「なくなるわけではない」という消極的な「安堵」はあっても、真実の神の国の到来という「新たな希望」はなく、やはり、「偉大なオーディンやトールは終わった」という黄昏観しか見られません。こうした諦観がゲルマン人の本性に色濃くあるのか、興味深い問題となります。
●ラグナレク(神々の黄昏)
フィムブルヴェトと呼ばれる冬が始めて訪れる。その冬というのは雪があらゆる方向から降り、霜はひどく、風は激しく吹きすさぶ。太陽など何の役にも立たない。季節が巡る時となっても、さらにその冬は続く。さらに季節が巡る時となっても冬は依然として続き、夏はついに訪れることはない。こうしてまたさらに冬は続き、さらに冬、さらに冬とつづく時、兄弟たちはどん欲となり互いに殺し合う。父と子、身内の中で見境なしに人を殺し、姦淫する。
『巫女の予言』はこう予言している。兄弟同士が戦い殺し合い
身内同士が不義を犯す
人の世は血も涙もなきものとなり
姦淫は大手を振ってまかり通る
鉾の時代、剣の時代が続き
盾は引き裂かれ
風の時代、狼の時代が続きて
やがてこの世は没落することとなるこの時に狼はついに太陽に追いつき太陽を飲み込んでしまう。太陽は早く動いていた。おびえるみたいに、殺されるのが怖いのにこれ以上速くは走れないといいだげに急いでいた。そんな風に猛烈に急いで天を運行していたのにはわけがあった。追っ手がすぐ後ろから追ってきていたからなのだ。逃げるより他に手立てがなかったのだった。
天にいる追っ手は二匹の狼であった。太陽を追っていたのはスコルという名前の狼で、太陽はいつか捕まるのではないかと怖れていた。そして太陽の前を駆けているのはハティ・フローズヴィトニスソンといい月を捕まえようとしていた。
この狼たちの出自だが、ミズガルズの東のイアールンヴィズという森に女巨人が住んでいて、たくさんの子どもを産んだのだがこれがそろいもそろって狼の姿をしていたのだ。太陽を追いかける狼というのはこの一族のものだった。その一族の中でもっともどう猛なのがマーナガルム(月の犬)と言って、死ぬ人間すべての肉を喰らって腹を満たし、月を捕らえて天と空を真っ赤に血塗る。このとき太陽はその光を失い、風は激しく吹き騒ぐのだ。
●この「神々の黄昏」神話から伺えるのは、ゲルマン人の潜在思念には性闘争による秩序崩壊の危機意識が刻印されていることである。
【1】ゲルマン人は、父子兄弟同士の殺し合いが続いており、血も涙もない不義(仁義なき闘い)が、果てしなく続いていたこと。
【2】その原因は、姦淫、つまり女を巡る男同士の性闘争にあること。
とりわけ、女巨人が生んだ子供が狼になり太陽や月を飲み込み、世界を「ラグナレク(黄昏)」へと没落させる。
つまり、ゲルマン人の男の性闘争を加速させたのは、女の性的自我に基づく挑発であり、女巨人が狼を生む逸話からは、母親が自分の子供を囲い込んで焚きつけ、父子兄弟を争わせていたことが伺える。
実際、ゲルマン人の生活を全般にわたって詳しく記したローマの歴史家タキトゥスの『ゲルマニア』には、戦いの際に森の中から甲高い叫声を上げて男たちを駆り立てたり、怖じ気づいて退却しそうになった戦士には裸の胸を見せつけ、戦意を鼓舞するゲルマン女性の様子が記されている。
このこともゲルマン人の女たちが非常に挑発的であったことを示している。
これがゲルマンの「神々の黄昏神話」であり、ゲルマン人の男たち自身が、この果てしなく続く性闘争に黄昏ていたことを示唆している(「オーディンやトールといった守護神も倒されて、どうしようもない」という感覚だったのだろう)。
ゲルマン人は、3800年前の寒冷化に伴い、コーカサス地方から北欧に移動した印欧語族の一派である。
その婚姻様式(制度)は、母系の勇士婿入り婚→父系の嫁入り婚(父権多妻婚)→略奪婚へ変遷しているが、元々の勇士婿入り婚は女の挑発と性闘争本能を活力源にした婚姻様式である。
『るいネット』「白人の部族移動の歴史」
その後、ゲルマン人は2000年前の段階で農業だけでは食えないので略奪を生業としていたが、現在のドイツ人の勤勉性から考えて、部族共同体として移動した可能性が高い。
