2011年08月17日

企業を共同体に変えるには?3~共同体「類グループ」が勝ち続ける理由~

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画像はこちらからお借りしました
前回までは、社員の高い活力を引き出すことに成功した元気な会社群や、社員の活力が衰弱して負けていく会社群との違いについて見てきました。
更に、共同体を志向する元気な会社が生まれ出て来た社会的土壌と人々の意識潮流について見てきました。
今回は具体的な事例として、共同体企業として40年先行する類グループの共同体経営をご紹介したいと思います。
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るいネット『自主管理への招待(7)労働の解放のために:自主管理の原則』より

私たちは、疎外された労働を克服し、より人間的な労働を実現してゆく基盤を、以上のような意識生産の必然性の認識において獲得し、ひき続いて実践的に労働の解放をめざす新しい生産体を創ってきた。それが、類設計室である。
私たちは何よりもまず、自らの生きる場を自らの手で築いてゆきたいと願う。そして新しい歴史時代を、自らの力の及ぶ地点まで実現してみたいと願う。だがそこで何よりも問われるのは、私たちが永い間奪われてきた、総体的な関係能力(組織能力)の獲得である。現実に、生産体の内部から権力体制を廃棄してゆくためには、技術者が自らの手で組織を管理し、経営などの活動を担い続けてゆかなければならない。ところがそこで求められているものこそ、意識生産に要求される関係能力の真髄なのである。技術力だけでなく組織能力をも獲得してゆく事、そのようにして狭い専門領域に閉ざされてきた自分自身を広大な類的対象に向けて開き出す事、そこにこそ意識生産者に委ねられた本来の人間労働の世界がある。今なお多くの技術者は、そのような活動に背を向けている。だが新しい時代は、既に始動している。その実現は、現代に生きる人間に与えられた、わけても意識生産者に委ねられた最大の課題ではないだろうか。
私たちは、以上の認識に基いて自主管理の原則を確立してきた。すなわち、第一に<誰もが生産の主体となるために、技術活動と共に組織活動をも担い切る事>、それを通じて第二に<誰もが組織の主体となるために、多様な関係能力を獲得してゆく事>、それを前提として第三に<会社のあらゆる活動を、誰もが自由に提起し、決定し、担当してゆく事>、これがその原則である。
類設計室は、現実に徹底した参加の体制で運営されている。その全体は、採算を含めて自主管理してゆく一〇人前後の室単位によって構成され、全社の代表をはじめとする活動のリーダーは投票で選出されている。そこで全員参加の軸と成っているのは各種の会議である。誰もが活動の全体を把むための日々の営業情報や設計分担は、毎朝の業務会議で報告され決定されてゆく。さらに、経営や営業の方針、その他の基本的な全ての問題は、週一回の密度で行われる単位会議で検討され決定されている。全員参加を保障するのは会議の密度だけではない。会社の全ての基本的な情報は資料化され、全員に把握されてゆく。もちろん会社の経理は全員に公開され、その全ての利益は能力に応じて全員に分配されている。
要するに、類設計室は共同体である。しかしそれは、決して甘い幻想の上に成り立っているのではない。自己の全意識を最も根底的な歴史認識に収束させてきた成果が、その実現を可能にし、自己の全能力を最も現実的な生産活動に投入してきた成果が、その発展を可能にしたのである。先に挙げた自主管理の原則も、<誰もが組織を管理する事>つまり常に組織の立場で問題を考える事であって、単に個人の立場で考える事ではなく、まして自分の好き勝手にやる事ではない。類設計室という一つの生産体を、誰か他人のものではなく自分のものとして捉える事ができるかどうか、それは会議をはじめ様々の類的な活動を、強制されたものではなく目的的な活動として獲得してゆくか否かに、かかっている。さらにそれは、最終的には自己の近代意識からの認識の転換にかかっているのである。狭い私益と職能の檻に留るか、自らの意識を解き放ち、全力を傾けて『類』の地平を獲得してゆくか、それを選択するのは、一生をかけた君自身の判断である。

古い私権欠乏に囚われて自分に拘っている限り、活力は湧いてきません。仲間の期待を肌で感じて応えていけるから活力が湧いてきます。「みんな」=「自分」という社員の一体感が、社員の活力を引き出していくのではないでしょうか。
私権収束から共認収束へと、人々の意識潮流の大転換に可能性を見て共同体経営を実現してきた類グループに、活力上昇の理由を見ていきます。
『類グループが勝ち続ける理由』~まとめ~より
 

■社員全員が組織を担う=共同体経営
このように、組織活動を通して、劇場会議で、「答えの出せる人の追求過程に同化することで、経営的視点」を養い、さらに社内ネットで「その方針を元に実践を塗り重ね、課題を共有できる場」があります。
さらに、自主活動に参加することによって、感トレで「みんなとのすり合わせ」や、ネットサロンで「専門知識にとどまらない社会や人々の意識を見る視点」を養うことができています。
 
つまり、組織活動、自主活動が類グループの勝ち続ける実現基盤となっています。
 
 
■事実の追求が、共同体経営の真髄
では、この組織活動、自主活動はどのようにして生まれてきているのでしょうか?
 
集団で1つの目標に向かって活動する以上、全員が納得し、可能性に向かっていくための「中身」が必要となります。そのために、類グループでは、誰かの価値観や好き嫌いではなく、徹底した「事実」に基づいて意識の共有が図られています。
 
新しい可能性を実現しようとすれば、必ず現実の壁が立ち塞がる。この壁を乗り越えるためには、まず壁のあり様を正確に把握すること、つまり状況認識が不可欠となる。そこで必要なのは、ひたすら現実を直視し、事実を追求する姿勢である。とりわけ、挑む壁が大きければ大きいほど、表面的な現象事実だけでは答えを出せず、より深い構造の発掘が必要となり、必然的に歴史事実の発掘⇒実現構造の体系化へと向かう。
(中略)
つまり、徹底した現実直視⇒事実追求によって蓄積された構造認識群と、そこから導かれる確かな方針こそ、類グループが活力にあふれる場を実現し、勝ち続けてきた最大の武器になっている。
(類グループ・募集パンフレットより)
類グループの組織体制=共同体経営、組織活動(社内ネットや劇場会議)、自主活動(ネットサロン、感謝と謝罪のトレーニング)も、事実追求した結果、その可能性をかたちにして、これらの活動が生まれてきました。だから、誰もが主体的に担っていくことができる。
 
 
自分たちの生きる場を自分たちで作っていく=共同体経営、とは、徹底した事実をもとに、現実社会や人々の意識に同化し、相手の期待をとらえ、その期待に応えていくために自ら活動を担い、作り出していくことです。
 
この社員一人一人の可能性に向かう力が類グループの原動力となり、社会の変化にもすぐに対応でき、次々と新たな提案を生み出し、会社を進化させていける、社会の期待に応えていける、勝ち続けていくことができるのです。

現実の可能性をプラス視し、みんな(社会)の期待に応える企業が社員の活力を高めていける。しかし、この構造は分かっていても、各企業がそのまま共同体志向に向かえないのは、旧い観念(体制)に囚われて認識転換が遅れたままだからと思われます。
次回は各企業が根幹に抱える原因と、共同体志向への可能性について考えていきたいと思います。

List    投稿者 manaty | 2011-08-17 | Posted in 07.新政治勢力の結集に向けてNo Comments » 

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