「遊牧によって何が変わったのか?」
ところが、ゲルマン人の部族共同体は、女の挑発と男たちの性闘争が果てしなく続き、秩序崩壊の危機を何度も経験しているはずである。
この秩序崩壊の危機は、性本能より深い次元に存在する適応本能を刺激する。
この挑発と性闘争による秩序崩壊の危機意識と適応本能の刺激によって、ゲルマン人の潜在思念には女恐怖が刻印されていただろう。
だからこそ「神々の黄昏」というゲルマン独特の神話ができたのであり、これが、その後のゲルマン人→中世西洋人の禁欲主義の土台であるが、これは潜在思念の次元の意識であって、実際に禁欲が成立するためには強力な観念操作が必要である。
ゲルマン人の「神々の黄昏」神話程度の観念では性欲を封鎖できなかっただろう。
「フランク国王カールの戴冠」
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●そこでゲルマン人が出会ったのがキリスト教の原罪観念→禁欲観念である。
そのゲルマンの部族連合がローマ帝国を滅ぼし、西欧に王国を建てると、部族連合の信仰では占領地を支配することはできないので、新しい社会統合観念(支配観念)が必要になる。
そこで、ゲルマン人の支配階級(王侯貴族)は既にローマ帝国の国教となっていたキリスト教に改宗した。
ガリア人をほぼ皆殺しにしたうえで、現在のフランス全土を支配下に治めたフランク族を率いる王クロートヴィヒは、初めてパリに首都を制定したのち、支配を確実なものにするためにはローマの知的遺産と教会の後ろ盾を不可欠とみなした。四九七年のクリスマスの日に、自らゲルマン信仰を捨て、キリスト教の洗礼を受けたのである。同時に三千からなるフランク族の戦士が一気にそれにならったとされる。
これが今日的な意味でヨーロッパがキリスト教化した決定的な瞬間である。以降ヨーロッパ全土を支配するゲルマン人は、ヴォータンやオディンを信仰する自らの宗教を捨て去り、自分たちとは縁もゆかりもないローマ教会を自分たちの宗教として宣言するのである。
言語に関しても、自らの手で破壊し尽くした敵国ローマの言語であるラテン語を唯一の公用語として取り込み、その使用を帝国全土に強要する。ゲルマン人が、ヨーロッパの支配と引き替えに独自の宗教と言語を放棄した。
「女性恐怖のドイツ的起源-ヨーロッパ文化史の再構築に向けて」(越智和弘)
こうして、ゲルマン人はヨーロッパ全土の支配体制を確立するために、ゲルマン信仰とは無縁なキリスト教を奉り、帝国の公用言語を地中海文明に根ざすラテン語と定めた。
それにしても、支配者となった彼らが、それまでの言語と宗教を放棄するというのは前代未聞な行動である。かつ、ゲルマン人は略奪後直ちにキリスト教へ改宗している。フランク王国のカール大帝に至っては教会のお墨付きを以て「ローマ皇帝」として戴冠するだけでなく、他のゲルマン部族をキリスト教に改宗させるために戦争まで仕掛けている。
これは単に、ゲルマン支配を正当化するために教会のお墨付きを得るという理由だけではないだろう。
原罪による快楽敵視と欲望封鎖を教義化していたキリスト教が、女の挑発と男の性闘争による秩序崩壊を何より恐れるゲルマン人が潜在思念で期待していたものだったからではないだろうか。
●まとめると、西洋人の異常な禁欲主義が形成されたのは、
【1】最も根底にあるのは、ゲルマン人の女の挑発と男の性闘争による秩序崩壊の危機(→性本能より深くにある適応本能の刺激)と、そこから生まれた女恐怖と快楽敵視が潜在思念に刻印されている。
【2】その潜在思念の上に塗り重なったのが、キリスト教の原罪観念と「地獄に落ちる」という恐怖による欲望封鎖観念(恐怖からの危機逃避も性欲封鎖の効果を持つ)。
つまり、ゲルマン人の性闘争による秩序崩壊の危機感の潜在思念に、キリスト教の禁欲観念が重なってはじめて、ゲルマン人→中世西洋人の禁欲主義が出来上がったのではないだろうか。
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